709)抗がん剤の副作用軽減における漢方薬とアナンダミドの相乗効果

図:抗がん剤治療は消化管や神経系にダメージを与え(①)、食欲低下や吐き気・嘔吐、消化吸収機能障害などの胃腸機能の低下、抑うつ・不安感・末梢神経障害・不眠などの精神神経系の様々な副作用を引き起こす(②)。漢方薬(③)と内因性カンナビノイドのアナンダミド(④)はこのような抗がん剤の副作用の軽減において相乗効果が期待できる。

709)抗がん剤の副作用軽減における漢方薬とアナンダミドの相乗効果

【内因性カンナビノイドシステムをターゲットにしたがん治療の可能性】
大麻が病気の治療に役立つ最大の理由は、大麻成分が内因性カンナビノイド・システムに作用するからです。
大麻に含まれるΔ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)はカンナビノイド受容体の鍵穴に合う偽鍵のようなもので、内因性カンナビノイドと同じようにカンナビノイド受容体のCB1CB2に結合してシグナルを伝達します。
Δ9-THCはCB1とCB2受容体を介して、エイズや進行がんの患者の食欲増進や体重増加の作用を発揮します

カンナビノイド受容体タイプ1(CB1)は中枢神経系において様々な神経伝達調節を行っており、記憶・認知、運動制御、食欲調節、報酬系の制御、鎮痛、脂肪代謝など多岐にわたる生理作用を担っています。
カンナビノイド受容体タイプ2(CB2)は免疫細胞や白血球に多く発現し、免疫機能や炎症の制御に関与しています。
CB1は中枢神経系に多く発現し、CB2は免疫細胞に多く発現していますが、カンナビノイド受容体(CB1とCB2)は多くの組織の細胞に存在し、多彩な生理機能の調節に関与しています(下図)。


図:内因性カンナビノイドのアナンダミドと2-アラキドノイルグリセロールはカンナビノイド受容体のCB1とCB2に作用して様々な作用を発揮する。CB1とCB2は様々な臓器や組織に分布している。

がん治療における医療大麻の有用性は多くの報告があります。
鎮痛、食欲増進、吐き気・嘔吐の緩和、睡眠障害の改善、抑うつや不安感の軽減、体重増加(消耗状態の改善)など、緩和ケアにおける症状改善や抗がん剤の副作用軽減の目的で有効な作用が証明されています。
しかし、THCあるいはTHCの入った大麻製剤は日本では使用できません。大麻取締法によって、医療目的でも大麻の使用は禁止されているからです。日本では医療大麻や合成THC製剤の使用に関する議論は全く進んでいません。むしろ大麻規制は強化されています。

カンナビジオールオイル(CBDオイル)は数年前まではTHCが少量入っていても通関できましたが、最近はTHCが検出されたら大麻と断定されて通関はできません。THCが入ったCBDオイルを持ち込めば、大麻取締法の処罰の対象になる可能性があります。
したがって、医療大麻と同様な薬効を期待しようとすると、THCの入った大麻や合成THC製剤を使わない方法でCB1とCB2を活性化する方法を追求する必要があります。

カンナビジオール(CBD)パルミトイルエタノールアミド(PEA)は食品(サプリメント)の取り扱いで販売されており、CB1を間接的に活性化する目的で利用できます。
カンナビジオールとパルミトイルエタノールアミドは、内因性カンナビノイドのアナンダミドの分解を阻害して血中濃度を高め、抗不安や抗うつ作用や食欲増進などの効果を発揮すると考えられます。
精油のβカリオフィレンはCB2のアゴニストです。βカリオフィレンは食品添加物として認可されています。
さらに、CB1とCB2の内因性リガンドであるアナンダミド(アラキドノイル・エタノールアミド)も入手可能です。
これらの物質を組み合わせれば、緩和ケアや抗がん剤の副作用軽減に役立つ治療法が実践できる可能性があります。

