江戸前が生んだ五大食文化は、にぎり鮨、てんぷら、佃煮、ウナギの蒲焼き、浅草海苔ですが、本書の最大のテーマは「江戸前の海で捕れる魚介類が、なぜ他の海で産するものよりも美味しいのか」と著者は巻頭で述べています(p.18)。
そしてこのテーマを解くことは一筋縄ではいかないことを著者は熟知していて、そのためさまざまな角度から攻め、蘊蓄を披歴します。
まず、江戸前とはどこを指すのでしょうか? 実はこれについても広義、狭義の諸説があります。著者は「広辞苑」をひき、専門書(「東京都内湾漁業興亡史」)をひもとき、古書にあたり、水産庁と議論しました。
結局、著者は最狭義の江戸前・東京都内湾を前提とすることを宣言しています(p.69)。そこで、最初の「なぜ美味しいのか」ですが、これは上流の山々からの腐葉土でつくられた植物性プランクトンが多くの河川をとおして江戸湾に流れ込み、それを餌にする動物性プランクトンが大量に発生し、さらに干潟に育つ貝類の餌となり、孵化したばかりの仔魚や稚魚を育むから、という答えに落ち着くようです(p.86)。
この結果、江戸の町は世界に誇る好魚場の江戸湾に恵まれ、四季に応じた旬の魚介が潤沢に供給されてきたのです。
尤も、江戸前とはもともとはウナギの蒲焼きのことを指したらしいですが、江戸湾からあがるウナギだけでは江戸の胃袋に追い付かず、江戸の裏からの旅ウナギの供給が不可欠になるに及んで、江戸前の名称とおさらばし、その後、鮨がこの名称をつぐようになったとのことです。
アジ、サバ、タイ、スズキ、カレイ、サヨリ、ウナギ、サワラ、シャコ、ハマグリ、アサリ・・・どれもがかつて東京湾で日本一の漁獲高になったことがあるそうです。驚異的です。
その江戸湾が埋め立てられ、漁業権が買い取られ、ピンチにたっています!悲しい。
浅草海苔の語源の掘り起こし、江戸前のてんぷら賛歌、スズキを頂点とする魚介の生態系の分析、築地市場の利用の仕方、たなご釣りの妙味、著者の語りはとどまる所を知りません。