見もの・読みもの日記

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歴史ロマン、完結/鹿鼎記8(金庸)

2009-07-05 23:02:23 | 読んだもの(書籍)
○金庸著;岡崎由美、小島瑞紀訳『鹿鼎記』8(徳間文庫) 徳間書店 2009.7

 長編歴史ロマンもこの1巻でついに完結。最後まで、あっと驚く急展開の連続、しかも行き当たりばったりではなく、きちんと伏線が回収されているのが見事だった。揚州の乱痴気騒ぎの一夜が、韋小宝にとって、こんなに都合のいい結果を生もうとは…。康熙帝が韋小宝の身近に放った間者の正体も納得。

 思わず、うるっと泣かされた箇所が2つあって、1つは、韋小宝を「若さま」と慕う小間使いの双児が、武林の奇人・呉六奇から貰った短銃で、間一髪、韋小宝の命を救うシーン。このとき、双児は、いつか双児が韋小宝の妻となれるよう、彼女に短銃を与え、義兄妹の契りまで結んでくれた呉六奇の好意に気づき、涙をこぼす。第6巻では、ただの茶番と思われたエピソードの真意が、ようやく読者にも明らかになる。

 もう1つは、通吃島で7人の妻と隠居生活を決め込んでいた韋小宝のもとに届けられた康熙帝の密旨。「べらぼうめ、全て赦してやるから、北京に戻って来い」というのである。いや、あり得ないけど、これには韋小宝ならずとも泣き笑いしてしまった。私は、清朝の皇帝では、乾隆帝がいちばん好きなのだが、この作品を読んで、フィクションだとは分かっていても、康熙帝に対する親しみが一気に増したように思う。

 韋小宝最後の活躍は、北の国境に官軍を率い、楠木正成みたいに智謀を尽くしてロシア軍を蹴散らし、巧みな弁舌でネルチンスク条約を結ぶ。これについて作者は「乾隆帝以降、清朝は外国と条約を結ぶたびに、国土を喪失してきた。康熙帝と韋小宝の国威を発揚した気風は、二度と後世には見られなくなったのだ」と記す。実は、韋小宝が一時期暮らした通吃島は、のちに釣魚台と改められ、どことなく尖閣諸島(中国名は釣魚台列島)を匂わせる設定となっている。さらに韋小宝は、台湾平定にも手を貸しているし、チベットのラマをだまくらかす話も出てきたし、今日の領土問題が、本作のあちこちに顔を出しているのは興味深い。

 私は、作者・金庸は、韋小宝と康熙帝の物語を、まだこのあとも書き継ぐつもりだったのではないかと思う。というのは、まだ回収されていない伏線があるような気がするからだ。けれども、これ以上、韋小宝に満漢の「板ばさみ」を続けさせるのがさすがに辛くなったのか、突如、韋小宝は「もうやーめた、何もかもやーめた!」と宣言し、雲南・大理城に隠棲してしまう。この決断の引き金となるのが、実在の大学者・顧炎武からの驚天動地の申し出というのが巧い。さらに康熙帝が、生涯たびたび揚州を訪れたのは、韋小宝を探すためだったというのも、よく出来たオチである。でも、雲南の大理くらい、康熙帝に探し当てられないはずがないと思うんだが。雲南って、そんなに僻遠の地だったのだろうか。

 さて、手に汗握った波乱万丈の物語は、「母ちゃん、おいらの親父はいったい誰なんだ?」と問いかける韋小宝と母親の呑気な会話で終わる。この呑気さは、井波律子氏が指摘した『三国志(演義)』の結末の能天気ぶりと、どこか似ているように思った。めでたし、めでたし。

『鹿鼎記』1~7までの感想。

※蛇足。北京に「通吃島」というバイキングレストランがあるらしい。(ぐるなび北京:日本語)
http://www.gudumami.cn/beijing/jp/cb30226/
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