【自然治癒力の源は食物からの栄養素】
内因性カンナビノイドシステムを利用したがん治療のターゲットとして食欲増進作用体重増加(消耗状態の改善)が重要だと思います。漢方治療も食欲や体力や栄養状態を高める治療法を重視しています。
がんを含め難病の治療において食欲や胃腸機能を高めることは極めて重要です。

漢方薬は慢性疾患や難病の治療に用いられて、西洋医学で得られない効果を発揮しています。それは、消化吸収機能を高めて栄養状態を改善し、組織の血液循環や新陳代謝を促進して体の自然治癒力を高めるからです
西洋医学には、このような滋養強壮や組織機能の賦活を目指す発想は乏しく、漢方はこれをもっとも重要な治療戦略としています。

約800年前に中国で活躍した名医・李東垣は、胃腸機能の保護を常に強調していたことで知られています。彼は、難病の治療に際して、「あれやこれやと薬を投与するよりも、胃腸の消化吸収機能を保ちながら、自然治癒力の回復を待ったほうがよい」と述べています。
作用の強い薬を長期にわたって服用すると、胃腸の機能は次第に衰えて消化吸収機能が低下し、栄養状態が悪化し、体力や抵抗力も低下してしまいます。病気の原因ばかりに目を向けて、生体の自然治癒力に配慮しない治療では、治る病気も治らなくなることを強調しています。
このような考えを基本として、漢方薬には食欲や消化吸収機能を高める薬や、体力を回復させる滋養強壮薬が数多く用意されています

体を作るのは食物から得られる栄養素であり、自然治癒力の源も栄養素です。食物の摂取と栄養素の消化吸収が十分でなければ、体の治癒力も抵抗力も十分働くことができません。
摂取した食物を栄養素に分解して体内に吸収する臓器を消化器といいます。
消化器には、食物の通る管(消化管)と、消化液などを分泌する付属器官(唾液腺・肝臓・胆嚢・膵臓など)があります。
消化管とは口から食道・胃・小腸・大腸とつながる全長約9メートルの中腔の器官で、食物を口から肛門まで輸送しながら、胃・小腸で食物を消化・吸収し、大腸で食物残渣を便にします。
唾液腺・肝臓・胆嚢・膵臓などは、消化液などの分泌物を消化管に送り込んで、栄養素の消化吸収を助けます。小腸から吸収された栄養物質は肝臓に送られて、エネルギー産生や蛋白質などの合成に使われます。
食物の栄養物質を体に同化させ、体を動かすエネルギー源に効率良く変換するためには、これらの多くの臓器や組織が調和をもって正常に働くことが必要です。
特に、食欲や消化吸収機能を高めることが自然治癒力や生体防御力を向上・活性化する基本になります(図)。

図:体の治癒力の源は食物から得られる栄養物質であり、治癒力や抵抗力を高めるためには、食物からの栄養素の消化吸収、血液や水分の循環、組織の新陳代謝を良い状態にすることが必要。

【漢方薬で食欲を高める】
食欲というのは美味しそうな食べ物を見たり、その臭いを嗅いだり、味わってみることにより出てきます。食欲増進剤というのは味覚・嗅覚を刺激して食欲を高め、唾液や胃液の分泌を促進し、消化吸収機能を高める薬物で、苦味剤芳香剤などがあります。

苦味剤は、舌の味覚器に作用して反射性に唾液・胃液の分泌を刺激し、さらに胃の分泌細胞にも作用して胃液分泌を促進し、食欲と消化機能を高める薬物です。
生薬の黄連(おうれん)黄柏(おうばく)には苦味健胃作用があり、唾液・胃液・膵液・胆汁の分泌を軽度に高め胃腸運動を亢進させる作用から食欲を増進します。

芳香剤の生薬には桂皮(けいひ)茴香(ういきょう)薄荷(はっか)などがあり、これらは胃粘膜を刺激して胃液分泌を亢進させる作用があります。
陳皮(ちんぴ)などの柑橘類の生薬には胃液分泌や胃運動を促進する効果があります。陳皮はみかんの皮であり、みかんの皮は胃の働きを高め、食べ物の滞りをなくす働きに優れており、食欲不振の治療薬として昔から活用されてきました。
生姜(しょうきょう)の独特の香りは料理に風味をあたえ、食欲を増進させる働きをもっています。生姜の辛みの成分には、吐き気を抑えて食欲を増進させる効果があります。
縮砂(しゅくしゃ)はショウガ科植物の種子で芳香性健胃薬として使用されます

