見もの・読みもの日記

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愛の物語/京劇・白蛇伝2016(中国国家京劇院)

2016-06-06 19:07:29 | 行ったもの2(講演・公演)
東京芸術劇場 中国国家京劇院日本公演『京劇 白蛇伝2016』(2016年6月5日)

 久しぶりに京劇を見に行った。2012年に日経ホールで『孫悟空大鬧天宮』を見て以来。東京芸術劇場の京劇公演は2010年以来である。今年は「白蛇伝」がかかると知って、名作だけど、恋愛物は苦手(立ち回りが多いほうが好き)なので、どうしようかな~と大分悩んだ。結局、行ってみたら、感動してしまった。

 峨眉山で千年の修行を積んだ白蛇の白素貞は美しい娘の姿となり、侍女の小青とともに杭州西湖にやってきた。突然の雨に見舞われ、傘を貸してくれた青年・許仙と恋に落ち、夫婦として暮らすようになる。そこに金山寺の僧・法海が現れ、許仙に白素貞が妖怪であることを告げ、正体を暴いてみよとそそのかす。許仙は、端午の節句(妖怪にとっては厄日。なるほど)に祝いの酒である雄黄酒を、身重の妻に無理強いする。その結果、正体をあらわにした白素貞(舞台上では見せない)を見て、ショック死してしまう許仙。白素貞は、夫の命を救うため、蓬莱の仙山へ霊芝仙草を取りにいく。番人の鶴童・鹿童に阻まれるが、白素貞の真心に感じ入った南極仙翁から、霊芝を授けられる。ここまで第1幕。

 第2幕。助かった許仙がひとり長江を眺めている。法海が現れ、許仙に強く出家を勧める。断り切れず、後に従う許仙(ほんとダメ男!)。場面かわって金山寺。白素貞と小青は、長江の水族たちを率いて金山寺に攻め寄せる。法海は天の護法神たち(伽藍神、金甲神)を呼び寄せ、激しい戦闘が繰り広げられる。外の騒ぎを聞いて、ようやく妻の愛情を確信した許仙は、小僧の助けを借りて金山寺を脱出する。場面は物語冒頭と同じ西湖の断橋。許仙は白素貞と小青に再会する。怒りの収まらない小青。それをなだめて、白素貞は許仙の謝罪を受入れ、再び愛を誓う。

 いや面白かった。私は「白蛇伝」の梗概は知っていたけど、「安珍清姫」「蛇性の淫」みたいな古い異類婚姻譚のイメージを持っていたので、愛のために戦う女性・白素貞の強さとカッコよさにしびれた。冒頭は、気になる青年と言葉も交わせない嫋々としたお嬢様で登場するのだが、夫の命の危機、夫婦仲を引き裂かれるに至って、決然と戦闘モードに入る。法海和尚に「けだもの(孽畜)」とののしられ、「人間世界は妖怪を受け入れられぬ」と責められても、「夫婦を引き裂く者こそ妖怪(害人魔障)では?」と反論し、「大いなる仏の力を笠に着て、どうして夫婦を引き裂こうとするのか」と怒りと嘆きの歌をうたい、身重の体を気遣いながら、激しい立ち回りを見せる。

 プログラムの解説によると、この舞台のベースとなっている脚本は1955年初演で、「新中国の推進する戯曲改革に沿って、従来の白蛇物語にあった恐怖的なイメージや封建的要素をいっさい排除し、テーマは自由な恋愛の追求だった」とある。新中国の戯曲改革がどのくらい成功したのかはよく知らないが、このみずみずしい作品が生み出されたことは喜びたい。これもプログラムの、加藤徹さんの解説には、古い白蛇伝では白蛇は悪役だったが、「18世紀ごろから白蛇は正義の心をもつヒロインとして描かれるようになりました」とある。へえ、わりと古いんだな。「そう、私は人間ではない。でも、あなたを愛しています」と開き直り、異類婚姻譚の不文律を堂々と破ってしまう、っていいなあ。とってもいい。逆に、もともと正義の役だった法海和尚が悪役にされてしまったというのも面白い。異類ヒロイン(最近の言葉では人外)の「正しさ」と「健気さ」という点では、ちょっと「葦屋道満大内鑑」の葛の葉を思い出したが、あれも最後は、理不尽をこらえて身を引いてしまう。異類婚姻譚の「演変」を日本と中国で比べてみると面白そうだ。

 白素貞役の女優の付佳(フージア)さんは、背が高くてプロポーションがよくて舞台映えした。手の演技が繊細で、美しかった。最後に、再会した許仙に向かって「憎らしいあなた(冤家)」と呼びかけながら、愛情と怒りと哀しみと、万感の思いを込めて歌う長い「アリア」はドラマチックで、大好きな「椿姫」を思い出した。京劇は「聞くもの」と感じたのは、初めてかもしれない。

 侍女の小青も武芸の腕が立ち、おねえさま一途でかわいい。加藤徹さんの解説によれば、古い脚本にさかのぼると、小青は体は女の子だが心は男、という隠し設定があるのだそうだ(一部の地方劇には残る)。面白い~。余談だが『西遊妖猿伝』で、悪魔的な美少女・一升金が操る蛇蠱の「小青」は、もちろんこの話に由来するのだろうな。颯爽とした女性たちに比べ、男たちの何とも見劣りするのが可笑しい。中国人的には、幸せな愛のかたちは、これでいいんだろうか。

 物語の舞台である杭州の西湖には、ずいぶん前に一度だけ行った。鎮江の金山寺も行ったし、峨眉山も行ったなあ、と思いながら舞台を見ると感慨深い。あと金甲神の武器が、巨大なマラカスみたいなかたち(一対)なのが、ドラマ「隋唐演義」で李元覇の使っていた「擂鼓甕金錘」に似ているとか、立ち回りでのくるくる回りながらの連続ジャンプがフィギュアスケートの技みたいだとか、長江の水族(貝、海老、サカナ)の衣装が日本の絵巻や錦絵に描かれた姿によく似ているとか、個人的なツボはたくさんあった。

 早く次の機会を探して、また京劇を見に、いや聞きに行きたい。
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