武将ジャパン2024/05/15
漫画やアニメに続き実写版も大人気の『ゴールデンカムイ』。
その中で屈指の人気キャラクターが谷垣源次郎でしょう。
当初は第七師団の鶴見中尉に洗脳されていたものの、そこから脱却して杉元たちに味方するようになると、最終的にはアイヌのインカㇻマッと結ばれた幸運な男。
秋田の阿仁マタギとしての誇りを胸に、劇中で活躍する谷垣とは一体どんな人物なのか。
作品や、その背景にあった史実をもとに彼のキャラクターを考察してみましょう。
スケベ過ぎるのは、山の女神への供物故なのか?
『ゴールデンカムイ』作中随一のセクシーキャラクターといえば、谷垣源次郎が挙げられるでしょう。
カラーページでしばしばたくましい肉体を披露し、コミックスの加筆では体毛を増量。
なぜ、谷垣はセクシー扱いをされるのか?
真面目に考えてみると、彼がマタギということも関係しているかもしれません。
過激な『ゴールデンカムイ』本編ですら出せなかった、と野田先生がファンブックで語る、そんな儀礼がマタギには伝わっています。
山には醜い女神がいるとされました。
この女神は嫉妬深いため、他の女は嫌う。ゆえに女のマタギはかつてはいないとされました。山の中で妻のことを感じさせる振る舞いも禁止であったとか。
そしてそんな寂しい女神を慰めるため、若いマタギはセクハラじみた儀式をさせられる。
ネタでもなく、実際に裸に剥かれたりしたとされます。
この信仰でいくと、セクシーな谷垣は山の女神のお気に入りとなり、様々な加護があってもおかしくないということになります。
熊も鹿も仕留める山の猟師マタギ~驚くべきサバイバル技術と叡智とは
それともミラーリングなのか?
次に【ミラーリング】という意味合いです。
公式グッズとして「スケベ過ぎるマタギペン」なるグッズまで限定作成されました。
傾けると谷垣が褌一丁になるというシロモノ。デンマーク製で、正式名称は「フローティングペン」と言います。
このペンは、かつて土産物の定番でした。
一見何でもないペンなのに、傾けるとセクシーな水着美女が出てきてムフフと微笑んでしまう――そんな往年のセクハラ感覚がそこにはあります。
間違って若い女子社員が手にして「キャッ!」なんて言えばかわいいし、おばさん社員が眉を顰めてもニヤニヤできる。
居酒屋にビキニ美女がビールジョッキを持ったポスターが貼られ、オフィスにすら半裸美女カレンダーを飾ることができた。
昭和レトロな時代のお約束ですね。
もしもこのフローティングペンが、女性キャラクターであればただの悪趣味で終わります。
しかし、マッチョな谷垣であることで、別の意味が出てきます。
このペンだけでなく、谷垣のセクシー描写には笑いが含まれています。思わずニヤニヤするような馬鹿馬鹿しさがある。
セクシーに振る舞う谷垣よりも、谷垣に群がって「いいよ、いいよぉ!」「もうちょっと脚開いてみようか!」などと言う側が下劣でしょうもなく思えてきませんか。
劇中でバストサイズが124センチと公開されているのも、谷垣のみ。
そもそも胸囲って大事?
そう突っ込んだところで、女性キャラクターの胸のカップサイズやスリーサイズ表記はなんなんだろうとふと思ってしまいません ?体のサイズって大事ですか。
『ゴールデンカムイ』の場合、谷垣の胸囲以外は大雑把で、ファンブックでも他の人物とのおおよその比較で表されています。
実はこれは【ミラーリング】という技法ではないかと思えてきます。
2018年フランス映画『軽い男じゃないのよ』がわかりやすい一例です。
男女が逆転した世界で、男性がしょうもない差別に遭う様をみせ、性差別のくだらなさを可視化する技法です。
『ゴールデンカムイ』は谷垣だけにとどまらず、セクシュアルな見せ方は全体的に【ミラーリング】を思わせるところはあります。
男性がやたらと脱ぐ一方、女性は蝮のお銀くらいしか裸体が出てきません。女性が出てくるとなると、性的な描写も抑制的です。
これが実は谷垣という人物を考えるうえで、重要な点に思えます。
谷垣はセクシーだ! 今さら言うまでもない!
