がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
94)十全大補湯の抗がん作用

図:補中益気湯と十全大補湯は、体力や免疫力を高め抗がん剤の副作用緩和に有効であるが、補中益気湯は補気・健脾作用により胃腸虚弱が強い場合に適し、十全大補湯は補気・補血(気血双補)作用によって骨髄障害が強いときに適する。
94)十全大補湯の抗がん作用
【十全大補湯と補中益気湯の違い】
十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)は人参・黄耆・白朮(または蒼朮)・茯苓・当帰・芍薬・川芎・地黄・桂皮という10種類の生薬の組み合わせから構成されます。
一方、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)は、人参・黄耆・白朮(または蒼朮)・当帰・柴胡・升麻・大棗・陳皮・生姜・甘草の10種類の生薬の組み合わせから構成されます。
このうち、人参・黄耆・白朮(または蒼朮)・甘草・当帰の5種類の生薬は2つの漢方薬に共通しています。この5種類の生薬は食欲や体力や免疫力を高める効果があります。人参と黄耆の組み合わせが、生命エネルギーである「気」を補う「補気」作用を強める効果があることは93話で解説しました
この5つの生薬に加えて、補中益気湯の場合は、さらに柴胡、大棗、陳皮、升麻、生姜が加わりますが、これらは胃腸の運動を高めたり粘膜を保護するなど、胃腸の働きを良くするのが主な効果です。したがって、補中益気湯は胃腸の状態を良くして体力を高める効果が主な薬効になります。
一方、十全大補湯には芍薬・川芎・地黄・茯苓・桂皮が含まれ、これらは血液循環を良くし、骨髄機能を高めて貧血や白血球減少を改善する効果があります。
芍薬(しゃくやく)はボタン科のシャクヤクの根で、主成分のモノテルペン配糖体のペオニフロリン類には鎮痛・鎮静作用の他、末梢血管拡張・血流量増加促進・血小板凝集抑制などの作用があり血液循環を良くします。
川芎(せんきゅう)はセリ科のセンキュウの根茎で、体を温め、血管拡張・血行促進に働いて諸臓器の機能を促進します。鎮痛作用があり、頭痛・腹痛・筋肉痛・生理痛などにも有効です。免疫増強作用も報告されています。
地黄(じおう)はゴマノハグサ科のアカヤジオウ又はカイケイジオウの根で、造血機能を高め、体の潤いを増します。
茯苓(ぶくりょう)はサルノコシカケ科のマツホドの外層を除いた菌核で、消化吸収機能を促進し、胃腸虚弱を改善します。多糖体成分には免疫賦活作用を介した抗腫瘍効果が報告されています。
桂皮(けいひ)はクスノキ科のニッケイ類の樹皮で、血行を促進して体を温める効果があります。
十全大補湯に含まれる10種類の生薬のうち、人参・黄耆・白朮(または蒼朮)・茯苓・甘草の5種は、胃腸の働きを高め、生命エネルギーの気の産生を高める「補気(気を補う)」という効果があります。当帰・芍薬・川芎・地黄は造血機能を高める「補血(血を補う)」という効果があります。桂皮は体を温め血液循環を良くすることによって、これらの生薬の成分が体内に行き渡る作用を行います。
このような10種類の生薬の相乗効果によって、気と血を補い、体力や免疫力や造血機能を高めるのが、十全大補湯の効能と言えます。
抗がん剤や放射線治療の副作用軽減や、手術後の体力低下の回復促進を目的とするとき、十全大補湯と補中益気湯はともに極めて有効な漢方薬ですが、補中益気湯は胃腸虚弱が強いときに適し、十全大補湯は貧血や白血球減少など骨髄のダメージの回復に適しています。胃腸が極端に弱っているときは、十全大補湯は胃もたれの原因になることもあるので注意が必要です。
【十全大補湯の骨髄機能改善作用】
放射線照射マウスに対して十全大補湯が多能性造血幹細胞の活性を促進することが報告されています。生体防御に関与する血球系の細胞は、多能性造血幹細胞から、恒常性を維持しながら供給されています。したがって多能性造血幹細胞活性の増強は、生体防御に関与しているT細胞・B細胞・NK細胞・マクロファージ・顆粒球・血小板などの活性化にも間接的につながり、十全大補湯による骨髄機能に対する種々の効果を説明することができるのです。
さらにその活性成分について検討した結果、その中に含まれているオレイン酸やリノレン酸などの不飽和脂肪酸が、その作用の本態であることが報告されています。これらの脂肪酸は造血幹細胞に直接作用するのではなく、造血支持細胞に働きかけて間接的に多能性幹細胞の増殖を刺激する作用のようです。
しかし、これらの脂肪酸は食事中からも多く摂取しており、これらの脂肪酸を多く含む方剤も多くあるので、ヒトにおける放射線障害に対する十全大補湯の予防効果を単純に脂肪酸だけの作用で説明するには無理があるかもしれません。他の成分が脂肪酸の作用を強めている可能性や、低分子量成分や多糖類成分にも造血系を刺激する活性があることも報告されています。(Blood. 90:1022-30, 1997)
