小説の孵化場

鏡川伊一郎の歴史と小説に関するエッセイ

中岡慎太郎の隣の女

2007-02-08 16:35:12 | 小説
 右手で頬杖をついて首をかしげ、こぼれるような白い歯を見せて笑っている中岡慎太郎の写真がある。幕末当時の湿式写真だと、5秒から10秒露出時間がかかるらしいが、無理な作り笑いではない。ひきこまれるような自然な笑顔である。
 その写真は、宮地佐一郎編『中岡慎太郎全集』(勁草書房)に紹介されているが、なぜか左右が反転して掲載されている。掲載写真では左手で頬杖をつく恰好になっているが、脇差に注目すれば左右が逆になっていることがわかる。河田小龍のご子孫である京都の宇高随生氏が所蔵していたのを、故宮地さんが複写を許可されたものだが、複写か全集の口絵にレイアウトするとき、反転したのであろう。
 慎太郎の隣に女性が写っているはずなのだが、黒くぬりつぶされている。(慎太郎の膝に女性の振袖の袂らしいものが、ふわっとかかっている)さて、この女性は誰だったか。祇園の芸者で、たぶん慎太郎の愛人というふうに推測されてきた。私もながい間、そう思い込んできた。
 ところがこのほど小沢健志『幕末・明治の写真』(ちくま学芸文庫)を読み、所収の写真を眺めているうちに、あっと気づいた。慎太郎の写真は京都寺町通り仏光寺下ルの「西洋伝法写真処」で撮られたものだ。撮影者は堀与兵衛。ここで撮られた写真は人物の台座に同じ市松模様の敷物が使われているので、すぐわかるのだ。その堀与兵衛は、なんと女性モデルを使っていて、被写体の侍と組合わせて写すということをやっている。慎太郎の隣の女性もモデルという可能性があるのだ。
 それはともかく、かの新選組局長近藤勇が慶応2年に写真を撮ったのも、ここである。この写真館、大変な盛況ぶりで、たとえば慶応4年の半年間で千両を超える売上があったというから驚く。案外、モデルとのセット撮影もうけていたのかもしれない。
 慎太郎には祇園に愛人がいたのはいたのだが、一緒に写真を撮るというのは、やはり少し考えにくい。

(余計なことだが、某政治家が自分のHPに慎太郎の笑顔が好きだと言って、写真をアップしているが、反転写真のままですよ。)


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