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旅倶楽部「こま通信」日記

これまで3500日以上世界を旅してきた小松が、より実り多い旅の実現と豊かな日常の為に主催する旅行クラブです。

スリランカ到着、入国書類で

2017-12-28 14:14:54 | スリランカ
スリランカ入国の際に、台湾パスポートの方が止められた。
VISAにかわるETAと呼ばれる電子手続は日本でちゃんと完了していたのだが、何が足りないの?

入国係官によると台湾パスポートの方はETAに加えてもう一枚の書類が必要になるという。
そんなの日本で聞いてなかったなぁ…

ともかくも書類をもらって、事務室へ行く。
と、ちょっとえらい係官が「写真は?」と言う。
えぇ?そんなのきいてません、持ってません。

係官はなんの表情も変えず、パスポート本体をコピーしてそれをホッチキスで書類に止めてくれた。
「はい、完了」
あ、よくあることのようですね。
なんの手続追加料金も課さずにさっと手続してくれて感謝です。

空港から二十分ほどのホテルへ到着


到着後にバスで何時間も走る行程になっているツアーもあるが、ハイウェイを使うルートでない場合スリランカの道はまだまだ暗いし快適ではない。お勧めできません。




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ジャヤヴァルダナ・センター、ギャラリー・カフェ

2017-01-25 17:46:12 | スリランカ

「ネゴンボの空港が改築中なので、出発旅客はフライト時間の五時間前(!)に空港に来るように」というアナウンスがあった。
なので、コロンボでの時間は、予定していたよりも時間は少なくなってしまった。(こんな事を突然発表されても困ってしまいます)


それでも、訪れておきたいと選んだ二か所が表題の場所。
スリランカの国会議事堂を見学した後、「ジャヤヴァルダナ・センター」に向かった。ここはもともとジャヤヴァルダナ氏の父方ファミリーが持っていた家なのだそうな。そういえば、昔の高級住宅の雰囲気が感じられる↓



本館には、彼が外相、財務相、大統領として残していったいろいろな業績が展示されている。スリランカが独立を果たす署名をした時に使った椅子と、その場の写真も↓



そして、別館「日本館」が、我々の為に開けられる⇒ 


ここには、1951年の日本が主権を回復したサンフランシスコ条約をはじめとして、彼と日本とのかかわりを濃厚にとりあつかっている。


★戦後日本の取り扱いに、重要なムード転換を与えた演説。⇒こちらに書きました


※「未来世紀ジパング」でとりあげられたものがyoutubeにありました


 吉田茂夫妻との写真↓



 



1999年に広島を訪れた際の写真↓


*****
建築家ジェフリー・バワのオフィスだった場所がカフェ・レストランとなっている「ギャラリー・カフェ」


  
食器もナプキンもトータルでデザインされている↓


昨年と変わっていなかったセットメニュー。カボチャのスープは、かぼちゃをそれほど好きではない小松でも、たいへんおいしい⇒
ベジタリアンにもOKのブリトー⇒

併設されている小さなショップには、シンハラ文字をデザインしたテーブルクロスやマグが置かれている↓

「カエルが笑ったような文字」って、たしかにそう見えますね(^^)↓


***
空港へは四時間前に到着、それでも十分すぎる時間であった。
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スリランカの国会議事堂を見学

2017-01-25 11:00:03 | スリランカ

 はじめて見た時、十円玉の裏・平等院鳳凰堂を思い出した。


 世界一長い名前の首都。スリ・ジャヤヴァルダナプーラ・コッテにある国会議事堂である。


 


※こちらに2015年はじめて見た時の写真を載せています


 コロンボから十五分ほどで着くこの町に、どこか日本的な雰囲気を感じさせる国会議事堂が完成したのは1982年4月19日のこと。


それまで、宗主国イギリスが建設したヨーロッパ風の建物を国会議事堂としてつかっていたのだが、シンハラ人王朝の首都だった古都コッテに遷都し、スリランカ人自身の文化をも体現する新国会議事堂の建設を決めたのである。


建設委員会は1972年に発足。大統領J・R・ジャヤヴァルダナ氏が、建築家ジェフリー・バワに依頼。実際に建設を担当したのは日本の三井建設。建築資材も多くが日本から輸入されている。日本的なのはそのせい?