シソの葉の蘇葉(そよう)は、独特の香りにより胃液の分泌を促し、食欲を増進させるほか、胃や腸の働きをよくする作用があります。また神経症や不眠症を治す作用もあるので、精神的ストレスによって食欲不振になっている人に適します。
薬用人参(高麗人参)は種々のストレスに対する抵抗力や適応能力を高め、虚弱体質や疲労が激しいときの食欲増進と滋養強壮に有効です。

体力や免疫力が高まると食欲が増すという報告があります。がんの末期などで極度の疲労・倦怠感がある場合に、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)のような補剤を服用すると、食欲不振や全身倦怠感などが軽減する場合があります。
食欲はあるのにいざ食卓に向かうと食べられないというときは、人参湯(にんじんとう)六君子湯(りっくんしとう)がよい場合があります。胃腸運動の機能不全によって食べるとすぐに腹が張ってくるような状態に適しています。

このように食欲不振の原因に合わせて、それに合った生薬や漢方薬を使用することにより、より効果的に食欲を高めることができます。

【胃腸の働きを整える健脾薬】
西洋医学では栄養物質の消化吸収機能を、胃・小腸・大腸・肝臓・胆嚢・膵臓など解剖学的に分けて考えますが、漢方医学では栄養物の消化吸収という全体像を統一的にとらえて、「脾(ひ)」という概念で表現します。
東洋医学でいう「脾」は西洋医学の「脾臓(spleen)」とは異なります。
漢方医学でいう「脾」は主に消化器系の機能を指すとともに、免疫・神経・内分泌なども含めて、食物から栄養物質を取り出し、全身の臓器に輸送して体に同化させる機能やシステムのすべてを意味しています。

脾の機能低下を、脾虚(ひきょ)といいます。胃腸壁の平滑筋の緊張低下(アトニーという)があって、消化管の運動不全や、食物の消化吸収機能の低下、さらに栄養物質の体内での利用が低下した状態で、胃腸虚弱に近い概念です。脾虚は気・血の生成を低下させるため、体力・気力や栄養状態の低下を引き起こし、生命力自体を低下させることになります。
脾虚を改善する作用を「健脾(けんぴ)」といい、健脾作用をもつ生薬(健脾薬)を臨床経験の中から集めてきました。
健脾薬には大棗(たいそう)茯苓(ぶくりょう)蒼朮(そうじゅつ)白朮(びゃくじゅつ)山薬(さんやく)蓮肉(れんにく)などがあり、多くの漢方方剤にこれらが加えられています。病気に対する抵抗力をつけるためには消化器系の働きを高めることが大切という考えに基づいているのです。

図:漢方医学では栄養物の消化吸収という全体像を統一的にとらえて「脾」という概念で表現する。胃で飲食物を受け入れて消化し(①)、小腸で栄養物質とカスを選別し(②)、大腸と膀胱で不要なものを排泄する(③)。栄養物質(精気)を抽出して全身に分布させる働きを脾が行なう。脾の機能低下を「脾虚(ひきょ)」と言う。脾虚は消化管の運動不全や、食物の消化吸収機能の低下、さらに栄養物質の体内での利用が低下した状態を意味する。

