444)カンナビジオールは薬物依存を抑制する

図:中脳の腹側被蓋野にはドーパミン作動性ニューロン(神経伝達物質としてドーパミンを放出する神経細胞)が多く存在する。側坐核は快楽中枢の一つで、腹側被蓋野のドーパミン投射を受け、大脳皮質の前頭前野に投射して快感を感じる。この神経経路は脳内報酬系と呼ばれている。モルヒネ、コカイン、ヘロイン、アルコール、ニコチン、カフェイン、THC(テトラヒドロカンナビノール)などの依存性を生じる薬物は幾つかのメカニズムで脳内報酬系のドーパミン放出を増強して快感を高める。大麻成分のカンナビジオール(CBD)は報酬系のドーパミン放出を抑制することによって薬物依存を抑制する作用が報告されている。大麻(マリファナ)が他の依存性薬物より依存性が軽いのは、THCの報酬系増強作用をCBDが抑制している可能性が指摘されている。

444)カンナビジオールは薬物依存を抑制する

【動物は快感を求めて行動する】
人間を含めて動物は「気持ちがよい」とか「快感」を求めることが行動の重要な動機になります。

ある薬物が動物にどの程度の快感を与えるかを評価する方法として「薬物自己投与」という実験法があります。
ラットやマウスなどの動物に、レバーを押すと薬物がインフュージョンポンプから自動で投与される(あるいは経口摂取できる)ような装置を作成して実験を行うと、積極的にレバーを押す場合とレバーを押さない場合があります。
前者は摂取することによって快感を引き起こす物質と考えられ、このレバー押し行動の強さでその物質の快感を引き起こす程度が評価できます。
初めはレバーを1回押せば薬物が1回投与される条件でレバー押しをさせ、その後薬物が1回投与されるまでにレバーを押さなければいけない回数を徐々に上げていくことによって、その物質に対する要求度がどの程度強いかが評価できます。
摂取したい欲求が強ければ、何度もレバーを押して何度も摂取し、快感が大きければ薬物を摂取するために必要なレバー押し回数が増加してもレバーを押します。
このような実験で、オピオイド(モルヒネ)、コカイン、アンフェタミン、ニコチン、アルコールが強い快感を引き起こすことが示されています。甘味はコカインよりも快感が強いことも報告されています(348話参照)。

図:ラットを2つのレバー(操作棒)があるケージに入れ、一つのレバーを押すと快感が得られる薬剤が静脈注射されたり、そのような薬剤の入った水を何秒間かだけ飲め、もう一つのレバーを押すと活性のない物質が投与されるような仕組みを作って実験すると、ラットは快感を得られる物質が得られるレバーを多く押す。薬物が1回投与されるまでにレバーを押さなければいけない回数を徐々に上げていくことによって、その物質による快感の程度が評価できる。

【脳の一部を刺激すると快感を得られる】
前述の「薬物自己投与」と似た方法で「脳内自己刺激」という実験法があります。
ラットの脳のある部分に電極を差し込み、レバーを押すと脳に電流が流れるような仕組みを作って実験すると、ある部位に電極があると、ラットは猛烈なスピードでレバーを押すことが見つかり、その電極が刺激した脳内の部位が「快楽の中枢」と考えられました。
このような実験から、脳内に非常に強い快感を呼び起こす仕組みがあることが明らかになり、これが脳内報酬系の発見となりました。
脳内報酬系は、人や動物の脳において、欲求が満たされたとき、あるいは満たされることが分かったときに活性化し、その個体に快感の感覚を与える神経系です。
腹側被蓋野から側坐核、および、前頭前野などに投射されているA10神経系(中脳皮質ドーパミン作動性神経系)と呼ばれる神経系が脳の快楽を誘導する「脳内報酬系」のメインの経路となっています(下図)。

