小説の孵化場

鏡川伊一郎の歴史と小説に関するエッセイ

いろは丸新史料の謎 補遺

2010-08-04 09:58:08 | 小説
 あらら、『月琴を弾く女 お龍がゆく』を部分的に読み返していたら、私は龍馬に、いろは丸のことを「オランダ籍のアビソ号」としゃべらせていた。(同書255ページ)
 これが錯誤であることは、このブログの読者は先刻ご承知のことがらであるはず。まあ、小説のことだし、龍馬の思い違いということでご理解いただくとして、「アビソ号」即「いろは丸」という誤解を増幅させてはまずいから、機会があれば訂正したいと思っている。
 さて、いろは丸の賠償については、岩崎弥太郎の「崎陽日暦」の「6月2日」(慶応3年)に次のような記述がある。

「…大洲の重役大橋采女へ行キ、沈没ノ船代償ノ事ヲ申入置還ヘル」

 つまり大洲藩はいろは丸の賠償問題については、土佐側と緊密に連絡はとれていたのであり、賠償結果に異を唱えた形跡はまったくない。
 紀州藩が船代の残債を肩代わりしたことを呑んでいるのである。これがもし船代金を全額支払っていたら、とてもじゃないが呑めるような賠償結果ではないのである。
 
 ところで衝突して、いろは丸を沈没させた紀州の明光丸にも後日談がある。これがなにやら因縁めいている。というのも維新の際、この明光丸をオランダ商ボードインに引渡しているというのだ。藩債の入質だったようで、つまり、いろは丸代金の残債を肩代わりしたものの、担保は明光丸だったらしいのである。その償却後、明治3年大阪の紀伊国屋萬蔵に売却された、とある。いろは丸事件は、紀州藩にはなんとも高くついた事件だった。


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