大棗(たいそう)はナツメの果実で、エネルギー源となると同時に、刺激性の強い薬の薬効を緩和する効果をもっています。
茯苓(ぶくりょう)はサルノコシカケ科のきのこの一種で、消化吸収を促進し、消化管内の余分な水分を除く作用や、精神安定に働いて不安感や不眠などの改善にも有効です。
蒼朮(そうじゅつ)はキク科のホソバオケラやシナオケラの根茎で、白朮(びゃくじゅつ)はキク科のオケラ又はオオバナオケラの根茎です。両方とも、消化管内や組織間の水分を血中に吸収して、利尿によって除去する作用(利水作用という)を持っているため、消化管内や組織中に水分が停滞しやすい胃腸虚弱の人の食欲不振や泥状・水様便の改善に使われます。
山薬(さんやく)はヤマノイモの根茎で、滋養強壮作用を有し、消化吸収機能を高めて慢性的な下痢を止める作用があります。
蓮肉(れんにく)はハスの果実で、中国では菓子や中華料理の材料としてもよく用いられ、胃腸虚弱による下痢や食欲不振を解消する滋養強壮薬として用いられています。

西洋医学では胃や小腸や肝臓や膵臓などの解剖学的な消化器臓器を別々にとらえ、栄養物の消化吸収という全体像を一つの機能としてとらえていないため、消化吸収機能の低下が及ぼす治癒力や抵抗力への影響を軽視しがちです。
漢方医学では、食物を消化して体に同化させる生体機能の全てを「脾」という概念で代表させることによって、生体防御を全身的に考える基盤としています。
消化管の働きを高める健脾薬や滋養強壮薬を数多く持っている点が、がん治療における漢方治療の有用性の一つです

【内因性カンナビノイドは食欲と摂食行動とエネルギー蓄積を制御している】 
人類の歴史の中で、農耕が始まったのは1万年くらい前です。それ以前の旧石器時代は狩猟採集によって食物を得ていたので、毎日食事を食べられるという保証はありませんでした。 
人類の祖先がまだ森に居たころは食糧は豊富でしたが、氷河期が始まって森林が縮小し、人類が狩猟採取を始めた250万年くらい前から、農耕が始まる1万年前までの間、人類は飢餓との戦いの中で進化してきました。(376話参照)


図:人類の祖先の類猿人から初期人類にかけての数百万年間は主に森林に生息して木の葉や果実などの植物性食糧が主体であったため、栄養素としては糖質が主体であった(①)。約250万年くらい前から氷河期に入ると森林が縮小し人類は狩猟採集によって食糧を得るようになり、動物性の食事が主体になって糖質摂取量は減っていった(②)。約1万年前に最後の氷河期が終わると農耕や牧畜が行われるようになり、人類は再び糖質の多い食事に戻った(③)。産業革命後(19世紀以降)は精製した糖質の摂取が増え、さらに1970年代以降は砂糖や異性化糖などの単純糖質の摂取量が増加し、肥満やメタボリック症候群が増加している(④)。

その結果、食べられるときに食べて、それを体脂肪などに蓄積し、食事が食べられなくても当分は困らないような体内システムを作り上げてきました。この体内システムを制御しているのが内因性カンナビノイドシステムと言えます。
大麻に含まれる薬効成分のΔ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)が作用する受容体として発見されたカンナビノイド受容体のCB1とCB2は様々な組織に発現しています。 
さらにCB1とCB2の内因性のリガンド(アナンダミド2-アラキドノイルグリセロールなど)や内因性リガンドの合成酵素や分解酵素などによって「内因性カンナビノイド・システム」を構築して、多様な生理作用に関わっています。(内因性カンナビノイド・システムについては707話参照)

CB1受容体の活性化は、食欲を高めて食物摂取を亢進し、エネルギー消費を減らし、体脂肪の合成を促進して、体内にエネルギーを蓄積する方向で作用します。
つまり、内因性カンナビノイド・システムは人類が狩猟採集で生命を維持していく上で重要なシステムであったと考えられます。
農耕社会と異なり狩猟採取社会では、食物の獲得が不定期になるため、食事が取れない間を生きていく上で内因性カンナビノイドシステムは重要な働きを担っていたと考えられます。

摂食行動や体内でのエネルギーの産生と消費の恒常性維持は、中枢神経系(特に視床下部や大脳辺縁系)と末梢の臓器(脂肪組織、骨格筋、肝臓、膵臓、小腸など)によって調節されていますが、その制御に内因性カンナビノイドシステムが重要な役割を担っています。 

