小説の孵化場

鏡川伊一郎の歴史と小説に関するエッセイ

刃傷松の廊下の「真相」  11

2006-11-09 16:15:08 | 小説
 梶川のこの記述では、まるでいつの間にか内匠頭が吉良上野介の背後に忍び寄ってきて、いきなり、わめきながら吉良の背中を切りつけたことになる。 
 不自然ではないか。松の廊下は長いのである。当の吉良と立ち話をしている梶川の視界に、こちらに向かってくる内匠頭の姿が入らないわけはない。「誰やらん」などという語句は白々しいのだ。しかも切りつける瞬間に発した言葉が「この間の遺恨覚えたるか」では、いささか間延びするではないか。私は自分でこの言葉を発しながら、脇差(模造刀)の鞘をはらってみたけれど、なんとも力が分散して、さまにならなかった。実はたんに「声かけ切り付けた」とした別の梶川氏日記写本がある。妙なことに二通りの写本があるが、こちらが正しいと思われる。それにしても、背後から切りつけたというのも依然として変だ。
 医師の栗崎道有の所見は違う。こう記している。
「(内匠頭は)小さ刀を抜き打ちに眉間を切る、烏帽子に当たり烏帽子の縁までにて切り止まる。時に吉良横うつむきになる所を二の太刀にて背を切る」(原文はカタカナ)そして「額筋交眉間の上の骨切れる。疵の長さ三寸五、六分」で六針縫ったとしている。背の疵は浅く、三針縫ったとも記している。
 なぜ梶川の記述は不自然で、しかも太刀の順番で嘘をつくのか。日記に嘘は書かないだろうから動転していて思い間違えたということではなさそうだ。この日記は公用日記である。事件の五日後、梶川は5百石加増されている。内匠頭を押しとどめた褒賞にしては過分である。梶川日記には、浅野は乱心し卑怯にも背後から切りつけたとしたほうが都合がよいという幕閣の思惑が反映されているように、私には思われる。
 


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