見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

甲冑の下の褌(ふんどし)

2007-08-17 23:51:38 | なごみ写真帖
東京国立博物館の特集陳列「博物館のおもちゃ箱」で「甲冑着用備双六(かっちゅうちゃくようそなえすごろく)」というのを見つけた。江戸時代の双六である。褌(ふんどし)→襯衣(したぎ)→衣帯(おび)…という順序で装束をととのえ、最後は大鎧の大将ができあがるというもの。



最初のふんどしが、あまりにも意外。(首に結ぶんか!?)

苦労して写真に撮ってきたら、東博のホームページでPDFファイルが公開されていた。「家庭でプリントアウトして遊んでみよう!」って、う~ん。風林火山ファンなら、やってみるかも。
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あれもこれも/アジアへの憧憬(大倉集古館)

2007-08-15 21:45:26 | 行ったもの(美術館・見仏)
○大倉集古館 『大倉コレクション-アジアへの憧憬』

http://www.hotelokura.co.jp/tokyo/shukokan/asia.html

 会場に掲げられた説明によれば、大倉喜八郎が東洋古美術の蒐集を始めたのは、明治32年(1899)義和団事件の混乱から欧米に流出しようとしていた中国の文物を「船ごと買い取った」のがきっかけだという。豪快~!! さすが成金一代。いや、私、このひと大好きなのだ。大倉コレクションには、オツにすました三井や住友のコレクションと違って「えっこんなものも?!」という驚きがある。

 この展示会でも、いきなり『祭事図』なんていう庶民的な掛け物があって、面白かった。四合院を舞台に、祭祀のために集まった一族を描いたものらしい。「清・19世紀」とあったが、男性の衣冠は純・漢人風である。紀元前の青銅器があるかと思えば、南宋の青磁(龍泉窯)があり、明の観音菩薩遊戯坐像(木像)がある。民間信仰に基づく神像群(城隍神、北斗神君、天后聖母など)も、正統派の古物愛好家なら絶対に手を染めない、異色のコレクションだろう。夾紵大鑑(きょうちょたいかん)という、麻布を漆で固めた盥(たらい)(戦国時代)にも、呆気に取られた。

 2階に上がると、漢籍が並んでいる。これがすごい。興味のない人にはツマラナイ古本だろうが、私は心が躍った。宋版(1149年→鎌倉以前だ!)から、珍しい明の銅活字本まで、よくぞ取り揃えてくれたと思う。ひとつ不満なことは、大倉集古館って「展示品リスト」を作ってくれないのだ。会場にもないし、サイトにも完全版がない。覚えのために、ここに簡単なメモを掲げておくことにする(間違いがあるかも知れないが、ご容赦)。

(1)徐公文集 宋(1149)刊
(2)道園遺稿 元(1354)刊
(3)纂図互註六子 元刊 
(4)水東日記 明刊→中国と周辺海域の地図あり。
(5)八種画譜 明版刊→図版あり。
(6)書経提要 明鈔本
(7)容斎随筆 明銅活字
(8)春秋経解 清刊(武英殿袖珍版)
(9)韓集挙正 南宋(1189)刊
(10)大唐三蔵取経詩話 南宋刊→「高山寺」印あり。小型で、折本に仕立てられている。
 ※その場で判読できなかった木箱の裏書は三浦梧楼の筆である由。
(11)礼書 元刊(南宋刊本の翻刻)
(12)史記 明刊(覆南宋刊本)→「乾隆御覧之宝」印ほか、蔵書印多数。

 続く平台ケースには『清明上河図巻』。実は、北京故宮博物院蔵の名品の後を受けて、同じ趣向の画巻がたくさん制作されたのだそうだ。本品は明代の有名画家・仇英の作という(ほんとかな?)。カラフルで、庶民的な趣きがあって楽しい。上半身裸の武芸者たちもいる。橋の上には多数の物売り。折り畳み式の帆を掲げた、いわゆるジャンク(船)がたくさん描かれていたが、”原本”もそうだったろうか。よく思い出せない(→参考)。

