goo blog サービス終了のお知らせ 

見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

研究史の森/謎解き伴大納言絵巻(黒田日出男)

2006-10-10 21:44:08 | 読んだもの(書籍)
○黒田日出男『謎解き伴大納言絵巻』 小学館 2002.7

 黒田先生の絵画資料論とは、『姿としぐさの中世史』(イメージ・リーディング叢書、平凡社 1986)の頃からのおつきあいである。昨年出された『吉備大臣入唐絵巻の謎』も非常に感銘深かった。

 しかし、私は本書をずっと読み逃していた。もちろん存在は知っていたし、結論もだいたい聞きかじっていた。いつかは読もうと思いながら、放置していたのは、たぶん私が「伴大納言絵巻」を、「吉備」や「信貴山」ほどには偏愛していないせいだと思う。

 この秋は、出光美術館で、久しぶりに「伴大納言」の全巻全場面展示が行われている。よしよし、この機会に読んでおこうと思っていたが、結局、絵巻を見に行くほうが先になってしまった。だが、会場で手に入れた、最新のカラー図版集『国宝 伴大納言絵巻』を片手に本書を読むことができたのは、かえってよかったかもしれない。

 本書は、「伴大納言絵巻」最大の謎とされる、応天門炎上場面の後に登場する、後ろ向きの貴人が誰であるかという問題について、失われた1紙の存在を想定し、著者の見解を述べたものである。論証過程は非常に面白いが、結論の是非はしばらく措こう。

 本書の冒頭には「伴大納言絵巻」の研究史がまとめて紹介されている。ここで感銘深いのは、1970~80年代、『新修日本絵巻物全集』『日本絵巻大成』などのカラー図版集が刊行されるとともに、絵巻研究が大きく変貌・進展したという指摘である。それまで絵巻研究は「モノクロの世界であった」と著者は言う。ええっ、そうなの!?

 私の絵巻愛好は、少なくとも図書館に行けば、カラー版の全集が見られる時代から出発した。さすがに自分でそれらを買い揃える決心はつかず、『コンパクト版 日本の絵巻』シリーズ(中央公論社 1993)で我慢していたが、日本史や日本美術の研究者なら、当然、本物をいつでも好きなだけ眺められるものと思っていた。しかし、研究者の置かれた状況も、一般読者とあまり変わらなかったようだ。60年代以前の研究者は、モノクロ写真だけをたよりに、精緻な推論や論考を重ねていたのだ。このことに、私はひどく驚かされた。

 カラー全集の出版を契機に、日本史や日本文学の研究者が絵巻研究に参加し始め、絵巻研究は百花斉放的な活況を呈することになる。これを見ると、資料を(あるいは、できるだけ原資料に近い複製を)必要とする人のもとに届ける努力というのは大事なんだなあ、と、しみじみ思う。

 「伴大納言」はファンの多い絵巻である。だから、本書よりもっと熱いラブコールを綴った書物はいくらもあるだろう。たぶん著者も、この絵巻に対する愛情は人後に落ちないのだと思うが、本書は、ナマな感情の表出を抑え、終始、真摯な学究的な態度で対象に臨んでいる。それでも「謎解き」を終えて、「さらに豊かな謎解き」を提唱する最終章では、この絵巻の尽きせぬ魅力を語りながら、次第に昂揚する著者の気分が行間にあふれているようで、微笑ましく感じた。

 著者は「あとがき」で、「研究史とは、一種の森林である」と語っている。巨木や老木は森林の中にこそある。草原にまばらに生えていると目立つ木も、森林の中ではただの若木であることが多い。そして、研究とは、問題解決に向けての樹木たちの共同作業である、という卓抜な比喩を、本書を通じて多くの人に味わってほしいと思う。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする