イギリスの同名の演劇を映画化した作品です。この映画はひとりの無人称的存在であった42歳の中年女性が,ギリシャに旅をする過程で,しだいに自分を取り戻し,人格をもった人間,シャーリー・バレンタインに変わっていく物語です。
映画では珍しく,シャーリー(ポーリン・コリンズ)が鑑賞者にしばしば肉声で語りかけてきます。この語りかけによって,知らず知らずのうちに女性でなくとも彼女との共感が心のなかに広がってきます。
日本ならずとも,主婦は人格をもたない存在とみなされがちのようです。それは家庭の主婦の役割に由来すると言っても過言でありません。既婚女性で家事と育児とに専念する女性は,やって当たり前で報われることの少ない仕事を日々繰り返しています(本当は、そうでないのですが・・・)。評価はありません。
夫に悪気があるわけではないのです。しかし,家事労働の単調さは理解や共感が得にくいのです。このシジフォス労働こそが,主婦の人格を無人称化していくのです。
名前が呼ばれることのない主婦にとって,家族で語ることのできる相手は台所の「壁」です。いずれも無機質な,生の声をもたない,しかし長年慣れ親しんできただけに心が通うように思える存在です。
シャーリーは,そのような女性。ふたりの子どもは手がかからなくなっていて,夫との二人暮らし。夫は既にシャーリーに関心がなく、夕食を6時に用意してくれればよいと思っています。
シャーリーは買い物を終えて帰宅すると,「壁」に語りかけるのが日課になってしまいました。ワインを飲みながら孤独のなかで,食事の準備。
友人ジェーン(アリソン・ステッドマン)が新聞の懸賞でギリシャ旅行(ペア・2週間)にあたり,シャーリーを誘ってくれました。家庭を空けることに躊躇がありましたが,夫が夕食にクレームをつけたことに腹をたて,同行する決心をします。旅行中2週間分の食事を冷凍庫に準備し,母に解凍を依頼し,そこまで準備して彼女は出発しました。
観光グループの一行は,最初からギリシャという国を小馬鹿気味にしています。シャーリーは,そういう高慢な態度が嫌いでした。ギリシャにはいいところがたくさんあるし・・・。
レストランのウエイターは素朴そうないい青年でした(後でそうでもないことが分かるのですが)。
一緒にきたはずのジェーンは往路の飛行機のなかで知り合った男友達とどこかに遊びにいってしまい,取り残された感じのシャーリーは現地の青年コスタム(トム・コンティ)と心が通じ,やや強引なヨット周遊の勧誘に応じます。この青年は,シャーリーの話しをよく聞いてくれました。広い青い地中海の海に心が解放され,彼女は海に飛び込み,泳ぎ,コスタと舟のなかで結ばれます。コスタに好感をもったこともあるのですが,むしろ自分自身が「生きていることに恋した」のでした。
その後も、シャーリーはコスタのレストランで働きながらギリシャに留まります。他方,一向にシャーリーが帰ってこないので、夫は苛々を募らせます。再三帰国を促す電話がきました。さて、この二人はどうなるのでしょう???