 いたましく思ったのは、大倉集古館には、三彩、仏頭など、関東大震災で焼け焦げたままの文物がかなりあることだ。曹操の銅雀台の遺構から出土したと伝わる獅子の石像(常設展示)も火中で破損したが、幸いに修復されたという。思わず、監視員の目を盗んで、丸みを帯びた首筋を「よかったね」と撫でてやりたくなった。博物館に収まることで、戦火や災害を逃れるものもあれば、逆のケースもあるのだなあ、と思った。

 中国ものが多いが、朝鮮の仏画、タイの銀器などもあり。ベッドでくつろぐミャンマーの寝仏は、フィギュアみたいで珍しかった。最後に、昭和52年刊行の『大倉文化財団所蔵宋元明版本展解説目録』を買って帰った。勉強のため。

■参考:琴詩書画巣(中国絵画史ノート):張択端《清明上河図卷》
http://www.linkclub.or.jp/~qingxia/cpaint/china10.html#qingming
大きさ(24.8×528cm)をクリックすると全体画像が見られる。
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癒しとやすらぎ/花鳥礼讃(泉屋博古館分館)

2007-08-14 20:15:09 | 行ったもの(美術館・見仏)
○泉屋博古館分館 平成19年夏季展『花鳥礼讃-日本・中国のかたちと心』

http://www.sen-oku.or.jp/tokyo/index.html

 最初の展示室をひとまわりしたあと、隅のソファに腰を下ろした。ほどよい広さの展示室の全景が見渡せる。目に入るものは、全て花鳥画である。いいな~。このまま、ここで眠ってしまいたい。そして、花鳥画に取り囲まれて再び目を開けることができたら、どんなに幸せか、と空想する。

 むかしは花鳥画なんて馬鹿にしていたのに。いまは、これほど心癒されるものはないと思う。描かれているのは、鶴に梅、タヌキにウサギ、牡丹に孔雀などに過ぎないが、ある種の精神的なメッセージがあって、それが見るものをなごませるのだと思う。日本文化の良き伝統というべきか。いや、展示品の半分ほどは中国人の作であり、日本人の作品も、中国人画家の影響を強く受けている。だから、花鳥画とは、東アジアの文人たちが共同で作り上げた楽園のコードというべきかも知れない。

 冒頭に掲げられているのは、沈南蘋(しんなんぴん)の『雪中遊兎図』。大きな絵である。白い雪を戴き、絡まりあって立つ紅白梅の樹。根元に群れ集う野ウサギたち。少し黄ばんだ紙に、枯れ草のオレンジ色、千両の赤い実、そして野ウサギの茶色い毛並み(耳の内側はピンク)など、抑えた色彩が映える。ダイナミックで愛らしくて、とても気持ちのいい絵だ。ふと隅を見たら「乾隆丁巳小春写宋人筆 南蘋沈詮」とある。これって、宋代の絵を模写したという意味だろうか? そういえば、台湾の故宮博物院にも、有名なウサギの絵があったなあ、と思い出す。

 椿椿山の『玉堂富貴・遊蝶・藻魚図』3幅対は、私のお気に入りである。また会うことができて嬉しかった。中央の大きな画面には、吊るされた花籠。牡丹、白木蓮、海棠そして藤の切り花が投げ込まれている。左は飛びまわる胡蝶、右は水中の小魚たち。この両幅が添えられることで、中央の花籠が、あらぬ虚空に吊るされているような幻想味を感じさせるのだ。切り花であるのもよい。富貴花の名にふさわしい、重たげな牡丹の花は、あまりに豪奢・艶美であるだけに、却って、はかないうつろいの影が差している。

 ふと見ると、画中に以下のようにある。「玉堂春富貴庚子新夏仿北宋人之意於琢華堂中 椿山外史弼」。「弼(たすく)」は椿山の名、「琢華堂」は別号だそうだ(→Wikipedia、詳しいなあ~どんなマニアが書いているのか)。これも「北宋人之意」を真似たというのは、椿山の前に、どんなお手本があったのだろうか。気になる。

 第2室に移って、呉春の『蔬菜図巻』を見つけた。実は、今回の展示品のほとんどは、2006年に京都の泉屋博古館本館で行われた『近世の花鳥画』展で見ているのだが、これも大好きな作品である。「季節を追って」京野菜を並べたものだという。若冲の『野菜涅槃図』とどちらが先だろう? 里芋の描き方とか、妙に似ている気がする。若冲が『野菜涅槃図』なら、こっちは京野菜の百鬼夜行図なんじゃないか、とも思った。
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仏像の道・博物画など(東京国立博物館)

