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道内のリベラル象徴 泊原発容認、現実路線も 横路孝弘氏死去

2023-02-07 | アイヌ民族関連
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北海道新聞2023年2月6日 23:09(2月7日 00:19更新)

道知事に初当選後、知事の椅子に座る横路孝弘氏=1983年4月
 道内政界のリベラル派の象徴だった元道知事の横路孝弘元衆院議長が死去した。「社会党のプリンス」と呼ばれ、道知事時代は宗谷管内幌延町への高レベル放射性廃棄物(核のごみ)貯蔵・研究施設計画への反対など革新道政を推進。国政では旧民主党結成に奔走し、政権交代を支えた。護憲や平和の大切さを訴え続けた政治人生でもあった。
 市民が主役の政治―。横路氏が鳩山由紀夫元首相らと結党した旧民主党の理念は、目指す政治の姿でもあった。同じ弁護士で盟友の上田文雄前札幌市長は「立場の弱い人に利益が分配されず、自己責任として放っておく社会は絶対におかしい、という姿勢で常に働いていた。人間を大事にしていた」と語る。
 頭角を現したのは、社会党の若手衆院議員としてだった。ロッキード事件では後に首相となる故中曽根康弘衆院議員の証人喚問で質問に立ち、中曽根氏に「横路の質問が一番嫌だった」と言わしめた。沖縄返還を巡る米軍用地復元費用を日本が肩代わりする密約文書のコピーを公開し、提供した記者らが逮捕されて物議を醸すこともあった。
 1983年には道知事選に転じて初当選し、24年ぶりの革新道政を実現。知事選を支えたのが上田氏ら有志による「勝手連」だった。立憲民主党の菅直人元首相は6日のツイッターで「83年の道知事選で私は東京勝手連を名乗り応援に駆けつけた」と懐かしんだ。
 知事就任の翌年には、幌延への核のごみ施設整備計画が浮上すると日本に安全基準がないとして反対。アイヌ民族の新法制定への自身の諮問機関設置などでリベラル色を示した。
・・・・・
(木村直人、金子俊介)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/798148
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