CLASS3103 三十三組

しがない個人ホームページ管理人の日記です。

本をたくさん読んだ話

2017-02-28 17:45:39 | 雑感
自慢話めいたものを一つ

2014年147冊、2015年134冊、2016年204冊と
3年間がんばって読書しようと目標に掲げて
合計485冊の本を読んだのであります
ついでにいえば、2017年2月は、月間で初めて20冊読めた

中身のない者ほど数を誇る

これがモロに当てはまるそれなんでありますが、
個人的に年間200冊を超える読書は、
私の生涯で今後発生しないであろうと思うと
感慨深いのであります
しかし、読書家と呼ばれる人は世の中に山ほどいるようで、
人によれば、年間1000冊とか読んでるという剛の者がおり、
これを知った時に自分の未熟さというべきか、
なんだろう、つまらぬことを思い知った次第でありました

さて、結局これくらいの読書量では、さほどというでもないにも関わらず、
それまで、年間に30冊くらいしか読んでなかった私が、
がんばって増やした結果、どうなったというか、なんだったか
ここに反省をこめて記しておこうと、メモっておくのである
あくまで私の個人的な経験である

・読むだけで覚えてない
よろしくない部分であります、たくさん読み続けるにつれて、
読むスピードが格段に上昇してきたのは理解していたんだが
それに伴ってなのか、内容をほとんど覚えていないと
恐ろしい事実に遭遇したのでありました
実際読んだ、そして、あらすじめいた話、
酷いときは、表紙の感じを見たら、
だいたいこんな具合だった気がする程度は思いだせるけども
それすらも、進捗していくにつれてできなくなってくる
昨日何食べたかな?と同じ程度に、
昨日何読んだっけ、とそんな具合になったのでありました

これと平行して、実生活でも物覚えが格段に悪くなってしまい
読書で頭がよくなると目論んでいた私には
衝撃というか、なんか、やり方間違えてんじゃないかと
年齢のせいか、読書のせいかわからん恐怖を覚えたのでありました

・この中で一番よかった本
当然、これだけ読んだという話をしたならば、
その中で何が一番よかったですかと、
さも当たり前の質問が出てくると思うのでありますが、
当然上記のような具合なので、内容が思い出せない
そして、濫読が過ぎたせいなのか、
確かに読み終わった瞬間には、これはよい本を読んだと
何冊か覚えたはずなんだけども、
後々にそれを思い出せない、さっきリストを見直してみて、
ああ、色々あったと思ったけども、
これが一番だったと挙げろといわれると、
やはりそれができない、どれも良かったというか
これだけ読んだという、よくわからない達成感の向こうにある、
頂点の一冊なんて、それを選ぶことで、
その一冊を基準にして、ほかの本が、読書数が、ああ、
全部破綻してしまうじゃないか、言えるかバカ野郎
なんて、つまらんことを考えてしまうのでありました
というわけで、よかったという本は上げられないのである

・好きな作家が見つかった
これまで、好きな作家は夏目漱石だったわけで、
まぁ、実際のところ今でも、一番はやっぱり夏目漱石だと
感じているんだが、もう新刊が出ない人を
いつまでも引っ張るのはよろしくないと、今を生きている作家さんでいくと
「円城塔」を挙げることができるようになった
このほかにも、篠田節子、フェルディナント・フォン・シーラッハ、
といった人の作品がステキだわとそれぞれに語るくらいの
知識ができたのはめっけものでありました

・読書時間を増やしても生活に影響はない
よい意味でも、悪い意味でも影響がないのであります
実際はよいほうに転んだんじゃないかと思いたいのですが、
今まで、だらだらネットやったりゲームやったりと
「つまらぬこと」といわれる部分に費やしていたものが、
そのまま読書に変わることで、人に言いやすくなったというか
少なくとも、意味あることしている気になれるというだけで
十分に役立ったと思えるのであります
ただ、あまりに面白い本に出会ってしまうと
夜更かしが過ぎるようになるので
厳密にいえば、生活を壊される危険性ははらむものの
おおむね、いいことの方が多いと思うのだ
あと、私だけかもしれないが、本を読むことで得た知識を
なんとかひけらかそうと、そういう気持ちにはならなかったので
本を読むことで、うざい人になったということだけは
無いと思う、信じたい

・読書をしても、文は上手くならないし、会話ができるようにもならない
これが衝撃でありました
読めば読む分だけ、何かが上等になっていくだろうと
信じてというか、信じたかったのだけども、
取り立ててよくならなかったのでありました
多分、よくなろうと思ってやらないと身に付かないという
ごく当たり前のことが、読書だけでは打破できないと
これまた当たり前の話だったようである
教養と呼ばれるものが無いと、本当に会話はできないなと
読むだけではなく、自分なりに考えて、
それこそ、読んだ本を覚えておけるようでないと
血肉にするのは難しい、つまるところ、
数読めばいいというもんではないと思うのであった

・200冊読もうと思うと、なんでも読むようになる
数に取り付かれたというのは、よくないことだったけど
これによって、読書の巾が広がったのは間違いない
何せ、好きな本というか、好きなジャンルだけじゃ飽きるのである
あれこれと、今まで読んだこともなかったり、
興味もなかったものまで手を広げるという
それまでの私にはなかった趣向、ある意味での限界突破が
割と簡単に手に入ったというのは行幸でありました
何事も選り好みしないでおこうと
そう考えるようにもなったので、
俯瞰的というか、おおらかさのようなものを手に入れたとも思える
おかげで、それまででは知りえなかったことに
触れることができたと、これは確信している


このほかにも、いくつかあるように思うけど
ずらずら思うままに書いたら、えらい字数になっちゃって、
多分誰も読んでくれないだろうから
このあたりでメモを閉じるのであります
何事も反省しておくのは大切ながらも、
理解を促し、議論できる形にするのも大切だと
痛切に思いながらも、できないまま、置く


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