副作用を抑えるというのは抗がん剤そのものの作用を抑えている可能性もありますが、十全大補湯を投与すると抗がん剤の血中濃度は上昇していたという報告もあります。十全大補湯には抗がん剤の濃度を高めながら副作用を軽減するという理想的な効果があるようです。
顆粒球減少症に対してはG-CSF(顆粒球コロニー形成刺激因子)が使用されますが、十全大補湯を併用することによりG-CSFの使用量が減ったという報告があります。高価な薬の使用量を減らせるメリットは大きいと思います。
がん治療だけでなく、様々な原因でおこる貧血や白血球減少や血小板減少を十全大補湯が改善する効果があることが、多くの臨床研究で報告されています。
C型肝炎患者にインターフェロンとリバビリンを併用した治療を行うと、溶血性貧血が起こり、リバビリン投与の減量や中止が余儀なくされる場合が多くあります。この治療に十全大補湯を併用すると、貧血の程度が軽くなるという報告があります。十全大補湯を併用しなかった患者では35例中15例(43%)で貧血によってリバビリンの減量や中止が必要でしたが、十全大補湯を併用した患者では、リバビリンを減量あるいは中止したのは32例中4例(13%)と少なくなったという報告があります。(J. Gastroenterol. 39:1202-1204, 2004年)
【十全大補湯の抗がん作用】
十全大補湯それ自身に、がんの発生や再発の予防する効果や、転移を抑制する効果があることが報告されています。
富山医科薬科大学和漢薬研究所の済木育夫教授のグループは、十全大補湯ががん細胞の悪性化進展や転移を抑制することを報告しています。
発生したがん細胞は増殖していく過程で様々な因子の影響を受け、より悪性度の高いがん細胞集団へと変化し、転移するようになります。マウスを用いた実験で、十全大補湯がこのようながん細胞の悪性化進展や転移を抑えるという結果を、済木教授らは複数の実験モデルを用いて示しています。
マウスに移植しても自然に退縮する悪性度の低いがん細胞を、異物であるゼラチンスポンジと同時に皮下移植すると、致死的増殖性を獲得したがん細胞に不可逆的に変換するという実験モデルがあります。ゼラチンスポンジの移植により炎症反応などが惹起され、その結果産生されるフリーラジカルやサイトカインや増殖因子により自然退縮型の低悪性度のがん細胞がより悪性のがんに進展し、マウスが死亡するという実験系です。
この悪性化進展の実験モデルを用いて検討した結果、十全大補湯の経口投与によりこの悪性転化が有意に抑制されることが明らかとなりました。
すなわち、十全大補湯(株ツムラ、TJ-48, 40 mg/day)を移植後7日間にわたり経口投与した結果、投与しなかった対照群に比較して有意に腫瘍増殖の抑制と生存期間の延長が観察されました。作用機序としては、十全大補湯の成分によるフリーラジカルの消去作用や、免疫系の賦活による抗腫瘍効果などが推測されています。(Jpn.J.Cancer Res.,87:1039-1044,1996)。
さらに、マウスの大腸癌細胞を用いた肝転移の実験系において、十全大補湯が癌の転移を抑制することも報告しています。マウスを開腹し 大腸がん 細胞を門脈内注入する実験的肝転移モデルにおいて、十全大補湯を腫瘍接種前の7日間経口投与し、腫瘍移植後19日目に解剖しました。その結果、十全大補湯投与群は用量依存的に肝転移結節数および肝重量の減少を示すとともに、対照群に比較して有意な生存期間の延長が観察されました。 (Jpn.J.Cancer Res.,89:206-213,1998)。
十全大補湯の生物学的活性については多くの報告があり、その中には、マクロファージの活性化、抗体産生増強、種々のサイトカイン産生誘導などの免疫増強作用、抗癌剤や放射線治療による骨髄における造血機能障害や免疫抑制に対する保護作用などが証明されています。臨床的には、病後の体カ低下、疲労倦怠、食欲不振、制癌剤や放射線治療の副作用の軽減、患者のquality of lifeの改善などを主な目的として、がん治療の補助療法としてもよく使用されています。
さらに上記の実験結果はさらに、十全大補湯ががん治療の副作用軽減のみならず、がんの悪性進展や、再発・転移の予防において有用であることを示しています。
抗がん剤治療のとき、十全大補湯をベースにして、さらに血液浄化や解毒機能を高める作用がある駆瘀血薬(桃仁、牡丹皮、紅花、莪朮、三稜、欝金など)や清熱解毒薬(半枝蓮、白花蛇舌草、蒲公英、板藍根など)を加えると、さらに抗がん剤の副作用緩和や抗腫瘍効果増強の効き目を高めることができます。
(文責:福田一典)
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