図:中脳の腹側被蓋野にはA10細胞集団と呼ばれるドーパミン作動性ニューロン(神経伝達物質としてドーパミンを放出する神経細胞)が多く存在する。側坐核は快楽中枢の一つ(報酬系)に属する神経核で、腹側被蓋野のドパミン投射を受け、前頭前野に投射して快感を感じる。この神経経路は脳内報酬系と呼ばれている。

A10神経系で主要な役割を果たす神経伝達物質がドーパミンです。ドーパミンはアミノ酸のチロシンから作られるアミンの一種で、人間の脳機能を活発化させ、快感を作り出し、意欲的な活動を作り出す神経伝達物質です。

A10神経系が刺激されると、ドーパミンが放出され、脳内に心地良い感情が生ずると考えられています。 
この神経系に電極を埋め込んで電気刺激をすると、ラットは盛んにレバーを押して電気刺激を求めます。この神経系が活性化すると快感を感じるからです。


図:ラットの脳に電極を埋め込んで、ラットが自分でレバーを押すと電気刺激が起こって電極のある部位の脳を刺激する装置を使った実験を脳内自己刺激という。電極が脳内報酬系を刺激する部位に電極があるとラットはレバーを押し続ける。特に、腹側被蓋野と側坐核を結ぶ内側前脳束に電極を埋め込むと、ラットは猛烈な勢いでレバーを押すようになる。
 
【脳内報酬系を刺激する薬は依存性になりやすい】
この脳内報酬系システムは、正常な快感(食事やセックスなどによる)とともに、麻薬や覚せい剤のような薬物による快感や、そのような薬物への依存の形成にも関わることが知られています。
脳内報酬系においてドーパミン放出を促進し快感を生じると、それが条件付け刺激になって依存症や中毒という状態になります。
コカインのような覚せい剤やモルヒネなどの麻薬のように依存性をもつ物質は、ドーパミン神経系(脳内報酬系)を賦活します。
脳内報酬系を活性化するメカニズムは薬によって異なります。
GABA(γアミノ酪酸)作動性ニューロンは脳内報酬系のドーパミンの放出を抑制していますが、モルヒネはGABA作動性ニューロンからのGABAの放出を抑制してドーパミンの産生を増やします。
GABA作動性ニューロンを抑制すると中脳腹側被蓋野から出ているA10神経のドーパミン分泌が促進されて快感が増強することになります。
アルコールもGABA神経を抑制してドーパミンの放出を促進します。
ニコチンは興奮性伝達物質のグルタミン酸の腹側被蓋核への分泌を促進してドーパミンの放出を増やします。

このような依存性のある薬物は連用すると、薬剤耐性によって同じ量を摂取しても快感の度合いが次第に小さくなります。そのため、快感を得るためにさらに摂取量を増やすようになります。
さらに、その薬物が入ってこなくなると、ドーパミン神経系が低下し、不安症状やイライラ感などの不快な気分が生じます。これが禁断症状(離脱症状)です。

繰り返し摂取したい欲求を惹起する作用は強化効果報酬効果といい、依存性薬物や嗜好性の強い食品にも認められます。
油や砂糖などの甘味はネズミの実験でも強化効果が認められています。つまり、「甘味は中毒(依存性)になる」ということは脳内報酬系の活性化という点から証明されています。ネズミの実験では、甘味の強化効果(報酬効果)はコカインより強いことが報告されています。
そこで、報酬系を抑制する薬は、薬物中毒だけでなく、飽食による肥満や生活習慣病の治療に有効という考えで、報酬系を抑制する薬も開発されています。しかし、このような薬はうつ症状自殺企図を増やす副作用があって実用化は困難なようです。
報酬効果というのは積極的に行動したくなるモチベーションを与えるので、この報酬効果を阻害すると何もやる気が無くなります。つまり、人間が快感を得る仕組み(脳内報酬系)を抑制することは生きている意味が無いということです。
 
