小説の孵化場

鏡川伊一郎の歴史と小説に関するエッセイ

吉田茂のスパイ  5

2007-09-27 21:04:11 | 小説
 さて、このたびの自民党総裁選で麻生太郎という政治家に興味をそそられたこともあって、彼の『祖父吉田茂の流儀』(PHP研究所・2000年刊)を読んだ。現存する政治家の著書を読むのははじめてだった。その著書に「ヨハンセン(吉田反戦)をスパイせよ」という項目があって、東輝次のことが書かれていた。麻生太郎は書いている。

≪吉田茂は『回想十年』の中で、あるスパイ(注:東のこと)について、わづかだが触れている。
「これは余談だが、終戦後この男がひょっこり私を訪ねてきて、『戦争中は誠に申し訳ないことをした。不本意であったが、上官の命令でやむなくスパイをするようになって迷惑をかけた』と詫びるから、私は『与えられた仕事を忠実に実行したのだから、別に謝る必要はない』と激励して帰したことがある。その後この男が就職のあっせんを依頼してきたので『勤務状態、誠に良好なり』と太鼓判を押して、ある職場へ紹介してやった。今でも然るべく大いに活躍しているだろう」
 祖父の人柄を示す、私の好きなエピソードの一つである≫

 実は私もこのエピソードに心打たれて、この稿を書きはじめたのであった。
 東輝次にあらたな任務が下って、吉田邸から去らねばならなくなったとき、吉田は彼を引きとめている。その言葉がいい。東がこみあげる涙とともに聞いた、と書きつけた吉田茂の言葉は次のようなものだ。

「他人が騒げば騒ぐだけ、落ち着かねばならない。もう二、三ヶ月すれば、日本の転換期が来る。それまでいなさい。そのとき、ここにいるのが嫌なら、麻生鉱業に入ってもよい。また、いる気になればわたしが君の一生を見てやる。(略)お母さんが心配するようなれば、、ここへ引き取ればよいではないか。(略)一番辛い時に一番よくやってくれた。わたしはよくそれを知っている。だから、このままいなさい。悪いようにしないから…」


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。