いやいや、そうではなく、建築家バワのコンセプトのひとつが、「アジアのどの国も親近感をもってもらえるような建物」であったからだろう。 一方で、木工家具はすべてスリランカ人の得意な彫刻で装飾されている。


 


 今回の旅企画を進めている時期に、偶然国会議事堂の内部を紹介している旅番組を見た。


国会議事堂の建築というのは、どんな建築家にとってもこのうえない名誉に違いない。建築家バワがどんなふうにそれを体現しているのか、是非見ていただきたい。


手配会社を通じてオーダーすると、見学の料金は無料だがメンバー全員のパスポートデータが必要だという。申請して、許可を得る必要がある。 ほんの十年前は内戦をしていた国なのだからそれは必要なプロセスなのだろう。


現地に到着して、 内部の写真が撮れないのは予想していたが…


「ぜんぶ、おいていってください」


なにもかもの持ち込みが禁止。メモをとるためのペンと紙さえも許可されなかった。


 案内する専任ガイドさんもいない。我々は、先導してくれた若い兵士に、いろいろ質問しながらの見学となった。


入ってすぐに、旧国会議事堂からこの議事堂に至る歴史的な流れが説明してあった。そこで、小松が気になったのがMACEと呼ばれる「王尺」の様な飾り立てられた棒。英語版案内の紙のトップにも描かれている↓




★1949年、イギリス下院(House of commons)が贈ったもの。※自治領セイロンとして独立した翌年。重さ28ポンド(約12.7キロ)、長さ48インチ(約1.22メートル)。象牙の軸に銀と十八金、ブルーサファイアで装飾されている。

 ひと目見て、似たものを、かつてスコットランド議会を見学した時に見た記憶がよみがえった。 スコットランド議会は1707年に停止された後、1999年に復活。英国女王がその権威の印としてMACEを与えた。それが暫定議会に置かれていた当時、見たことがあった⇒※こちらのページ中ほどに、その当時MACEの置かれていた写真があります。


MACEとは、もともとは王などの行く道を露払いする者が持つ武器の一種だった。それがだんだんと儀式化して、このような飾られた棒に変化したもの。


**


最上階までエレベーターで上がると、議場観覧席=記者などが入る席の近くにでる。議場に入る廊下が雨風の吹き込む場所だったのはびっくり。屋根と壁はあるものの、屋外の風を感じられるようにつくられている。バワは英国式とは徹底的に違う建築にしようとしている。


扉をあけて議会を見下ろす場所に入る。議員席の配置は、英国風の二大政党が向かい合うスタイルだった。日本のような扇方ではない。現在ではほとんどの国の国会が、扇形を採用しているにもかかわらず、スリランカはやはり英国の影響を強くうけている。


議長席の前にMACEが鎮座するための専用台が置かれている。


議場の天井は目を見張るような銀の板が何千枚もぶら下げられている。バワ建築のガイドブックによると、これはバワの母がいつも持っていたハンドバッグがモチーフになったとのこと。その天井の真ん中に、バワの友人ラキ・セナナヤケのデザインした椰子の木のようなデザインの金色のシャンデリアが下げられている。※⇒こちらにその写真が見ていただけます


※⇒国会議事堂のHPはこちら



今日も午後から審議があるという事で、それぞれの席に資料を配るスタッフが忙しそうにしていた。一枚の写真も、一遍のメモもとることを許されなかった我々は、一階に降りてきて、お土産物屋で何か解説書でもないかと訊ねた。出てきたのはA4二つ折り四ページの解説リーフレット20ルピーのみ。まだまだ観光の場所として人々を招き入れる体制には至っていない。
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ゴールの旧市街を見学

2017-01-24 19:00:00 | スリランカ

午後三時半になって、ライトハウス・ホテルを出発した。 雨もパラつく、あいにくのお天気だが、城壁にとりまかれた世界遺産・ゴールの旧市街を少しはみておかなくては。

昨年、試行錯誤した★「海洋考古学博物館」へ↓入口に巨大な碇が展示されている。建物自体は東インド会社の倉庫だった場所。

 

千年以上栄えてきたゴールの港には、沈んだ船が眠っている。これを研究する「海洋考古学」は、ここ二十年ほどはじまったばかり。新しい発見も次々にある。地上の遺跡以上に、そのままの形で遺されたものは多い。

★船に積まれていたたくさんの壺や甕は、ばらばらになって海の底に沈んでいる。それらを引き上げて、もういちど元の形に復元すると製造地や用途が判明する。たいへんだけれど、おもしろい作業だ。↓これは、ペルシャでつくられた頑丈な石の甕。三世紀から七世紀のものと考えられ、中にはミヒンタレーの病院で使うため薬を運んでいたのではないかとされている↓