2007-08-13 08:32:18 | 行ったもの(美術館・見仏)

○東京国立博物館 特集陳列・常設展示など

特別展『京都五山 禅の文化』のあとは、特集陳列いくつかを見てまわった。

http://www.tnm.jp/

■本館特別5室 特集陳列『仏像の道-インドから日本へ』

 ちょっと前から、盛んにポスターやチラシが撒かれていたので、いったい何が始まるんだろうと思っていた。特別5室というのは、本館1階の大階段の裏側である。ダ・ヴィンチの『受胎告知』を公開していたところだ(私は行かなかったけれど)。今回は特集陳列なので、常設展料金で観覧できる。

 暗い(壁も床も黒っぽい。要するに今どきの博物館っぽい)ホールに入っていくと、見慣れたガンダーラ仏が待っていた。東洋館1階のギャラリーで、長年見慣れた仏像である。その奥の、中国ふうの大きな仏頭も、どこかの石窟の一部であったろう仏龕(ぶつがん)も、やはり東洋館に並んでいたものと思われた。なんだ~。そのほか、「法隆寺献納宝物」の金銅仏は、たぶん法隆寺宝物館から。薬師寺の「聖観音菩薩立像」(模造)は、奈良博で展示されていたものではないかしら。

 というわけで、特に新しいコレクションを呼び込んだわけではなく、あるものを再構成してみましたという企画らしい。まあ、しかし、最近とみに入場者が増えた東博にあって、東洋館は比較的閑散としていた。(日本の)仏像に対する関心は高いので、場所を移すことで、中国やインドの仏像が、新たなファンを獲得するなら、それはそれでいいことかもしれない。

 それでは、東洋館の1階はどうなっているんだろう?と思って、あとで訪ねてみた。それなりにちゃんと後釜が埋っていて、特に寂しくなった印象はなかった。中国の仏像では、天龍山石窟の「菩薩半跏像」が出ていた。これって以前から常設されていたかしら? ギリシャ彫刻みたいに秀麗な肉体を持つ首なしトルソー。名品である。

■本館16室 特集陳列『博物図譜-ものの真の姿を探る-』

 私の好きな「歴史資料」のコーナーは博物図譜を特集していた。夏休みの小中学生でも説明不要で楽しめる企画だが、”通”は編者や絵師に注目。関根雲停(せきねうんてい)の絵は、一度見たら、ちょっと忘れられない。博物画を超えている! 関連サイトがあったので、リンクを貼っておこう。そうかー洋画家の高橋由一も、田中芳男のもとで博物画を描いていた時期があったんだな。そう思うと、金刀比羅宮の高橋由一館で見た『』とか『鱈梅花』とか、「わけ分からん」作品にも博物画の記憶が宿っているのだろうか。

 あと明治34年、木村蒹葭堂(けんかどう)の百年忌に出版された『蒹葭堂誌』という冊子があって、挿絵の祭壇に蒹葭堂の肖像画が掛かっている。それを見たとき、おお、これは亜欧堂田善の!と私はすぐに思い出した。実際には、ちょっと私の記憶違いで、府中市美術館の『亜欧堂田善の時代』に出品されていた、谷文晁筆の肖像画であったが(→Wikipediaに図版あり)、これも一度見たら忘れられない作品である。この場合、「大愚に似た」蒹葭堂の風貌が、というべきかもしれないが。

 なお、「書画の展開」のコーナーに、さりげなく絵師の書状が特集されていて嬉しかった。探幽、応挙、抱一、椿椿山まで。「屏風と襖絵」に出ている伝俵屋宗達筆『関屋図屏風』もおすすめ。

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男の世界/禅の文化(東京国立博物館)

2007-08-12 00:40:12 | 行ったもの(美術館・見仏)
○東京国立博物館 足利義満六百年御忌記念『京都五山 禅の文化』展

http://www.tnm.go.jp/

 京都五山とは、鎌倉五山に倣って足利将軍家が定めた禅宗(臨済宗)の寺格制度。南禅寺を別格として、天龍寺、相国寺、建仁寺、東福寺、万寿寺と続く。おや、最後の万寿寺だけ行ったことがないぞ、と思ったら、現在は東福寺の塔頭のひとつだが、拝観はできないそうだ。

