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先住民族関連ニュース

先住民族関連のニュース

着物と壁掛け、十勝の3人入賞 アイヌ工芸コンテスト

2014-10-04 | アイヌ民族関連
北海道新聞 (10/03 16:00)
 【帯広】財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構(札幌)主催の「アイヌ工芸作品コンテスト」で、帯広道新文化センター「アイヌ模様刺しゅう」の講師佐藤こずえさん(56)=帯広市=が最高賞の優秀賞に輝くなど、十勝管内から3人が入賞した。佐藤さんは「作品づくりを通じて、アイヌ文化の魅力を伝えていきたい」と意気込む。
 コンテストは8月に行われ、全国の66人から139点の応募があった。
 佐藤さんが優秀賞(3点)に選ばれるのは、10年ぶり2回目。木綿衣に直接、刺しゅうを施す「チヂリ」の手法を用い、すべて手縫いで着物を作った。
 アイヌ民族の着物は、襟や袖の仕立て方が通常の着物と異なる。初めて応募した10年前は当時の道新文化センター講師の指導を受けながら製作したが、今回は製図から仕立てまで独力で仕上げた。
 佐藤さんは「アイヌ模様には魔よけの願いが込められ、それぞれの家系で異なる。文化の奥深さや模様の美しさを、若い人にも知ってほしい」と話す。
 初めて2席に当たる入選(3点)となった帯広市の主婦相沢道子さん(66)、3席の奨励賞(10点)だった池田町の主婦松浦美恵子さん(67)はともに道新文化センターの受講生。2人とも「ルウンペ」という帯状の布を縫いつけて模様にする方法で、壁掛けの「タペストリー」を製作した。
 4年ほど前から作品を作り始めた相沢さんは「壁掛け以外もつくりたい」。昨年12月から講座に通う松浦さんは「初めての応募で入賞でき、うれしい」と喜んでいた。(後藤真)
(写真)アイヌ工芸作品コンテストで入賞した(左から)相沢道子さん、佐藤こずえさん、松浦美恵子さん アイヌ工芸作品コンテストで入賞した(左から)相沢道子さん、佐藤こずえさん、松浦美恵子さん
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/chiiki3/566571.html

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排外主義の悪循環を超えて テッサ・モーリス=スズキさん

2014-10-04 | アイヌ民族関連
asahi.com- [掲載]2014年09月30日
[文]編集委員・塩倉裕 
 日本や東北アジアの近現代史研究で知られる、オーストラリア国立大学のテッサ・モーリス=スズキ教授。今年邦訳が出た『日本を再発明する』では、個々人が国境という枠に閉じ込められずにつながり合う世界の可能性を、歴史の中に探った。今の日本と、日本を取り巻く状況をどう見ているのか。来日を機に聞いた。
 現在のような形の日本、その輪郭は、近代に「発明」されたものだ――。そう読者に語りかける『日本を再発明する』の英語版は、1998年に刊行された。邦訳が以文社から出版されたのは、16年後の今年2月のことだ。
 「古くなっているのではないかと読み直しましたが、当時よりむしろ今に合う本だと感じました」
 同書は、アイヌや沖縄を始めとする多様な存在を画一的に「中央」に組み入れる形で近代日本が形成された歴史や、それが「自然な存在」として意識されていく仕組みを分析した。国家を「再発明」することも不可能ではないはずだ、という考えが根底にある。個人とは本来、同一的な「文化集団」に収められる存在ではない、とも訴えた。
 ■3・11が境界に
 90年代の日本は「分岐点」にあると感じられたという。一方は、「開かれた日本」になって近隣国との結びつきが強まる道だ。他方は、「閉ざされた日本」へ内向し、近隣国との摩擦が増す道だった。
 「2011年の3・11までは両方の可能性があると思えた。でもその後は残念ながら、内向きでナショナリスティックな方向へ急速に傾いたように見えます」
 不況と格差の拡大が深刻化し、国際的には中国が台頭するという歴史的背景の中で、巨大な災害に見舞われた。「強い自国」を心理的な「よりどころ」にしたいという機運が高まっても不思議ではない、と見る。
 ■二分法への警戒
 内向化の時代はどのような危険を高めるのか。一つは排外主義だと言う。東北アジアでは既に「排外主義の悪循環」が目立ち始めた、とも指摘する。
 「たとえば、韓国側の立場を軽視した声が日本で噴き出すと、呼応して韓国内でも日本側を軽視した意見が強まり、それがまた日本の世論にはね返ってしまう……そんな悪循環です」
 歯止めをかけるためには、単純な二分法を使おうとする政治家たちを警戒することが必要だと語る。愛国者か、さもなくば敵国に通じる非国民か――そんな二分法だ。
 「韓国にも『親日派か愛国派か』という従来の二分法を超えようとする研究者や文化人が増えてきた。この動きと連携すべきです」
 ■愛するから批判
 自国の歴史の一部を批判することは「愛国心」と矛盾しない、とも話した。
 「国を愛するからこそ、より良い未来を作るために批判する。当たり前のことでしょう。実際、安倍晋三首相も『戦後日本の歴史の一部』を強く批判していますよね」
 1951年に英国で生まれた。豪州を拠点に、東北アジアの歴史を研究する。
 「福島でも、北朝鮮や中国の地方でも、中央政府の力が低下する中で、自らの手でコミュニティーを守る草の根の動きが見られます。横のつながりが生まれれば、そこから新しい政治の発想が見えてくるかもしれません」
 「共有されている社会問題も関係改善への手がかりです。たとえば、高い自殺率をどう下げるかという課題に日・中・韓で協力すれば、コミュニケーションの場を生み出せます」
この記事に関する関連書籍
日本を再発明する 時間、空間、ネーション
著者:テッサ・モーリス=スズキ、伊藤茂/ 出版社:以文社/ 価格:¥3,024/ 発売時期: 2014年02月
http://book.asahi.com/booknews/interview/2014100200008.html?iref=comtop_btm


