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「とんび」

 昨年11月に「論争 若者論」(文春文庫)を読んだ感想を記事にしたが、その際小説家・重松清の論考にはいたく感じ入ったので、少しばかり引用させてもらった。これだけしっかりした考えを持った人物が小説家というのなら、一度は彼の書いた小説を読んでみたいと思い、書店で選んだのが「とんび」(角川書店)という本だった。なにせ一度も読んだことのない小説家なので、どの本を読んだらいいのかまるで分からず、たまたま書店の棚に並べられていたこの本を手にとってみた。「涙が止まらない!感動の父親物語」と帯に書かれていたのを見て、「お涙ちょうだいの小説は苦手だな・・」と思いはしたが、他にこの小説家の作品が見当たらなかったので、とりあえず読んでみることにした。
 すぐに読み始めたが、確かに読んでいると泣けてくる。こうやって書けば読者が泣いてしまう、そんなことを作者が十分承知した上で書いているような気さえしてくる。それも何だかあざといように思えて、「面白くないなあ」と半分くらい読んだところで、しばらく読むのをやめてしまった。
 『幼い頃に親と死別したヤスさん28歳のときに、長男アキラが生まれる。最愛の妻・美佐子さんとの三人家族で幸せな日々を送り始めた矢先に、美佐子さんが不幸な事故で他界してしまう。その後は男手一つ、アキラの幸せだけを願いながら、悪戦苦闘するヤスさん・・・。』
 などとまとめてみれば、そこから広がる物語のスジはだいたい予想できてしまうが、まったくその予想通りに話が進んでいくものだから、逆にそれが面白いと言えば言えるかもしれない。家族の物語の王道を突き進むかのように、どこかで見たり聞いたりしたことがあるように話が展開していく。照れ性で、時には思ってもいないことを思わず言ってしまうような一本気な性格のヤスさんを始めとして、主要な登場人物は適材適所にステレオタイプな人々が配置され、読む者を決して裏切ることのない、安心して涙を流せるような物語となっている。私は今までTV番組でこうしたありきたりのストーリーは何度も見たことがあるが、小説では読んだことはない。と言うよりも、何の刺激も受けないような小説は、決して手に取らないし、たとえ読み始めても途中で読むのをやめてしまっていた。それがどういうわけか、年が明けて中断していたところから読み始め、結局最後まで読んでしまったのだから、この「とんび」という小説は、口では言えないような味わいを持っているのかもしれない。それは何だろう?
 私の娘はもうすぐ23歳になる。と言うことは私が父親と呼ばれるようになって23年経つことになる。生まれたくて生まれてきた訳ではないこの人生だが、父親にはなりたくてなったわけだから、やはりそこには自ずと責任が発生する。意図して父親になった以上、意図せずに子供になってしまった者たちを幸せにする責任がある。そんなことを漠然と心に秘めながら、父親としてできる限りのことはしてきたつもりだ。だが、その思いを恩着せがましく子供たちに語ったことはないし、子どもたちに分かってもらいたいとも思っていない。ただ日々の生活を自分なりに一生懸命暮らして子供たちに不自由はさせないようにしたいと思っていただけのことであり、私の自己満足に過ぎないかもしれないが、そんな私の思い(と呼べるほど確固たるものでもないが・・)と通じるものをヤスさんの中に見つけ出すことができたのが、最後まで読み通すことができた理由かもしれない。
 そして、やはり最後まで読んでよかったなと今は思っている。ヤスさんが、親になったアキラに語る次のような言葉を物語の最終部で読めたからだ。
 
 「親が子どもにしてやらんといけんことは、たった一つしかありゃあせんのよ」
 「・・なに?」
 「子どもに寂しい思いをさせるな」
 海になれ。
 遠い昔、海雲和尚に言われたのだ。
 子どもの悲しさを呑み込み、子どもの寂しさを呑み込む、海になれ。
 なれたかどうかは分からない。それでも、その言葉を忘れたことはない。
 
 そんな懐の深い親にはまだなれていない。たぶんこの先もなれないだろうが、なれたらいいなと思う・・。
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コメント
 
 
 
「君の友だち」 (ゴジ健)
2009-01-26 19:58:37
娘の書棚に1冊だけ見つけました。河合塾の模試にも使われていたそうですよ。


 
 
 
ゴジ健さん (塾長)
2009-01-27 01:01:17
映画化もされてるんですね。
ちっとも知りませんでした。

http://www.cinemacafe.net/official/kimi-tomo/

と言うよりも、つい最近までこの作家について知らなかったんですから、恥ずかしい話です。



 
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