小説の孵化場

鏡川伊一郎の歴史と小説に関するエッセイ

人斬り以蔵の「真実」  10

2006-05-24 19:04:50 | 小説
 およそ家伝のたぐいには記憶違いや、代々の口伝の過程で、最初の話が変容することはよく見受けられる。中浜家における寿々の口伝にも明らかに間違った話になっているケースはある。
 それは以蔵のあとの万次郎のボディガードを団野源之進としていることだ。団野源之進は嘉永7年の昔に89才の高齢で没した剣客であった。万次郎の護衛者となるには時代がずれる人物だ。 
 それゆえ、中浜家の口伝は以蔵の話もしかり、あまり信用がおけないと断定する人が出てくるかもしれない。
 しかし団野源之進は万次郎の妻、鉄の父親であった。つまり寿々からみれば祖父である。寿々が自分のおじいちゃんの消息を知らぬわけはなく、団野の門下生が護衛に当たったという話が、伝言ゲームよろしく寿々→中浜某→某→中浜博と語りつがれていくうちに「門下生」が脱落したものと思われる。
 ところで団野源之進といえば、幕末の剣聖とうたわれた直心影流の男谷精一郎の師であった。その男谷は勝海舟の従兄弟であった。
 海舟と万次郎の接点はここにもあるわけで、海舟が以蔵を万次郎の護衛につけたという中浜家口伝の信憑性は、かえって高まると私は思う。


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