小説の孵化場

鏡川伊一郎の歴史と小説に関するエッセイ

北原白秋姦通事件  5

2006-10-05 17:07:00 | 小説
 さてところで、白秋と俊子が姦通罪に相当する関係になった時期については二説がある。どうでもいいようなことだが、明治45年の春に性愛の関係を持ったというのが通説。つまりふたりは知り合って一年半はプラトニックだったというもの。いまひとつは、いやそれは不自然で、明治44年の夏には男女の関係になっていたという説(西本秋夫説)。
 白秋の歌を写していてひらめいたことがある。両説とも違っているのではないか、ということだ。春や夏という季節ではない。ふたりが結ばれたのは冬だったはずだ。前に引用した歌では、雪がふっているではないか。さらに次のような歌がある。

 チョコレート嗅ぎて君待つ雪の夜は湯沸(サモワル)の湯気も静こころなし
                 (注:原文のチョコレートは漢字表記)

 この歌もまた「雪の夜」である。歌集『桐の花』所収の歌だから、「君」とは俊子にほかならない。おそらく明治44年の歳末に、ふたりは一夜を明かす仲になったと私は推測する。
 ともあれ苦しい恋だった。姦通罪で起訴され、「文芸の汚辱」と罵られ、世間の指弾をあびた白秋は、その精神的な打撃から自殺まで考える。俊子は獄中で肺結核にかかるが、白秋は心を病むのであった。
「野晒(ノザラシ)」という詩がある。
  
  死ナムトスレバイヨイヨニ
  命恋シクナリニケリ、
  身ヲ野晒ニナシハテテ、
  マコトノ涙イマゾ知ル。

  人妻ユヱニヒトノミチ
  汚シハテタルワレナレバ、
  トメテトマラヌ煩悩ノ
  罪ノヤミヂニフミマヨフ。

 この詩はおよそ白秋らしくない。その、らしくなさの向こう側に白秋の憔悴がほの見える。  
   


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