 展覧会場の第一印象は、「う~んシブい」に尽きる。同じ”仏教もの”でも、天平彫刻とか密教美術とか浄土教美術には、たおやかな華がある。それに比べると、私が禅宗に抱いているイメージは「男の世界」である。女性的なもの・母性的なものが、巧妙に排除されていると感じるのだ。羅漢図とか禅僧の肖像って、個性的といえば聞こえがいいが、伸ばした爪とか長すぎる眉毛とか、どうしてあんなに身体的な醜怪さを強調するのかなあ。やっぱり、古代的な調和に満ちた美しいものを信じ切れなくなった時代の要請なのかしら。

 絵画に比べると、肖像彫刻は、さほど醜怪さが強調されていなくてよい。ひたすらモデルの内面に食い入ろうとする迫真力に気圧されるばかりだ。龍吟庵蔵の「無関普門坐像」(13世紀、京都禅宗寺院では最古の肖像彫刻)は、世界的にもハイレベルな肖像彫刻なのではないか。

 禅僧の書は面白い。死の直前に書き残す「遺偈(ゆいげ)」というのが興味深かった。書いてある内容は分からなくても、字体が自ずとその人の最期のありさまを物語る。春屋妙葩(しゅんおくみょうは)の遺偈なんて、もうよれよれであるが、散らばった字体が微笑ましい。清拙正澄(せいせつしょうしょう)の遺偈は、闊達で、まだ力がある。

 第一会場の後半に、伝牧谿筆『龍虎図』2幅があるが、これには笑った。上唇のめくれた三白眼の龍といい、口をへの字に結んだ虎といい、やたらに人相(?)が悪いのだ。それから留学僧によってもたらされた『宋拓輿地図』(中国とその周辺地図)には、時間を忘れて見入ってしまった。西に「陽関」「沙州」、南に「身毒」「滇国」、北に「東京」(金国である)、そして「東海」上には「日本」「毛人」など、興味深い地名がびっしり書かれている。

 第二会場は伝周文筆『竹斎読書図』と雪舟の『破墨山水図』、2点の国宝に迎えられて始まる。雪舟、やっぱりいいなあ~。後半に進むと、珍しい雪舟の仏画も見られる。伝周文筆『山水図屏風』は素晴らしくよくて、さすが収蔵元の大和文華館の見識の高さを感ずる。愚谿右慧(ぐけいうけい)筆『釈迦三尊図』は、かなりヘンな絵だった。中尊の釈迦は、おとなしくうずくまった(!)龍の上に座っている。作者は初めて聞いた名前だが、覚えておきたいと思う。名作の多い書画に比べると、仏像はいまいち。見るべきは「地蔵菩薩坐像」(山口・東隆寺)くらいか。

 会場の最後に「卓袱(テーブルかけ)(草花鳥獣文刺繍)」がある。横目に見て通り過ぎていく人も多かったが、ぜひ足を止めてほしい。一見地味だが、よく見ると、楽しい鳥獣文が刺繍で表されている。鹿も象も、花木に隠れたウサギも小鳥も、みんな楽しそうだ(私のお気に入りは黒ヤギ)。これぞパラダイス。ふと若冲の「鳥獣花木図屏風」は、こんな作品をもとに構想されたのではないか、と思った。あれっ、ストイックな男の世界だったはずなのに...
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西の草双紙/チャップ・ブックの世界(小林章夫)

2007-08-11 09:15:44 | 読んだもの(書籍)
○小林章夫『チャップ・ブックの世界:近代イギリス庶民と廉価本』(講談社学術文庫) 講談社 2007.7

 チャップ・ブックという言葉を知ったのは、2005年暮れのうらわ美術館の展覧会『挿絵本のたのしみ』だったかしら。2006年の『アラビアンナイト大博覧会』でも目にしたように記憶している。