【カンナビジオールは薬物依存を抑制する】
大麻(マリファナ)が多幸感を引き起こすのは報酬系を活性化するからです。大麻に含まれるΔ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)が作用するカンナビノイド受容体のCB1はBAGA作動性ニューロンからのGABA放出を抑制して報酬系のドーパミンの放出を増やします。モルヒネやアルコールと似た作用機序です。
THCが脳内報酬系のドーパミンの放出を増やす作用があるので、大麻は依存性を引き起こす可能性があります。
一方、精神作用のないカンナビジオール(CBD)には依存性薬物の報酬効果を減らす作用が知られています。
例えば、CBDがニコチン依存を抑制する効果が報告されています。次のような報告があります。
 
 
Cannabidiol reduces cigarette consumption in tobacco smokers: Preliminary findings. (カンナビジオールはタバコ喫煙者のタバコの消費量を減らす:予備調査の結果)Addictive Behaviors 38:2433–2436, 2013年
 
【要旨】
近年、ニコチン依存における内因性カンナビノイドシステムの関与が指摘されるようになった。
禁煙の意志のある喫煙者を対象に、禁煙におけるカンナビジオール摂取の効果を検討するために、予備的な無作為化二重盲検プラセボ対照試験を実施した。
24名の喫煙者を無作為に2群に分け、カンナビジオールの吸入群とプラセボ(偽薬)の吸入群に分け、喫煙したくなったら吸入をするようにという指示で1週間の検討を行った。
プラセボ群では喫煙したタバコの量に変化は無かった。一方、CBDを吸入した群では喫煙したタバコの量が40%程度の減少を認めた。このようなCBDによる禁煙効果はCBD吸入終了後のフォローアップ時にも維持された。
これらの小規模な臨床試験による予備的な研究結果は、ニコチン依存の治療にけるCBDの有用性を示唆し、さらに大規模な臨床試験を行う価値があることを示している。
 
被験者は全て女性で、1日10本以上の喫煙をし、禁煙したいという意志のある人です。
タバコを吸いたいと思った時にエアゾルでCBDを吸入します。プラセボ群ではタバコの数は変わらなかったのに、CBDを吸った群ではタバコの本数が40%減少したという結果でした。
CBDがモルヒネ依存を抑制するという報告もあります。
 
Cannabidiol inhibits the reward-facilitating effect of morphine: involvement of 5-HT1A receptors in the dorsal raphe nucleus.(カンナビジオールはモルヒネの報酬系亢進作用を阻害する:背側縫線核における5-HT1A受容体の関与)Addict Biol. 18(2): 286-96, 2013 年
【要旨】
カンナビジオールは大麻草に含まれる精神作用を持たない物質で、ネズミの実験では様々な中枢神経系に対する作用を示す。ネズミにおけるヘロイン探索行動の再発をカンナビジオールが抑制することが示されている。
しかしながら、脳刺激報酬および乱用薬物の報酬促進効果に及ぼすカンナビジオールの影響はまだ検討されていない。
そこで、本研究では、脳内自己刺激(ICSS)法を用いて、脳の報酬系機能とモルヒネやコカインによる報酬系促進効果によるカンナビジオールの作用を調べた。
ラットの内側前脳束(MFB)に刺激電極を挿入し、背側縫線核にガイドカニューレ(マイクロインジェクション装置)を挿入し、電気脳刺激に応答するように訓練した。
低用量のカンナビジオールは脳刺激の補強効果に影響を与えなかったが、高用量のカンナビジオールは内側前脳束(MFB)における脳内自己刺激(ICSS)に必要な閾値周波数を顕著に高めた。
コカインとモルヒネは脳内自己刺激の閾値を低下させた。カンナビジオールはモルヒネの報酬系亢進作用を阻害したが、コカインによる報酬系亢進作用は抑制しなかった。
選択的5-HT1A受容体アンタゴニストのWAY-100635を背側縫線核に注入する前処置を行うと、この作用(カンナビジオールによるモルヒネの報酬系亢進作用の阻害作用)は阻止された。
カンナビジオールはどの用量でも脳内自己刺激試験において強化作用を示さないが、モルヒネの報酬系促進作用を抑制する作用があることが本研究で示された。この作用は背側縫線核における5-HT1A受容体の刺激によることが示された。
これらの結果は、脳内報酬系に対するモルヒネの亢進作用をカンナビジオールが阻止する作用を有し、オピオイドの依存を軽減する目的で臨床使用できる可能性を示唆している。
 