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映画史を変えた世界興収歴代1位作、ジェームズ・キャメロン監督『アバター』

2014-10-04 | 先住民族関連
navicon [ナビコン]-[10月03日21時00分] 【映画】
土プレ4日放送あらすじと予告動画
2009年公開『アバター』は画期的な3D技術により今までにない新たな映像を見せ、世界興収歴代1位を記録した!4日(土)土曜プレミアムで放送!地球から遙か遠い彼方にある衛星パンドラで先住民ナヴィ族と人間との交流…最新の映像技術を駆使して作り上げたアドベンチャー大作!予告動画は『アバター』公式サイトで公開。
今でこそ3D&2D上映が普通になったが、『アバター』の公開はそれまでの“3D映画=飛び出す映像”の概念を覆すほどの衝撃的な映像だった。ジェームズ・キャメロン自らが開発した「フュージョン・カメラ・システム」は、1台のカメラに2台のハイ・ディフィニション・カメラを使用し、従来の3Dにはなかった“奥行き”感をリアルに表現することができるようになった。このシステムが開発された2006年当時は、画期的な技術の進歩として評価された。この他、さまざまな新しい技術を駆使して作られた『アバター』は、第82回アカデミー賞において9部門ノミネートされ、撮影賞、美術賞、視覚効果賞のオスカーを取った。ちなみにこの年のアカデミー賞で主要となる監督賞と作品賞を取ったのは、ジェームズ・キャメロンの元妻・キャスリン・ビグロー監督の『ハート・ロッカー』が受賞している。
『アバター』は世界的に大成功を収め、それまで歴代1位だった『タイタニック』(ジェームズ・キャメロン)の記録をあっさり破り、映画史上興収歴代1位26億4000万ドルを記録し、いまだなおこの記録は破られていない。
■豆知識:アバターとは
ネットのゲームやチャットなどのコミュニケーションツールとして使われる「アバター」とは、自分の分身(キャラ)のことを言う。ネット上の仮想空間で自分自身として動き、しゃべり、他の人たち(アバター)と交流したりする。映画『アバター』もまさに、自分の分身を意味している。
■あらすじ
戦争で負傷し下半身マヒになった兵士・ジェイク(サム・ワーシントン)は「アバター・プロジェクト」にスカウトされる。地球から遙か彼方にある衛星“パンドラ”で莫大な利益をもたらす希少な鉱物を採掘するための事業に参加する人員を集めていたのだ。しかし、“パンドラ”は人間にとって有害な環境なため、原住民ナヴィと人間のDNAを掛け合わせた「アバター」を造り、ジェイクはその「アバター」と意識をリンクさせ自らの体と同じように動く、遠隔操作によって新たな「身体」を手に入れた。
「アバター」を使ってのフィールドワークをしていたジェイクは、あるきっかけで仲間とはぐれてしまい、原住民ナヴィ族の王女ネイティリ(ゾーイ・サルダナ)に助けられる。ネイティリを介してナヴィ族と交流を深めていったジェイクは、“パンドラ”の神秘的な素晴らしさに惹かれていく。しかし、人間とナヴィとの争いがはじまり、ジェイクはある決断を迫られる…。
『アバター』の大成功で続編制作が発表された。当初、2014年、2015年に公開とされていたが、2016年末以降の公開へと延期された。主演のサム・ワーシントンは続編2作の出演契約を済ませている、と報じられた。
『アバター』(2009)
監督・脚本:ジェームズ・キャメロン
音楽:ジェームズ・ホーナー
出演:サム・ワーシントン、ゾーイ・サルダナ、シガニー・ウィーヴァーほか
10月4日(土)フジテレビ土曜プレミアム『アバター』、いつもより放送時間枠が長く夜9時00分から11時55分まで。予告動画は映画『アバター』オフィシャルサイトにて視聴できる。
『アバター』3D DVD&Blu-Rayは20世紀フォックス ホームエンターテインメントより発売中。
http://navicon.jp/news/25838/