 チャップブック(Chapbook、英語では1語なのだから「・」は要らないように思う)というのは、16~19世紀にチャップマンと呼ばれる行商人が売り歩いた廉価本である。古いものは今日の新書版サイズ、18世紀末~19世紀にはさらに小型化して今日の文庫本サイズとなった。厚さは16~24ページが標準。50ページを超えるものはほとんどない。基本は紙表紙本で、へりも整えず(アンカット)、綴じ糸もない(パンフレット形式)のものも多く見られた。内容は、手軽に読める笑い話、ハウツーもの、占い、宗教的な教訓譚、エキゾチックな旅行記、犯罪実録、名作ダイジェストなど。

 調べてみたら、英語版Wikipediaには項目が立っているが、日本語版にはない。日本人にはなじみのない言葉なのだろう。しかし、私は本書を読みながら、たびたび脳裡に思い浮かべていたのは、ほとんど実物を見たことのないチャップブックそのものではなくて、江戸の草双紙であった。似てると思うんだけどな~。草双紙の基本定義は「絵を中心に仮名で筋書きが書き込まれた物語」である。

 チャップブックも、庶民の購買意欲を誘うため、木版画が多く使われたことが、特徴のひとつとなっている。大半は無名画家による素朴で稚拙な挿絵だが(それなりに味わい深い)、のちに『イギリス鳥類誌』を手がけたビューイック(Thomas Bewick)なども登場する。

 児童文学の培地となったという点もよく似ている。初期の草双紙(赤本)が「桃太郎」「舌切り雀」「さるかに合戦」などの昔話を主な題材としていると同様、チャップブックの中で最も人気が高かったのは、「シンデレラ」「ロビン・フッド」「巨人殺しのジャック」(←これは本書で初めて知った。イギリスでは非常に人気のある説話。イギリスにおける”巨人”のイメージがよく分かって面白い!)それに「アラビアンナイト」などの民話伝説類であり、今日の児童文学との親近性が高い。

 もし、明確に子どもを読者として想定した作品を「児童文学」と呼ぶとすれば、その登場は18世紀中頃を待たなければならない。しかし、本書もいうように、教養のない人々でも読めるよう、やさしく書かれたチャップブックは「子供が読むことが可能なもの」でもあった。それゆえ、チャップブックは「児童文学が生まれるきっかけ」を担ったのでる。事情は草双紙でも同様と言える。

 19世紀に入ると、徐々に成熟を遂げる近代小説が読者を獲得し、チャップブックの素朴な世界は飽きられるようになった。産業革命の影響によって、印刷コストが下がり、中産階級や庶民が小説を買いやすくするために「小説の分冊刊行がますます盛んに行われた」という。私は本書を読みながら、これって合巻なんじゃない?と、またまた草双紙の用語を思い出していた。

 最終章「エピローグ」に語られているところによれば、18世紀に興盛を誇ったチャップブックのうち、今日残っているものは、総出版量の2%と推算されているらしい。残り98%は失われてしまった。廉価本の宿命で、そもそも装丁が保存向きに出来ていないし、紙の貴重であった時代、読み終われば、メモ代わりにされたり、便所の落とし紙に使われたりしたらしい。

 最後は便所の落とし紙か――と苦笑した。でも、私は、革背金箔押しみたいな豪華本よりも、こういう庶民の身近にあった出版物のほうに限りなく惹かれるのである。
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あやしい常識/戦国時代の大誤解(鈴木眞哉)

2007-08-09 23:44:03 | 読んだもの(書籍)
○鈴木眞哉『戦国時代の大誤解』(PHP新書) PHP研究所 2007.3

 近所の本屋に行ったら、本書が壁いっぱいにディスプレイされていた。オビに「ホンモノの武田信玄さんはだれだ!?」とあるくらいだから、大河ドラマ『風林火山』人気(というほど視聴率は伸びていないのだが)にあやかろうという商法である。そこに、まんまとハマって、買ってしまった。

 テレビドラマ、とりわけNHKの大河ドラマにおける戦国時代・戦国武将の描かれ方に難癖をつけながら、歴史を考えようという趣向である。と言っても、所詮ドラマはドラマと割り切っているので、著者は本気で腹を立てているわけではない。ただ、あまりにもつくりごとを鵜呑みにしがちな視聴者に、注意を喚起するというスタンスである。