そして、これこそが彼の使命であると。
命を取らず、使い方を問い続ける谷垣
谷垣の戦闘力を推察すると、劇中随一の強さがあると推察できます。
彼は体重が重い。
攻撃の威力は腕力と体重が重要ですから、一撃では屈指の威力があると思えます。
しかし「キルレシオ」(殺傷率)は最低クラスです。
谷垣より体重は軽いけれども、首から上や人体の正中線上を高確率で当てていく鯉登。
狙撃手である尾形。
このあたりと比べると、谷垣は“殺す動きをしない男”といえます。
鯉登音之進って一体何なんだ?ゴールデンカムイ人気キャラ深掘り考察
これはそもそもの発端からして明らかでした。
阿仁マタギの村に生まれた谷垣は、名前の示す通り次男であり、それが一転したのは、妹のフミの死によるものでした。
フミは谷垣の親友である青山賢吉に嫁ぎました。その賢吉により殺され、賢吉が失踪したのです。
復讐に燃える谷垣は、家族の制止をも振り切り、賢吉が入ったという北海道の第七師団に入ります。
そして日露戦争の戦場で、谷垣はついに賢吉を見つけます。賢吉は敵のダイナマイトに覆い被さり、爆破から味方を守ったのでした。
賢吉の最期の言葉は、フミの死の真相でした。
疱瘡に感染したフミは、それが広がらぬよう、夫である賢吉に「殺してくれ」と頼んでいたのです。
フミは死ぬ前、病気に感染していなければ、その命の使い方を探すように賢吉に言い残していました。
賢吉は妻の言葉を胸にして、ダイナマイトに覆い被さることで、命を使い切ったのです。
死にゆく賢吉に、マタギの食べ物であるカネ餅を食べさせる谷垣。
クルミを入れるカネ餅は、同郷の友人に看取られての死であると悟り、命を終えるのでした。
妹であるフミ。
親友である賢吉。
命をどう使うべきか?と託された谷垣。
鶴見に洗脳されかけるものの、そこから解かれると、彼自身の命を使う旅へと出てゆきます。
鶴見の誘いを振り切るとき、谷垣はマタギであると断言します。
ゴールデンカムイ鶴見中尉を徹底考察!長岡の誇りと妻子への愛情と
動物の命を食べ、生きてきたマタギ。命の使い方を考え、生きてゆくマタギ。
兵士ではなくマタギとして生きると決めた谷垣は、劇中一優しい男として、金塊探しに挑みます。
彼は金塊ではなく、命とその使命を探す旅をしているのです。
彼の辿る道からは、死ではなく生命がこぼれてゆきます。セクシーな肉体は豊穣の象徴のように思えてくるのです。
劇中で結婚への過程が描かれる
谷垣は当初、第七師団の一員として登場しました。
杉元一行と対立するも、アイヌのコタンで毒矢の負傷を癒すうちに、別の目的を見つけます。
世話になったフチのために、アシㇼパを無事に連れ戻すこと。その過程で谷垣は天涯孤独であるインカㇻマッとチカパシに出会い、擬似家族のような集団で旅をすることになります。
はじめこそインカㇻマッを信じきれなかった谷垣ですが、二人は情けを通じます。
二人の愛の描写はかなり慎重に描かれています。
箇条書きにしてみましょう。
・二人はオチウ(性的な関係)に及ぶとはいえ、その場面でのインカㇻマッは背中しか見えない。蝮のお銀と比較すると、性的なニュアンスを抑制されている
・催淫作用のあるラッコ鍋を食べたせいだと理由づけがなされ、インカㇻマッ側が積極的である
・これによりインカㇻマッが妊娠することが、谷垣の運命を大きく変える
どのあたりが慎重か?