前述のように、脳内自己刺激とは、ラットがレバーを押すと、脳内の特定の領域に電気が流れる実験です。電極が腹側被蓋野と側坐核を結ぶ神経線維である内側前脳束を刺激したとき、
ラットのレバー押し行動が非常に亢進されます。
この論文の実験でも、内側前脳束に電極を挿入して報酬系を自己刺激する実験系でモルヒネやカンナビジオールの効果を検討しています。
モルヒネ自身に報酬系を刺激する作用があるので、モルヒネを投与すると脳内自己刺激の閾値が低下します(ラットは少ないレバー押しで十分に満足する)。このようなモルヒネによる脳内報酬系の亢進作用をカンナビジオールが抑制し、そのメカニズムとして背側縫線核のセレトニン受容体の5-HT1A受容体をカンナビジオールが活性化するためというメカニズムを報告しています。
カンナビジオールには5-HT1Aの作動薬としての作用があり、この作用がモルヒネの報酬系抑制作用に関与しているという報告です。
 
【大麻は脳内報酬系への作用が弱い】
Δ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)の精神作用(陶酔感や多幸感など)はCB1受容体を介する作用です。THC単独の製剤より大麻そのものの方が効果が高く、副作用の出現も少ないことが知られています。
その一つの理由がカンナビジオール(CBD)がCB1とTHCの結合を阻害するアンタゴニスト作用を持つことや、セロトニン受容体の5-HT1Aのアゴニストとして作用する機序などが報告されています。
モルヒネもTHCもGABAを放出している神経からのGABAの放出を抑制してドーパミンの産生を増やします。したがって、大麻もモルヒネも同様な機序で脳内報酬系のドーパミン放出を高めて、快感を得ています。
しかし、モルヒネやコカインに比べて大麻による脳内報酬系の活性化作用は弱いと言われています。その理由はまだ不明ですが、一つのメカニズムとしてカンナビジオール(CBD)がTHCによる報酬系の活性化を抑制している可能性が指摘されています。
CBDがオピオイドやコカインや覚醒剤などの依存の治療に効果があるという報告もあります。
前述のラットの実験では、モルヒネによる脳内報酬系の亢進作用をCBDが抑制し、そのメカニズムとして背側縫線核のセレトニン受容体の5-HT1A受容体をカンナビジオールが活性化するためというメカニズムが報告されています。CBDには5-HT1Aの作動薬としての作用があり、この作用がモルヒネの報酬系抑制作用に関与しているという機序です。
1994年に国立薬物乱用研究所(National Institute of Drug Abuse)のジャック・ヘニングフィールド(Jack Henningfield)博士とカリフォルニア大学のニール・ベノウィッツ(Neal Benowitz)博士がアルコール、ニコチン、コカイン、ヘロイン、カフェインの5つの物質とマリファナを比較した際、離脱症状、耐性、依存性という点においてマリファナは最も低いという結果になりました。
依存性(薬の使用を止められない状態になること)の強さは、強い方からニコチン、ヘロイン、コカイン、アルコール、カフェイン、マリファナの順番です。
離脱症状(連用している薬物を完全に断った時に禁断症状が現れることで、身体依存を意味する)もこれらの中でマリファナが最も弱く、カフェインよりも離脱症状は弱いと薬物乱用の専門家は評価しています。
つまり、大麻は酒やタバコやコーヒーより中毒になりにくいことは医学的に証明されているのです。
大麻はTHCによる脳内報酬系の活性化による多幸感が得られ、CBDなど他の成分によって依存が起こらないようブレーキをかけているような感じです。このような複数の成分による相互作用によって脳内報酬系への活性化作用が適度に制御されていることが大麻に依存性が低いことの理由の一つと言えそうです。
 
 
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