見もの・読みもの日記

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年金は保険である/シルバー民主主義(八代尚宏)

2016-06-13 23:28:26 | 読んだもの(書籍)
○八代尚宏『シルバー民主主義:高齢者優遇をどう克服するか』(中公新書) 中央公論新社 2016.5

 私は団塊世代のすぐ下の世代に当たるので、あまり多数派のうまみを味わうことなく生きてきた。そうしたら、最近、若者の声が政治に反映されにくいことに対して、「50代以上のシルバー世代は」と書いてある文章に遭遇し、え、もう私も(団塊世代と一緒に)多数派の「高齢者」に数えられているのかと思って愕然とした。それでは「シルバー民主主義」とはいかなるものかを知ろうと思い、本書を読んでみた。

 日本は急激な少子化と長寿化によって、高齢者の人口比率が増えている。そのうえ、高齢者の投票率は、他の年齢層より「はるかに」高いことから、高齢者の利益に合致した政策が追求されやすくなる。この状態をシルバー民主主義と呼ぶ。高齢者の寿命が伸びるのはよいことだが、年金や医療・介護費用の増大は、膨大な国の借金を生んでいる。かつて社会の少数者であった高齢者を保護してきた社会制度を改める必要があるのだが、高齢者の政治的プレゼンスが高いため、なかなか改革が進まない。

 確かに1970~80年代の高度経済成長期には、勤労世代の所得水準が急速に高まる一方で、高齢者の生活水準は低かった。しかし、90年代以降、若年層の収入は伸び悩み、60歳以上の高齢者層は「もっとも所得格差が大きな年齢層」になっているという。ああ、これは実感に合う。豊かな高齢者もいれば、貧しい高齢者もいるのだ。しかし、高齢者世帯では「所得と資産保有額が必ずしも対応していない」という指摘も重要だ。見かけの所得水準が低くても、豊かな家計資産を徐々に引き出して、若年層より相対的に余裕のある生活をしている高齢者はいくらでもいる。だから、「豊かな高齢者が貧しい高齢者を支える再分配」が理想と言っても、実効的な制度設計をするのは、なかなか難しそうだと思う。

 シルバー民主主義の最大の問題は社会保障、その中でも年金制度である。日本の年金制度は、もともと現役時代に積み立てた年金保険料を自らの老後の生活費とする「積立方式」だった。ところが、いつの間にか、勤労世代の保険料で高齢者を扶養する「賦課方式」に変わってしまった。この移行は、高齢者への給付を、過去の支払額に見合わない額に増加させるという政治的な要請の下で「なし崩し的に」行われた、と著者は批判的である。

 本書を読んで、私が深く得心したのは、公的年金は憲法に基づき政府が保障する「福祉」ではなく、政府が運営する「保険」であるということ。「保険」は過去に当該人が支払った保険料との収支均衡を前提としている。そうあるべきなのである。私が勤労者になってから定年退職するまで、30年間あまりの支払額では、たぶん10年の給付を満たすのがせいぜいだろう。実は、日本以外の多くの先進国では、男性で平均10年程度の受給期間だという。日本は、現在の65歳支給開始の場合、男性では15年以上、女性では20年以上の受給に及ぶ。これは無理。やっぱり、70歳受給に引き上げるべきだなあ。

 そして、貧困の危機にさらされた高齢者には、きちんと「福祉」(生活保護)を発動すること。現行の生活保護制度は、1946年に制定されて以来、大きな改革がなされていないため、社会の変化に対応できていないということもよく分かった。これを、就労可能な世代には自立支援の仕組みとして、高齢者には利用しやすい最低生活保障として整備していくべき、という著者の提言に賛成する。というわけで、私は自分の定年退職後を、少なくとも10年は自助努力で生き、10年は自己積立した年金で生き、さらに長生きするようなら、福祉にたよることを基本プランにしようと決めた。そんなに上手くいくかどうかは分からないけど。

 今の社会保障のレベルを維持するには、税制改革が必須である。高齢者でも豊かな人々には応分の税負担を求めなければならない。しかし、とにかく消費税は嫌われるという話。国の財政状況がこのまま悪化すると、国債の流通価格が下落し、大量の国債を保有している民間金融機関などは巨額の評価損をこうむるという話。まるで最近の政治の動きを予見したような記述に触れて、冷や汗が流れる気持ちだった。負担の先送りを続けて、この国、ほんとどうなるんだろう。

 著者は、先送りのリスクを政治家がきちんと説明すれば、日本の高齢者だって、理性的な判断をするはずと考えている。まあそうだろう。しかし、あまりにも「無駄」に見える支出が多すぎる状態では、政治家の説明が根拠薄弱に聞こえてしまうのも事実だ。もっと節約につとめれば、現状の負担でもなんとかなるんじゃないの?というように。やっぱり、若者がシルバー民主主義を強行突破してくれないと、この国は変われないのかもしれない。
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