 面白かったのは、後代(近世以降)における「フィクション」の作られ方と広まり方である。たとえば、信長の旧臣・太田牛一の『信長公記』が正確な記述につとめているのに対して、小瀬甫庵の通俗版『信長記』(江戸初期)は話を面白くするための虚構がふんだんに取り入れられている。そして、明治時代に陸軍参謀本部が作った『日本戦史』は後者を採用し、学者や軍人がもっともらしい解釈を加えた結果、こちらが定着してしまったのだという。

 「種子島に初伝したわけではない(?)鉄砲」というのは、昨年、歴博の『歴史のなかの鉄炮伝来』で異説を知って、びっくりしたものだ。関連するが「びっしり並んで鉄砲を撃つことなどできたのか?」というのも興味深い指摘である。「武士たちの食事は質より量」「刀は片手で扱うもの」「甲冑着けて遠路の行軍(はしない)」なんていうのも、考えてみると理が通っていて、なるほどなあ、と思った。
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東南アジア陶磁器の魅力ほか(茨城県陶芸美術館)

2007-08-08 23:42:19 | 行ったもの(美術館・見仏)
○茨城県陶芸美術館 夏の企画展『アジアの熱気-東南アジア陶磁器の魅力 町田市立博物館名品展』ほか

http://www.tougei.museum.ibk.ed.jp/

 ちょっと込み入った仕事があって、この数日、ブログの更新を怠っていたが、それを片付けに、今日は茨城県の笠間市に行ってきた。水戸線の車窓には、都会育ちの私には、夏休みの小旅行でしか見ることのできないような風景が、延々と続いていて、心なごんだ。

 そうだ、笠間市といえば、陶芸美術館があった、と思い出した。駅貼りのポスターを見たら、企画展は『町田市立博物館名品展』とのこと。町田市立博物館の東南アジア陶磁器コレクションは、これまでにも何度か見ているので、ちょっと新鮮味には欠けるが、せっかくの機会なので、行ってみることにした。

 今回の展示会は、「クメール」「タイ」「ベトナム」「ミャンマー」4つのセクションに分かれて、各地域の特産品を紹介している。かりんとうみたいな黒褐釉が特徴のクメールの陶磁器は最も素朴。平たくふくらんだ造型が特徴的である。ウサギや鳥の姿を模したものが可愛い。

 中国の影響の影響を強く受けたベトナムは、最も多様で洗練された陶磁器を生み出した。陝西省の耀州窯によく似た青磁があってびっくりしたが、中国南部(広西・広東・復建)では、耀州窯ふうのオリーブ・グリーンの青磁が多く作られており、ベトナムもその影響を受けたのだそうだ。しかし、同じ片彫り技法を用いてはいても、文様がのびやかで、ずいぶん感じが違う。

 タイのカロン窯の鉄絵っていいなあ(→こんなの)。ちょっと磁州窯に通じるところがある。ミャンマーの白釉緑彩も面白いと思った。うーむ。陶磁器に本格的に興味を持ち出すと、国境を超えて、際限がないなあ。

 別の展示室では、平成18年度の新収蔵品と、日本の近現代陶芸作家の名品を見た。板谷波山って、日本の近代陶芸として初めて重要文化財の指定をうけた『葆光彩磁珍果文花瓶』くらいしか知らなくて、全てこういう柔らかな色調の作品なのかと誤解していたら、さまざまな実験をしていることが分かって面白かった。
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ディズニーの自己パロディ/魔法にかけられて(予告編)

2007-08-03 23:19:23 | 見たもの(Webサイト・TV)
○ディズニー映画『魔法にかけられて』(予告編)

 2007年秋にアメリカ公開、2008年3月に日本公開予定のディズニー映画である。近いうちに話題にしようと思っていたら、既に複数のサイトやブログが取り上げている。いずれも、私と同じく、7月19日の「めざましテレビ」を見た人たちらしい。

 画面に流れた予告編フィルムが、衝撃的に面白かったのだ。心やさしく可憐なお姫様ジゼル。彼女を慕う白馬の王子様。ふん、相変わらずの良心的お子様向けアニメ映画か、と思って、ぼんやり見ていたら、邪悪な魔女にたぶらかされたジゼルは、時空の壁を飛び越えて、現代のニューヨークに送られてしまう。フィルムは、ここから実写に。

