見もの・読みもの日記

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実は面白ネタ満載/大日本帝国の民主主義(坂野潤治)

2006-04-19 23:54:22 | 読んだもの(書籍)
○坂野潤治、田原総一朗『大日本帝国の民主主義:嘘ばかり教えられてきた!』 小学館 2006.4

 ちょっと胡散臭げなタイトルだが、とんでもない。私が坂野先生の著作を読んだのは、2004年と2005年の『昭和史の決定的瞬間』(ちくま新書)と『明治デモクラシー』(岩波新書)が最初である。面白くて、しかも読みやすかった。AだからBになり、BだからCになるという、因果関係の記述が、きわめて常識的で論理的(ヘンな偏見や思い込みがない)なので、すらすら頭に入ってくる。と同時に、日本史の「常識」を裏切られる点が多々あった。

 たとえば、日中戦争突入の直前でも、言論はかなり自由だったし、国民は議会に民意を反映する方策を持っていたこと。1936年(昭和11年)と1937(昭和12年) の衆議院選挙では、左派の社会大衆党が議席を増やしていること。国家主義者の首魁とされる北一輝が、実は民主主義者であったこと、など。

 私は、自分が日本史に詳しくないので、こんなふうに「え?」「あれ?」という場面が多いのだろう、と思っていた。しかし、本書を読むと、田原総一朗も、私と同じようなところで、「はじめて聞きました」「なるほど。おもしろい。これはわかりやすい」を繰り返している。なんだ、私だけじゃないのかーと微笑ましく思った。

 実際、本書には、膝を打ちたくなるような面白ネタ満載である。明治憲法を作るとき、井上毅は、バカな上司の伊藤博文をドイツに勉強に行かせたとか。土佐の板垣退助、植木枝盛は、はじめイギリス系だったが、福沢諭吉への対抗戦略からフランスモデルに乗り換えたとか。時代が下って、美濃部達吉は自分を体制派だと思っているから、堂々と天皇機関説を主張できた。一方、吉野作造は社会民主主義(デモクラシー)をやろうとしているから、権力に弱い。同様に北一輝も体制派でないから、世論か軍を味方につけようとする、など。

 福沢諭吉が二大政党制を強く唱えたのは、日本人にはできっこないと知りつつ、それが啓蒙家の仕事だと思っていたからではないか、という分析も面白い。やっぱり、福沢諭吉って、一筋縄ではいかない。それから、吉野作造も中江兆民も踏み込まなかった反天皇制を、ただひとり、23歳の北一輝(!)だけが唱えたというのも。

 昨今、右から左まで、あまりにもさまざまな論客がいて、どこに視点を定めて日本の近代史を読めばいいのか、分からなくなっている人に、ぜひ本書を勧めたい。著者の立場は、自己申告によれば「中道ちょっと左」である(右をたしなめ、左をたしなめ、両方から叩かれる)。

 著者の強みは、何と言っても、一次資料をとことん読み込んでいることだろう。「つい最近も、木戸孝允や大久保利通の伝記を全部読んでいる」そうで、「すごいなあ」と驚く田原氏に、「僕は史料の中で過去の政治家や政治に携わった人にインタビューをしているのと同じ」だとおっしゃっている。まもなく70歳を迎えようとして、やらないと思っていた幕末を本気で勉強し始めたという。次作を楽しみに待ちたいと思う。

 最後になるが、坂野潤治氏による本書の「あとがき」は、「仕事人間」田原総一朗の面影を、ユーモアでつつんで的確に描き出しており、人物紹介のお手本のような名文である。こういう人間観察力と理解力がなければ、史料の中で過去の政治家をつかまえることなどできないだろう、と思った。
コメント (1)
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