↓より多いのは、「マルタヴァン・タイプ」と呼ばれる陶器の甕。より汎用性のあるもので、現ミャンマーのマルタヴァンでつくられてたとされている↓

 ※こちらから⇒昨年訪れた時の写真日記をごらんいただけます

★★★中国の海洋提督・鄭和がのこした三か国語による碑文がおもしろい↓  

 ★鄭和について⇒こちらにもう少し書きました

●コンク貝は幸福のシンボルとして人気があったのだそうだ⇒

★1659年7月2日にゴールの港で難破したオランダ船が復元されている↓

 

↑写真で後ろに写っている大砲は、引き上げられたホンモノ↑

****

城壁には今でも灯台が建てられている↓

雨の切れ目を歩くと、インド洋の湿った暖かい風が心地よい↓

世界遺産の街といっても、住民は普通の生活をおくっている。まだまだ素朴なこの雰囲気、失われないでいてほしいもの↓

いちばん頑丈につくられた砦↓

*****

夕食は昨年と同じ「フォート・プリンタース」。ここは印刷物をつくっていた場所だという↓

●アミューズはガスパチョみたいなスープ⇒

チョイスのひとつ●まぐろの刺身。漬け、ですな⇒

●カジキのグリル⇒ 

●ロブスター⇒

足の下を、なにかが動いているとおもったら・・・↓

雰囲気のある小さなホテルでもあります↓

***2015年に泊まったアマンガラの前からバスに乗りライトハウスへもどる↓

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ライトハウス~朝から午後

2017-01-24 11:38:00 | スリランカ

ゴール、ライトハウスホテルの朝。昨夜の雨は止んでいた。

晴れていたら夜明けに旧市街へ行くアイデアがあったが、それほど天気がよくないようだ。

皆さんもゆっくりしたい雰囲気だったので、おもいきって午後三時半までホテルに滞在することにした。定評あるアーユルヴェーダを基調とするマッサージも楽しんでいただけるように、日本を出る前から予約を入れていた。※でも、この枠がおもうほどとれないんです・・・

**ホテル内を散歩するだけで楽しい。スィート・ルームのある廊下↓

ここのスィートの名前は特徴がある↓ 「FA HSIEN」とは誰?

FA HSIEN とは四世紀末から五世紀を生きた中国は東晋の僧「法顕」のこと。

中国本土の仏経典が不十分で不正確な事を嘆き、西暦399年に今の西安を出発。すでに六十四才だったそうだ。インドからスリランカへ至り、六年滞在。あしかけ十二年におよぶ大旅行を成し遂げ、日本語では「仏国記」と訳されている旅行記を書いた人物。 

もうひとつのスィートは↓スピルベルゲンという名前がつけられている

Joris van Spilbergenは17世紀はじめのオランダ人。つまり、東インド会社の最初期航海者の一人である。

1602年に当時のカンディ(キャンディ)国王と会談し、貿易の可能性について話し合ったとされている。

このホテルの建築家 ジェフリー・バワが選ぶ人物は、道を求めて旅をした人物。

***昨夜暗かった螺旋階段は、朝の光で違った表情をみせてくれている↓

バワの友人彫刻家、ラキ・セナナヤケの金属作品はスリランカに攻め入ったポルトガル人がシンハラ人と戦うう様子。火を噴く大砲も見える

 

頂上で笛を吹く王は、ラキ・セナナヤケ本人の姿をしているそうな↓

ラキ・セナナヤケの作品は繊細ではない。近寄ってみるとその「雑」とも見える荒々しさがわかる。三十年ほどを経て、そろそろ修復も必要かもしれない→

***ロビーにあがる

朝食はインド洋を見晴らすテラスも気持ち良い↓

新鮮なフルーツをたくさん食べて、ホッパー(アーッパ)↓をつくってもらって

紅茶と一緒に、甘いペイストリーを↓

紅茶ポットに隠れたのは・・・

この作り付けのテーブルは、よくみるとなかなか苦労しているのが分かる↓

↑バワとしては、どうしてもここにテーブルをつくりたかったのだろう。しかし、テーブルとちょうどよい位置に椅子をおくことが、つくりつけの椅子ではむずかしい。それではと、引っ張り出す小テーブルを考えたのだろう。バワ自身が大男だったから、ここに座るのはなかなか難しかったかもしれないが↑

****朝食を終えて、テラスで過ごす時間。こういう時間を過ごすために生きてきたのかもしれない↓

小松が資料をひらいていると、そこへガイドのマーティンさんがやってきた。「日本語で、これ、どう説明するといいかな?」と、ちょっとした勉強会。いいことですね(^^)↓

*****

午前10時過ぎ、そろそろ予約してあった最初のSPAの時間だ。SPAのビルは、客室棟から少し離れてた平屋の建物になっている↓

みなさん、楽しんでいただけるでしょう↓

 

 

 

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