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見もの・読みもの日記

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汝の手に堪(たふ)ることは/天上大風(堀田善衛)

2010-05-22 23:57:58 | 読んだもの(書籍)
○堀田善衛著、紅野謙介編『天上大風:同時代評セレクション1986-1998』(ちくま学芸文庫) 筑摩書房 2009.12

 今さらながら、堀田善衛さんは何者なんだろう。私の世代は「インドで考えたこと」が教科書や入試問題の定番のひとつだった。けれども私の場合、堀田さんに出会ったと言えるのは、大学時代に読んだ『ゴヤ』全4巻だったと思う。それから20年くらい経って、『定家明月記私抄』と『上海にて』を読んだのは、どちらが先だったか。以上が私の堀田善衛体験の全てである。数は少ない。しかし、どの本も、のちのちまで影響の残る、深い衝撃を与えられている。

 本書は、1986年から1998年(亡くなられた年だ)まで雑誌『ちくま』に連載された同時代評150篇(単行本『天上大風』として刊行)から71篇を選り抜いたもの。スペインと日本を往還する特異な生活者の視点から、激動の20世紀末が語られている。ベルリンの壁の崩壊。ルーマニア革命。スイス銀行の戦後処理問題。時には、歴史をさかのぼり、第二次世界大戦中のプラド美術館の大疎開や、はるか古代ローマ人の生活に思いを馳せる。扱っている主題は重いのに、いずれの文章も、朝の空気のように澄明で美しい。読んでいるうちに背筋が伸びるような気持ちになる。

 本書には「筑摩書房五十周年記念パーティでの祝辞補遺」(1991年)という文章が収められており、著者は、筑摩書房の独創性を「端的に言って、学問と文芸をつないだところにあった」と述べている。なるほど。著者が例に挙げている桑原武夫、吉川幸次郎、渡辺一夫という名前には、とても納得がいく。そして、著者の立ち位置も、まさに「学問と文芸をつないだところ」という表現がぴったりくるように思う。しかし、いま、こうした「筑摩書房的」文化人の系譜を継ぐ(文芸の範疇に入る文章の書ける)学者って思い当たらないなあ。学問とジャーナリズムの間に立つ学者ばかりで。

 また、本書には、ところどころに印象深い詩文が引用されている。三好達治の『起て 仏蘭西!』(ツーロン港でフランス艦隊が自爆自沈した直後に書かれた)や、失われた武田泰淳の長詩の第一行「かつて東方に国ありき」など。中でも印象深かったのは、初めて知った旧約聖書「伝道の書」。ほんとに聖書(キリスト教)なの?と驚くような内容である。「伝道者言く、空の空、空の空なる哉、都(すべ)て空なり」という、爆裂する砲弾のような宣言で始まり(著者の表現)、矛盾に満ちた現実であればこそ、絶望に打ちひしがれず、許された此の世の喜びを楽しみ尽くし、「凡て汝の手に堪(たふ)ることは力をつくしてこれを為せ」と説く。ベートーヴェンの第五交響曲から、第九の合唱に至るようだ、という比喩に納得。堀田さんの文章が持つみずみずしさの秘密も、この「伝道の書」の精神に通じるのではないかと思う。

Wikisource:傳道之書(文語訳)
全文あり。ただし、ちょっと読みにくい。
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