小説の孵化場

鏡川伊一郎の歴史と小説に関するエッセイ

西郷隆盛〈隠された素顔〉7

2005-04-14 17:46:50 | 小説
 征韓論にやぶれ下野し、故郷に帰る途中に詠んだとされる西郷の漢詩がある。その一節。
「白髪衰顔 意する所に非ず  壯心剣を横たへて勲なきを愧(は)ず」
 西郷はやはり剣を必要としたのである。対照的に、もはや剣の時代は終わったと言った龍馬のことが思い出される。勝海舟にこの詩のパロディがある。
「壯心剣を横たへて勲を求めず」
 海舟はあきらかに西郷にあてつけている。
 故郷に戻った西郷は、外出に際しては犬を13頭も連れていた。銅像のように一頭ではないのだ。なぜか。犬はボディガードなのである。彼はつねに刺客を警戒しなければならなかったのだ。西南戦争の引き金となった西郷暗殺計画は西郷らの思い違いという説もあるが、いずれにせよ、暗殺に敏感に反応する下地はあったのである。故郷に帰った西郷がいずれ挙兵するだろうと予想していた人物がいた。初代の大警視川路利良である。川路をわが国初の警察機構のトップに任命したのは、ほかならぬ西郷なのであるが、その川路が鹿児島に密偵を放って西郷の動きを監視していた。皮肉なめぐり合わせである。
 さてところで西南戦争とは、つまるところ西郷と大久保利通の私闘ではなかったかという見方がある。かって徳川と島津の私闘といわれた鳥羽伏見の戦いを、錦の御旗と宮様をかつぎ出すことによって私闘でなくしたのは西郷であった。しかし、西南戦争ではもはや西郷には錦の御旗はなかった。
 没落する士族と結局彼は運命を共にしたのである。享年51才。座右の銘が「敬天愛人」として知られている。人を愛する?それはあるいは彼の贖罪をねがう気持ちのあらわれだったかもしれない。
 西南戦争でインフレが生じ、そのせいで板垣退助らが自由民権運動の資金を捻出することができた。やがて武力によらない反政府運動がひろがってゆくのだが、それはまた別の話である。
(この稿終わる)

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