インスリン(血糖降下作用)やレプチン(食欲抑制作用)やグレリン(摂食亢進作用)や副腎皮質ホルモンなど様々なホルモンや生理活性ポリペプチドによって内因性カンナビノイドシステムの活性は調整されています。
逆に内因性カンナビノイドはオピオイド(モルヒネ)やセロトニンやγアミノ酪酸(GABA)など、中枢神経系において食欲の調節を行っている神経伝達物質や神経ペプチド(神経ホルモン)の放出を制御しています。 

カンナビノイド受容体CB1の活性化は食欲を高める作用を発揮します。 
肥満していない人に比べて肥満した人では、脂肪組織や肝臓や膵臓、視床下部における内因性カンナビノイドシステムの活性が高くなっているという報告があります。 
一般的に、内因性カンナビノイドシステムの活性亢進は、栄養摂取の亢進、エネルギー貯蔵の亢進、エネルギー消費の抑制を引き起こすと考えられています。その結果、体重を増やし、肥満を引き起こすことが明らかになっています。 

CB1受容体の遺伝子を欠損するマウスは食事摂取が少なく、エネルギー消費が増え、体重が減少します。
CB1受容体のアンタゴニスト(阻害剤)は食欲を低下させ、体重を減らすことが知られています。 
逆に、CB1受容体を活性化するΔ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)は脂肪細胞における脂肪分解を抑制し、脂肪の蓄積を促進する作用があります。
このような効果は、進行したがんやエイズの患者の食欲不振や消耗状態の改善に有効です。
実際、大麻や合成THC(ドロナビノール、ナビロン)が食欲を高め、体重を増やす効果によって、進行がんやエイズの患者の消耗状態を改善することが証明されています。 
しかし、CB1の活性化は食事摂取量が過多と組合わさると、肥満やメタボリック症候群の発生を促進することになります。 
CB1の活性化による食欲増進と脂肪蓄積の亢進は、食糧獲得が困難な狩猟採取時代を生き残る目的では有用ですが、食糧が豊富な農耕・牧畜社会になってからは、CB1の活性化は肥満やメタボリック症候群の発生を増やすことになります

【アナンダミドはやる気を高める】
カンナビノイド受容体タイプ1(CB1)は中枢神経系において様々な神経伝達調節を行っており、記憶・認知、運動制御、食欲調節、報酬系の制御、鎮痛など多岐にわたる生理作用を担っています。
さらに、消化管にもCB1受容体は発現しており、腸管運動に関わっています。 
大麻に最も多く含まれるカンナビノイドであるΔ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)はCB1とCB2に結合して作用を発揮します。
過剰に摂取すると、中枢神経系のCB1の活性化によって気分の高揚などの精神作用による症状(副作用)がでます。 
THCは脳に作用して食欲を高める作用があります。この食欲亢進作用はCB1の刺激によるものです。 
さらに鎮痛作用や吐き気を軽減する作用があるため、エイズや進行がんの患者さんの食欲不振や体重減少、抗がん剤治療による吐き気や嘔吐に対する治療に使われています。 

CB1の活性化は、人間の三大欲求(食欲、睡眠、性欲)を満たす効果があります。
CB1受容体を活性化すると不安や恐怖が軽減します。合成THC製剤が外傷後ストレス障害(Post Traumatic Stress Disorder:PTSD)の症状を改善することが報告されています。 
CB1を阻害する薬剤は食欲を低下して体重を減少する効果がありますが、うつ症状が悪化し、自殺が増えることが明らかになっています。それはCB1阻害が脳内報酬系の働きを抑制するからです。

脳内報酬系というのは動物が自分で積極的に行動したくなるモチベーションを与える仕組みです。食欲も脳内報酬系によって亢進します。この快感を得る仕組み(脳内報酬系)を抑制することは食欲を低下できますが、何もやる気が無くなって生きる意味を失わせるのです。(脳内報酬系については444話参照)
CB1の阻害は、人間の三大欲求(食欲、睡眠、性欲)を抑えることになり、生きている意味を見つけることができなくなり、自殺するということです。
つまり、CB1の活性化は自殺の予防にも効果が期待できます