杉元とアシㇼパでも言えることなのですが、先住民と入植者の恋愛関係は搾取的になりがちです。
悪例としてあげられるのが『ポカホンタス』です。
この組み合わせは搾取のごまかしや美化ではないかと疑念を呈されることがある。入植者側が強引に迫る。あまりに先住民がご都合主義に描かれると、反発が生じます。
アイヌ女性と和人男性にまつわる悲恋話は、北海道各地に残されています。
大抵は女が男を待ち続けて命を落とすような悲恋ものです。
またそのパターンか。そのアイヌの女は和人男に惚れるというパターンはもう飽き飽きだとなりかねません。
そうしたご都合主義のステレオタイプから脱する工夫は重要でしょう。
インカㇻマッには狡猾さがあり、谷垣も当初は警戒心があります。それが一線を踏み越えることで関係性が深まってゆきます。
チカパシの仲介もあり、食べかけの食事の椀を介したアイヌ流の婚儀も行い、二人は晴れて結ばれる。
谷垣が本当にどうしようもない男だったら、それこそインカㇻマッを無視しかねません。
そうなるどころか、キロランケに彼女が刺されたことが樺太先遣隊参加の理由でもありますから、彼は誠実なのです。
運命に光をもたらす存在
谷垣は関わった者たちに死や破壊ではなく、新しい命や世界をもたらします。
インカㇻマッは、自らが死ぬ運命を占ってしまいました。
しかし、その運命を谷垣は変え、新たな命を与えます。
樺太の旅の最後に訪れるチカパシとの別れは、感動的な場面でした。ドタバタした映画撮影を背景にコメディタッチで描かれるものの、感動的な話です。
天然痘でコタンが全滅してしまったチカパシが、谷垣と樺太を旅することでエノノカと出会い、新たな家族を見つけたのです。
二瓶の愛犬であったリュウも、チカパシともども新天地を見つけました。
チカパシが谷垣を見て流した涙は、本物の感謝のあかしでしょう。彼はチカパシとエノノカ、そしてリュウに新たな人生を与えました。
谷垣とインカㇻマッの間に子ができていた。そう明かされる樺太からの帰還後は、またも谷垣が運命を明るい方向へと導きます。
インカㇻマッが囚われた病院へ向かいに行くと、インカㇻマッの側には家永がいました。
刺青人皮の一人であり、殺人ホテルで悪の限りを尽くしてきた家永。
彼はインカㇻマッの大きな腹を見て、生きる意味を思い出します。完璧な母となる彼女を守ることで、自分の使命を果たそうとするのです。
この悪人はインカㇻマッを守ることで善行を為したのでした。
病院の警護にあたっていた第七師団の一員は、月島でした。
月島は谷垣を第七師団を裏切った男だと憎んでいます。それのみならず、彼の暗い目には嫉妬も感じられます。
かつて、いご草ちゃんという愛した女性を諦めた月島。
彼からすれば、愛する女性との間に子を成した谷垣は憎い相手に思えても不思議ではありません。
谷垣を逃そうとする家永を射殺した月島は、谷垣とインカㇻマッを執拗に追い続けます。
ここでまた奇跡が起こるところが、谷垣のすごいところです。
谷垣を追いかける月島を、さらに鯉登が追跡してきました。そして月島を上官命令だとして止めるのです。
ここでインカㇻマッが破水し、谷垣、月島、鯉登は出産の手伝いをするうちに、だんだんと幸せな空気が満ちてきて争いは終わります。
生み出される命が生んだ奇跡といえますし、アイヌの伝統的出産を知らしめる重要な機会です。
この場面では出産を手伝う月島と鯉登は、別の赤ん坊を抱いていることが確認できます。
この赤ん坊は、二人が鶴見の命令により殺した稲妻強盗と、蝮のお銀の遺児であると推察できます。あのあと、鶴見は赤ん坊をフチのいるコタンに託していたのです。
