見もの・読みもの日記

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いくつかの疑問/孫正義のデジタル教育が日本を救う(中村東吾)

2010-11-23 21:21:27 | 読んだもの(書籍)
○中村東吾『孫正義のデジタル教育が日本を救う』(角川SSC新書) 角川書店 2010.11

 このところ電子書籍のことを考えていたので、先々週末くらいに書店で本書を見て、「デジタル教育/電子教科書」というキーワードに引かれて読んだ。毀誉褒貶の多い孫正義という経営者が気になっていたこともある。

 「はじめに」を開いて、「デジタル教科書教材協議会」なる団体があり、孫正義氏がその発起人に名を連ねていることをはじめて知った。そういえば、2009年11月に行われた最初の事業仕分けで、デジタル教材の話題って出ていなかったっけ。当時の資料を探したら(→サイト)対象事業に文科省の「学校ICT活用推進事業」というのがある。でも議事録(11/11、第3会場)を読んだら、ほとんど電子黒板の話しかしていない。私の記憶違いかな、と思ったら、「英語教育改革総合プラン」という事業もいっしょに議論されていて、これは全国のモデル校に「英語ノート」という教材を配るというものだが、蓮舫議員に「デジタル化したらどうでしょう」と突っ込まれ、文部科学省の担当者は答えに窮している。私は身近に小さい子どもがいないので、いまの学校をよく知らないのだが、ああ、デジタル教材の初中等教育現場への浸透は、まだまだこんなものか、と複雑な感慨を覚えた。

 ところが、その翌月(2009年12月)、総務省の原口一博大臣は、ICTの活用による持続的な社会の実現を目指す「ICT維新ビジョン」を発表している。あらー全然知らなかった。普天間基地問題で鳩山政権が早くも行き詰まりを見せていた裏で、こんなビジョンが公表されていたのか。その中には「2015年までに電子教科書を小中学校の全生徒に配備する」という提言がある(→PDFファイル:スライド14枚目)。その後、上記の「デジタル教科書教材協議会」が2010年7月に発足し、田原総一朗氏がデジタル教育批判の書を刊行するなど、この問題は、少し世間の関心を引いているようだ。

 本書は、ジャーナリスト・中村東吾氏の著書ということになっているが、要するに、孫正義氏の主張を、ほぼ口伝えになぞっただけの本である。こういう本が世に出るのは、やっぱりソフトバンクが出版資金を提供しているのかな、と憶測するが、是非を問うべきは、主張の中味だろう。私は、初中等教育にデジタル教材をどんどん取り入れていくことに賛成である。だが、本書を読んでいると、ところどころ、え?と首をかしげたくなるところがある。

 たとえば、現在のリアルorアナログ授業は、わかる生徒に手をあげさせる「正解主義」だから、わからない生徒を置いていってしまうけれど、電子教科書なら生徒全員が書き込んだ答えを一斉に電子ボードに表示させ、一体感をもって授業を進めることができるという。しかし、そもそも発言をためらう生徒は、みんなに見られるボードにも答えを書かないような気がする…。また、理解に時間のかかる生徒でも、電子教科書なら、根気よく、わかるまで教えてくれるというけど、単に「同じ質問/問題を反復練習できる」というのと「わかるまで教えてくれる」って、イコールなんだろうか?

 電子教科書のコンテンツにNHKアーカイブスを活用するというのは、いい提案だ。孫氏は、著作権の問題をわざと無視して発言しているのかなと思うけど。それと、ドキュメンタリーやニュースはともかく、『龍馬伝』みたいな歴史(?)ドラマまで”教材”にするというのは、リップサービスと思っておきたい。私も学習マンガや歴史マンガを読んで育った世代なので、エンターテイメント教材の影響力が絶大なことはよく分かるけれど、教科書の役割は別でなければいけないと思う。トンデモ歴史を真実と誤る日本人をつくるのは、まずいのじゃないか。

 それから、裏サイトによるいじめ問題について、電子教科書デバイスでアクセスできる教育クラウドはクローズドの世界とすれば、「友だちや先生、親や地域の人とはいつでもコミュニケーションを取ることができますが、縁のない人との交流はできません」という発言にも、あれ?と思った。別のところでは、電子教科書はインターネットに接続し、世界中の知識に触れる機会を提供する、みたいなことを書いているのに。可能性と危険性は表裏一体なので、結局、どこかで線を引かなければならなくなるのだろう。

 ともかくデジタル化の趨勢はとまらないだろう。われわれ大人は、ゆっくりついていけばいいのだけど、次世代のために、将来を見通した教育プランを立て、実行しなければならない学校現場は大変だなあとしみじみ思った。

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