 白いドレス姿のジゼルは、ブロードウェイのマンホールから困惑した表情で現れる。そして、彼女を追って、王子も、魔女も、もの言う動物も、ドラゴンまでもが、次々とリアル・ニューヨークへ。面白い~。わずか2分ほどの予告編だが、何回見ても飽きない(↓個人的には字幕のない英語版のほうがお奨め。英語が分からなくても笑える)。

 誰かが書いていたが、これはディズニーの「自己パロディ」である。アメリカ人にしては、なかなか気の利いた大人向けの作品を作るものだと思う。公開が待ち遠しい。アメリカまで見に行きたいくらい。

■日本語版(字幕付)
http://www.disney.co.jp/movies/mahokake/index.html

■英語版”Enchanted”Official Website ※重たすぎるときは「YouTube」にも動画有。
http://disney.go.com/disneypictures/enchanted/
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苦悩の愛と性/清兵衛と瓢箪・網走まで(志賀直哉)

2007-08-01 23:35:02 | 読んだもの(書籍)
○志賀直哉『清兵衛と瓢箪・網走まで』(新潮文庫) 新潮社 1968.9

 懐かしいな。志賀直哉なんて読むのは、いつ以来だろう。本書は、著者の最も初期の作品を集めた短編集である。子供の頃に好きだった『菜の花と小娘』、逆に子供の頃にはよく分からなかった『清兵衛と瓢箪』、中学の国語の教科書に載っていた『正義派』などが収められている。 

 先だって、長山靖生氏の『大帝没後』を読んだら、大正青年の典型例として、志賀の小説が取り上げられていた。たとえば『或る朝』では、祖父の三回忌の当日、なかなか寝床から起き出そうとしない主人公が、祖母に「不孝者」と叱られ、「年寄の云ひなり放題になるのが孝行なら、そんな孝行は真つ平だ」と言い返す。まるで反抗期の中学生のような言い草だが、実生活では、志賀が26歳のときのことだという。ええ~。呆れて、のけぞってしまった。なんだ、コイツ。

 そうかと思うと、13歳の夏、江の島に水泳に行った帰りに、母親にだけお土産を買った。弟か妹を懐妊した母親に「褒美をやる」つもりだったという。えええ~。これはこれで、なんなんだ、中学生の分際で、この過剰な自尊心は。2つのエピソードが、あまりにも衝撃的だったので、志賀の作品が読みたくなったのである。

 そうしたら、ほかの作品もブッ飛んでいた。志賀直哉=理想主義・人道主義を掲げた「白樺派」の代表、みたいなイメージの強いひとは、ぜひこの初期短編集を読んでみるといいと思う。『児を盗む話』は、題名どおりの幼女誘拐譚だし。『濁った頭』は、姦淫の罪に慄いていた基督教徒の青年が、年上の出戻り女に誘惑され、荒んだ恋愛関係に堕ちていく話。

 むかし、私は志賀直哉をひととおり読んだと思うのだが、絶対に、これらの毒に満ちた面白さって、分からなかっただろうと思う。『老人』もいいな。50代で最初の妻を失い、60代で後妻を失った男が、70歳を過ぎて、若い妾を囲う。女が情夫と浮気を重ねていると知りながら、黙ってそれを見逃す老人の心中を、筆は淡々と描いていく。「老い」の陰惨さと、陰惨さを受け入れるマゾヒスティックな歓びが感じられて、すごく面白い。小説って、年齢を重ねると、読めるようになってくるものなんだな。

 『老人』にしても『濁った頭』にしても、主人公の悩みの根底にあるのは、理性や意志の力ではどうにもならない愛欲(性欲)である。虚構のまさる『范の犯罪』でも、田舎娘の淡い恋心を描いた『襖』も、要するに主題は同じだ。しかし、平成のいま、若者も中高年も、愛や性にこんな大仰な意味づけはしないんじゃないかと思う。大抵のことは非難されないし。世の中、もっと面白いこともたくさんあるし(ゲームとか金もうけとか)。明治や大正の文学が、われわれに分からなくなっているのは、愛と性に関わる苦悩の激減が、いちばん大きい理由なのではないか、と思った。
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