見もの・読みもの日記

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美食と政治/中国料理の迷宮(勝見洋一)

2009-07-26 00:25:40 | 読んだもの(書籍)
○勝見洋一『中国料理の迷宮』(朝日文庫) 朝日新聞出版 2009.7

 いやあ、面白かった。著者の名前は初めて見る。どこかで噂を聞いたわけでもない。ちょうど読むものが切れているから、と軽い気持ちで買ってみた。そうしたら、大当たり。こういう「出会い」があるから、リアル書店を歩くのは楽しい。本書は、料理を通して中国の歴史を語ったもの。話題は、いくつもの王朝をまたぎ、皇帝たちの中国と、著者が体験した現代を自由自在に行き戻りする。

 宋の時代には、まだ中国料理に炒め物はなかったそうだ。元の時代、モンゴルをはじめとする北方のエスニック料理が北京に入り込み、運河の開通により、南方からさまざまな産物が運ばれてきた。明代には、中国人全員が箸を使って食事をするようになった。清代、北京の料理は百花繚乱の様を呈する。家常菜は充実し、多様な料理店、茶館、小吃などが発達する(この章、空腹で読んでいるとお腹が鳴りそう)。しかし、女真族の清王朝は、海産物には神経質だった。康熙帝はフカヒレを食さず、グルメの乾隆帝(鳥と鴨が好きだった)は宴席には出しても自らは食さなかった。それを覆したのは西太后だという。

 というような古い話を、見てきたように語る話術も見事だが、やはり本書の眼目は、著者が実際に見聞した近現代史である。著者がはじめて中国を訪れたのは文化大革命の真っ最中だった。町の食堂には、共通する不味い味=文革味が流れ、高級料理店では、料理を作らない「天才的」少年料理人が指揮を取っていた。にもかかわらず、共産党要人に招待された食事会には、最高級のご馳走が並んでいた。著者は、全編、淡々とした態度で書き流しているが、頭がくらくらするようなエピソードだらけである。文革によって、いくつもの有名店が「革命的」に店名を変えさせられ、紅衛兵によって貴重な文化財を燃やされ、客は全く寄り付かなくなった。そんな中で、「この味の根を絶やすな」と料理人を励まし続けたのは周恩来だったという。

 文革が終わって、82年には外国人の一人歩きが許され、84年には個人経営の飲食店が許可される。次第に人々が明るい表情を取り戻していく北京の町を、つぶさに体験した記録も興味深い。著者が撮影した数枚の写真が掲載されているが、もっと見たい。私が最初に北京を訪ねたのも80年代前半だった。中国の過酷な近現代史など何も知らず、能天気な学生だったなあ…。実体験に基づく回想は、さらに天安門事件の夜、香港返還の日の北京に及ぶ。

 後になって、本書が2000年度のサントリー学芸賞(社会・風俗部門)を受賞していることを知った。なるほど、これはいいセレクションだ。同賞は、近年、研究者の受賞が続いていて、ちょっと「学術」に偏り過ぎているのではないかと思う。本書のような、趣味と人生と学術的態度が、絶妙に入り混じった著作こそ「学芸」の名にふさわしいのではないだろうか。

※サントリー学芸賞:勝見洋一『中国料理の迷宮』評/奥本大三郎
http://www.suntory.co.jp/sfnd/gakugei/sha_fu0044.html
コメント
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