【動物は快感を求めて行動する】
人間を含めて動物は「気持ちがよい」とか「快感」を求めることが行動の重要な動機になります。

ある薬物が動物にどの程度の快感を与えるかを評価する方法として「薬物自己投与」という実験法があります。
ラットやマウスなどの動物に、レバーを押すと薬物がインフュージョンポンプから自動で投与される(あるいは経口摂取できる)ような装置を作成して実験を行うと、積極的にレバーを押す場合とレバーを押さない場合があります。
前者は摂取することによって快感を引き起こす物質と考えられ、このレバー押し行動の強さでその物質の快感を引き起こす程度が評価できます。
初めはレバーを1回押せば薬物が1回投与される条件でレバー押しをさせ、その後薬物が1回投与されるまでにレバーを押さなければいけない回数を徐々に上げていくことによって、その物質に対する要求度がどの程度強いかが評価できます。
摂取したい欲求が強ければ、何度もレバーを押して何度も摂取し、快感が大きければ薬物を摂取するために必要なレバー押し回数が増加してもレバーを押します。
このような実験で、オピオイド(モルヒネ)、コカイン、アンフェタミン、ニコチン、アルコールが強い快感を引き起こすことが示されています。甘味はコカインよりも快感が強いことも報告されています(348話参照)。

図:ラットを2つのレバー(操作棒)があるケージに入れ、一つのレバーを押すと快感が得られる薬剤が静脈注射されたり、そのような薬剤の入った水を何秒間かだけ飲め、もう一つのレバーを押すと活性のない物質が投与されるような仕組みを作って実験すると、ラットは快感を得られる物質が得られるレバーを多く押す。薬物が1回投与されるまでにレバーを押さなければいけない回数を徐々に上げていくことによって、その物質による快感の程度が評価できる。

【脳の一部を刺激すると快感を得られる】
前述の「薬物自己投与」と似た方法で「脳内自己刺激」という実験法があります。
ラットの脳のある部分に電極を差し込み、レバーを押すと脳に電流が流れるような仕組みを作って実験すると、ある部位に電極があると、ラットは猛烈なスピードでレバーを押すことが見つかり、その電極が刺激した脳内の部位が「快楽の中枢」と考えられました。
このような実験から、脳内に非常に強い快感を呼び起こす仕組みがあることが明らかになり、これが脳内報酬系の発見となりました。

脳内報酬系は、人や動物の脳において、欲求が満たされたとき、あるいは満たされることが分かったときに活性化し、その個体に快感の感覚を与える神経系です。
腹側被蓋野から側坐核、および、前頭前野などに投射されているA10神経系(中脳皮質ドーパミン作動性神経系)と呼ばれる神経系が脳の快楽を誘導する「脳内報酬系」のメインの経路となっています(下図)。

図:中脳の腹側被蓋野にはA10細胞集団と呼ばれるドーパミン作動性ニューロン(神経伝達物質としてドーパミンを放出する神経細胞)が多く存在する。側坐核は快楽中枢の一つ(報酬系)に属する神経核で、腹側被蓋野のドパミン投射を受け、前頭前野に投射して快感を感じる。この神経経路は脳内報酬系と呼ばれている。

A10神経系で主要な役割を果たす神経伝達物質がドーパミンです。
ドーパミンはアミノ酸のチロシンから作られるアミンの一種で、人間の脳機能を活発化させ、快感を作り出し、意欲的な活動を作り出す神経伝達物質です。


A10神経系が刺激されると、ドーパミンが放出され、脳内に心地良い感情が生ずると考えられています。 
この神経系に電極を埋め込んで電気刺激をすると、ラットは盛んにレバーを押して電気刺激を求めます。この神経系が活性化すると快感を感じるからです。