月島は暗い目で「悪人の子は悪人になるだけだ」とつぶやいたものでした。殺人犯という噂のある父を持つ、月島の自虐とも言える言葉です。
谷垣とインカㇻマッの子をめぐり、月島と鯉登の運命まで明るい方向へ向かってゆきます。
鯉登はこの親子たちを殺すことは義に悖ると考え、月島を止めました。
ゴールデンカムイ月島基を徹底考察!鶴見の右腕は鶴見に何を求めていたのか
このことを契機に二人の運命は明るく陽のさす方へ向かってゆき、彼らなりの目的達成へ歩み始めると思えます。
谷垣の子が生まれた瞬間、別の明るい運命も生まれてゆくのです。
かれらの愛は、現実にも明るい光をもたらすかもしれない
長女を抱き、そのままどこかへと向かってゆく谷垣とインカㇻマッ。
物語は殺伐とした様相を深めてゆきます。
そんな殺し合いと騙し合いから谷垣は距離を置いています。
それが最終決戦の場に現れたのは、函館で偶然馬に乗る永倉新八を見つけたからでした。
フチのもとにアシㇼパを返すために、彼は救いの手を伸ばすのです。
ただし、そこから先の出番は決して多くなく、目立つこともありません。最終決戦だけに命を引き換えに目的を達成するもの、失敗するものが溢れてゆきます。
そのため、生命を司どる谷垣は役目を終えたようにも思えました。
すべての戦いが終わったあと、谷垣はインカㇻマッとともに故郷の阿仁へ戻ったと語られます。
そして15人の子の父となりました。長女以外は男であったと語られています。
谷垣とインカㇻマッ夫妻の子は、戦争と向き合います。当時の状況から察するに、彼らが全員天寿を全うしたとは考えにくい年代です。
『ゴールデンカムイ』という作品の性質上、語られていないこともあります。
谷垣とインカㇻマッはなぜ結ばれたのか?
二人とも魅力的であるし、ラッコ鍋やチカパシという二人を結ぶ縁もありました。
それだけでなく、かれらの境遇も重要です。
もしも谷垣が、次男でなかったら。故郷を捨てていなかったら。
継ぐ家があり、家族の介入により結婚するのであれば、結ばれなかった可能性はあるのです。
日本は人種差別がないと誤解されることがあります。
しかし、それはあくまでそう思いたいだけの願望に過ぎません。
アイヌが和人と結婚する際、周囲の反対が生じることはしばしばありました。
それがどれほど愚かしいことか、谷垣とインカㇻマッの見つめ合う瞳を見れば、漫画を通して伝わってくると思えます。
そんな無益なことはこの先あってはならないことです。
そのことを語る人の口を塞いでも何の解決にもなりません。
谷垣のように人の幸せを願い、邪魔しないことならば、読者である私たちにもできるはずです。
そうやって自分たちの命をどう使うか。皆が考えることで、世の中は少しづつよくなるはず。
谷垣のようにセクシーになることはできないけれども、誰かを救おうと手を伸ばし、人を笑顔にしようと心がけることはできるはず。
谷垣は作中の人物の運命を、ことごとく明るい方向に変える、豊穣の神様のようなニシパに思えます。それは小さな心がけ、命の使い方と向き合うことでできるはず。
谷垣はそういう真面目な役割を読み解けるほど善良な人物像です。
でも、それを真正面から持ち出すと照れ臭いから、あえてセクシーマタギにしているのかと思えてきます。
考えるだけで笑顔をもたらす――谷垣は肉体以外も豊かな男です。
実写版でも大谷亮平さんが豊かなパンプアップされた演技を見せてくれることでしょう。期待したいと思います。
https://bushoojapan.com/historybook/goldenkamuy/2024/05/15/181787#google_vignette