装丁も文章も綺麗な主に音楽のことについて書かれたエッセイ集です。
著者は毎日新聞の学芸部門の専門編集委員で、この本は毎日新聞夕刊のコラム「音のかなた」をまとめたとのことです。
見開きでひとつの話題が完結していて、起承転結がはっきりしています。最初に問題提起があり、それを受けてひとつのテーマがあり、次に一見あらぬ方向に話がとぶように見えながら、最後に結論めいた話で落着しています。
本書の編集にあたって遊び心がひとつあり、それは96のずらりと並んだエッセイが最初は「ボッティチェッリの青」で始まり、最後に「ショーソンの青」で終わっていることだそうです。
「音」「光」「風」「蝶」「孤独」などがキーワードで、シューベルトのエピソードが盛んにでてきます。しかし、何と言っても、クラシックの造詣の深さが歴然とにじみ出ています。巻末にそれぞれのエッセイと関わるCDの紹介がありますが、聞いたこともない題名のクラシックが並んでいるので、これを頼りにCDを買い、耳をこやせば、世界が広がるかもしれません。
エストニア出身のアルヴォ・ベルトのヴァイオリンとピアノによる「鏡の中の鏡」、ラヴェルの「逝ける王女のためのパヴァーヌ」、サン・サーンスのオペラ「サムソンとデリラ」などなど。
ロシアの作曲家メトネル、アポリネールの詩「ミラボー橋」の話がでてきて、これは嬉しかったですね。
含蓄のある言葉が次々に出てくる、例えば「実は季節に合った音楽というのは、その季節の空気の密度をとらえた音楽なのではないだろうか。秋をテーマにしているかどうかではなく、その音の響き方が秋の空気の波長の長さに合っているような音楽に、秋を感じる」(p.143)、「人は物語をもって世界を理解しようとする。いずれの宗教もすべからく壮大な物語を持っている。人もまた日々物語を自作して納得する。物語を作れなくなったとき、人は破綻する」(p.153)。
著者はこの本で、本年度の日本記者クラブ賞を受賞しました。