図:ラットの脳に電極を埋め込んで、ラットが自分でレバーを押すと電気刺激が起こって電極のある部位の脳を刺激する装置を使った実験を脳内自己刺激という。電極が脳内報酬系を刺激する部位に電極があるとラットはレバーを押し続ける。特に、腹側被蓋野と側坐核を結ぶ内側前脳束に電極を埋め込むと、ラットは猛烈な勢いでレバーを押すようになる。

【脳内報酬系を刺激する薬は依存性になりやすい】
この脳内報酬系システムは、正常な快感(食事やセックスなどによる)とともに、麻薬や覚せい剤のような薬物による快感や、そのような薬物への依存の形成にも関わることが知られています。
脳内報酬系においてドーパミン放出を促進し快感を生じると、それが条件付け刺激になって依存症中毒という状態になります。
コカインのような覚せい剤やモルヒネなどの麻薬のように依存性をもつ物質は、ドーパミン神経系(脳内報酬系)を賦活します。

脳内報酬系を活性化するメカニズムは薬によって異なります。
GABA(γアミノ酪酸)作動性ニューロンは脳内報酬系のドーパミンの放出を抑制していますが、モルヒネはGABA作動性ニューロンからのGABAの放出を抑制してドーパミンの産生を増やします
GABA作動性ニューロンを抑制すると中脳腹側被蓋野から出ているA10神経のドーパミン分泌が促進されて快感が増強することになります。

アルコールもGABA神経を抑制してドーパミンの放出を促進します。

ニコチンは興奮性伝達物質のグルタミン酸の腹側被蓋核への分泌を促進してドーパミンの放出を増やします。

大麻のTHCや内因性カナビノイドのアナンダミドもGABA神経を抑制してドーパミンの放出を促進します


このような依存性のある薬物は連用すると、薬剤耐性によって同じ量を摂取しても快感の度合いが次第に小さくなります。そのため、快感を得るためにさらに摂取量を増やすようになります。
さらに、その薬物が入ってこなくなると、ドーパミン神経系が低下し、不安症状やイライラ感などの不快な気分が生じます。これが禁断症状(離脱症状)です。

繰り返し摂取したい欲求を惹起する作用は強化効果や報酬効果といい、依存性薬物や嗜好性の強い食品にも認められます。

油や砂糖などの甘味はネズミの実験でも強化効果が認められています。
つまり、「甘味は中毒(依存性)になる」ということは脳内報酬系の活性化という点から証明されています。ネズミの実験では、甘味の強化効果(報酬効果)はコカインより強いことが報告されています。

そこで、報酬系を抑制する薬は、薬物中毒だけでなく、飽食による肥満や生活習慣病の治療に有効という考えで、報酬系を抑制する薬も開発されています。しかし、このような薬はうつ症状や自殺企図を増やす副作用があって実用化は困難なようです。
報酬効果というのは積極的に行動したくなるモチベーションを与えるので、この報酬効果を阻害すると何もやる気が無くなります。
つまり、人間が快感を得る仕組み(脳内報酬系)を抑制することは生きている意味が無いということです。

私の理論的考察では、抗がん剤の副作用軽減や、筋萎縮性側索硬化症やアルツハイマー病などの神経変性疾患の治療にアナンダミドとパルミトイルエタノールアミドを併用して摂取して、内因性カンナビノイドシステムを活性化するという治療法を試してみる価値はあるように思います。
ただ、まだ誰も試してはいませんし、報告もありません。

私は、2週間ほどアナンダミドとパルミトイルエタノールアミドを摂取して、副作用がないことと、何か効果がありそうな印象は感じていますが、私は肉体的にも精神的にも異常がないので、その効果は実感しません。
神経難病などで、試してみたいかたがいれば、アナンダミドとパルミトイルエタノールアミドを安価(1ヶ月分2万円程度)で提供できます。
アナンダミドは唐辛子のカプサイシンの受容体のTRPV1のアゴニストなので、摂取すると咽喉の灼熱感が感じますが、それ以外は副作用を経験しません。むしろ快感を感じます。
アナンダミドはサンスクリット語の「アーナンダ(至福)」にちなんだ名前です。快感や幸福感を引き起こす作用があります。

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