現代ビジネス11/13(日) 7:02
ニーズが広がるエコツーリズム


行動制限や入国制限の大幅な緩和で、国内外の旅行が活発化する中、世界のエコツーリズム市場は2021年に1,525億米ドルに達し、5年後には現在の倍以上にもなると予想されている(2022年11月1日「GII-NEWS.JP」より)。
人々の環境意識や、観光が地域に与えるダメージへの認識が高まり、エコツーリズムを望む旅行者は様々なタイプに広がったという。
今年8月、エコツーリズムの取材先としてオーストラリアを選んだ作家 山口由美さんは「エコツーリズムとは、その土地の自然や文化のありのままを旅人が共有し、その対価が地元の人たちの経済的利益として寄与し、結果として、地元の自然や文化が未来に継承されていく旅」と説明する。
旅とホテルをテーマにノンフィクション、小説、紀行、エッセイ、評論など幅広い分野で執筆する山口さんが、オーストラリアで初めてのエコツーリズムを実践する大型リゾートとして開発されたフレーザー島のキングフィッシャーベイ・リゾートの魅力を紹介する。
どこまでも続く海岸を空から眺める
島内観光バスに突然、乗り込んできたのは小型機のパイロットだった。
「遊覧飛行に参加する人はいますか。約15分で100AUDです」
日本円で1万円弱。迷わず手をあげた。
世界最大の砂の島、フレーザー島の景観は空から俯瞰しなければわからない。ラフティングやヘリスキーなどと同じ免責同意書にサインし、クレジットカードで支払いを済ませると、すぐに出発だ。
「準備はいいかい?」パイロットの問いかけに答える。
「OK」
プロペラが廻り始めた。滑走路はどこまでも続く砂浜、75マイル、およそ120kmのビーチ。あっという間に浮上すると、眼下に砂浜と熱帯雨林と湖がおりなす風景が広がった。
楽園と呼ばれる世界最大の砂の島
オーストラリア、クイーズランド州の南部、州都ブリスベンから車で北へ2時間ほどのところにあるフレーザー島は、先住民バッチュラ族の言葉で「ガリ」と呼ばれる。「楽園」という意味だ。1992年に世界自然遺産になった世界最大の砂の島である。
だが、荒涼とした砂丘だけの島ではない。砂の上に熱帯雨林が生い茂り、砂丘のくぼみに雨水がたまってできる「宙水湖」が点在する。砂と緑と水がおりなす独特の景観は、まさに美しい楽園だ。 フレーザー島の名称は、1830年に難破したイギリス船の船長の妻、エリザ・フレーザーに由来する。唯一の生存者で、先住民と生活した後に帰国している。
近年、オーストラリアでは、地名を先住民の名称に回帰させる動きがある。たとえば、「エアーズロック」も「ウルル」とあらためられた。フレーザー島も「ガリ」の名称が使われつつあり、2021年には世界遺産の登録名称を「ガリ」とする取り決めがなされた。
私が参加したのは、その名も「ビューティースポッツ・ツアー」という、フレーザー島の代表的な美しい景観を4WDのバスで巡る島内観光である。ツアーのハイライトが島の東側に延々と続く75マイルビーチの疾走。その途中で、遊覧飛行を体験した。
車で走れる砂浜は、日本にも石川県羽咋市の千里浜ドライブウェイがあるが、ここはスケールが違う。千里浜は約8km。世界最大の砂の島であるこちらは約120kmである。しかも途中に岩があったり、波打ち際まで車が走行したりと、かなりワイルドなため4WD専用になっている。
そもそもフレーザー島は、島内の主要道路も舗装されていない。島全体が砂でできているため75マイルビーチならずとも、内陸部を移動するのも砂の道を走ることになる。あえて便利にしないことで、自然を守り、理念を理解する人だけを誘致するのは、エコツーリズムの考え方の一つだ。
エコツーリズムとは何か
ツアーの主催はフレーザー島が世界遺産に登録された1992年に開業したキングフィッシャーベイ・リゾートだ。オーストラリアで初めてのエコツーリズムを実践する大型リゾートである。
エコツーリズムとは何なのか。
日本エコツーリズム協会は
「自然・歴史・文化など地域固有の資源を生かした観光」
「観光によってそれらの資源が損なわれることがないよう適切な保護、保全をはかる」
「地域資源の健全な存続により地域経済への波及効果が実現する」
の3項目をあげている。だが、本当のところ、明確な定義はない。
私なりに調べてみたところ、サステナブルツーリズムより以前、1980年代頃に生まれた概念で、自然の体験を重視するものである。エコツーリズムと比較すると、サステナブルツーリズムはより包括的な概念と言える。
持続可能性のコンセプト、例えば環境に配慮したホテルや、そうした食材を使うレストランを利用するなどの条件に合致していれば、大都市でもサステナブルツーリズムが成り立つのに対し、エコツーリズムは、独自の自然や文化のある土地がフィールドになる。
エコツーリズムの発祥は、野生動物の宝庫であるアフリカや熱帯雨林の多い中南米だ。
かつてアフリカでは野生動物の狩猟、中南米では熱帯雨林を破壊する林業や大規模農業が地元の経済を支えてきた。自然を守るためにそうしたことを止め、代わりに地元の経済的利益を確保するため生まれた観光のかたちがエコツーリズムである。
1980年代以前からそうした観光自体はあって、後から、エコツーリズムという言葉や概念が当てはめられるようになった。これらのエリアでは、今も観光業イコール、エコツーリズムである国が少なくない。
豊かな資源が生んだ悲劇
フレーザー島の歴史も中南米などの状況に似ている。イギリス人に「発見」された後、19世紀以降、建材に敵した材木が多かったことから、林業が盛んになった。さらに砂の中に希少鉱物が発見され鉱業も発展した。
その結果、美しい緑と砂の風景は破壊され、島を「楽園」と呼んだ先住民は入植者との軋轢を経て、居留地に閉じ込められ、持ち込まれた伝染病で多くの人が亡くなった。
こうした負の歴史に終止符を打ち、本来の美しい景観を取り戻すために注目したのがエコツーリズムだった。キングフィッシャーベイ・リゾートが開業する前年、島の林業は終了した。
1993年、屋久島が日本で最初の世界自然遺産となったが、ここもかつては林業の島だった。森を破壊する林業からエコツーリズムへ、それは1990年代の潮流でもあったのだ。
今回、私がフレーザー島を訪れたのは8月初旬。南半球では冬の季節にあたる。
常夏のクイーンズランド州だが、最南部にあるフレーザー島の朝晩は肌寒く、泳ぐには水が冷たい。
◇120キロ続く美しい砂浜の景観を、陸と空との両方から堪能した山口さんだが、水は冷たく、泳ぐことはできなかった。だが8月はフレーザー島の観光ハイシーズンだという。
常夏のクイーンズランド州にいながら泳げない季節がなぜ人気なのか。
山口さんが遭遇した感動の体験は、後編「クジラ遭遇率100%! 豪州・フレーザー島がエコツーリズムの先進地である理由」でお伝えする。山口 由美(旅行作家)
https://news.yahoo.co.jp/articles/fe71230fc0909ae6cd2a6dcb2de3c47bd55dbe8b?page=1