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ベニチオ・デル・トロ、生涯功労賞を受賞 - 第62回サンセバスチャン国際映画祭

2014-10-04 | 先住民族関連
シネマトゥデイ-2014年10月3日 20時20分
 映画『トラフィック』(2000)で米アカデミー賞助演男優賞を受賞したプエルトリコ出身の俳優ベニチオ・デル・トロが、スペインで開催された第62回サンセバスチャン国際映画祭で生涯功労賞にあたるドノスティア賞を受賞した。本年度のドノスティア賞受賞者は、デンゼル・ワシントンに続いて2人目となる。
 受賞セレモニーでプレゼンターを務めたのは、デル・トロ主演『チェ 28歳の革命』『チェ 39歳 別れの手紙』の共演者でキューバ出身のホルヘ・ペルゴリア。ペルゴリアは「彼はスクリーンからはみ出してくるようなワイルドな俳優です。彼の反逆的で大衆にこびない芝居はわたしたちを魅了し、映画史の一つを彩ってきました」とデル・トロを紹介した。
 拍手で迎えられたデル・トロは、まずは観客に向かって深々と一礼。続いて「わたしは生まれ故郷で遊び、初めて映画と出会い、愛すること、笑い合うこと、自分と他者を尊重することを学びました。そして夢を諦めないということも。わたしはこの賞をボリンケンにささげげます」とあいさつ。プエルトリコではなく、あえて先住民による古い呼び名のボリンケンを用いて、自分のアイデンティティーは故郷にあることを強調した。
 デル・トロは新作『エスコバール:パラダイス・ロスト(英題)/ Escobar: Paradise Lost』(アンドレア・ディ・ステファノ監督)を引っ提げて現地入り。同作は、サーファー役のジョシュ・ハッチャーソンが、コロンビアでエキゾチックな美女(クラウディア・トライサック)と恋に落ちるも、厄介なおじがいたことで犯罪に巻き込まれてしまうサスペンス劇。
 デル・トロは公開中の映画『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』でもコレクター役で怪演を見せているが、新作でもコロンビアの麻薬王パブロ・エスコバルを喜々として演じている。(取材・文:中山治美)
http://www.cinematoday.jp/page/N0066953

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選挙:来春道議選 自民党道連が2氏公認発表 /北海道

2014-10-04 | アイヌ民族関連
毎日新聞 2014年10月03日 地方版
 自民党道連は2日、来春の道議選で、いずれも新人の清水拓也氏(帯広市)、伊賀淳貴(きよたか)氏(同)の2人を公認すると発表した。また、札幌市議選では、短文投稿サイト「ツイッター」に「アイヌ民族なんて、もういない」などと書き込み、党から除名処分を受けた金子快之(やすゆき)市議(東区)の公認を取り消すことを決めた。【袴田貴行】
http://senkyo.mainichi.jp/news/20141003ddlk01010280000c.html

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白老・アイヌ民族博物館が松浦武四郎特別展開催へ

2014-10-04 | アイヌ民族関連
室蘭民報 【2014年10月3日(金)朝刊】
 開館30周年を迎えた白老・アイヌ民族博物館(野本勝信代表理事)は25日、三重県松阪市の松浦武四郎記念館(中野恭館長)と姉妹提携を結ぶほか、講演会やパネルディスカッション、武四郎のモニュメント除幕式を行う。特別展「共生の世界へ、松浦武四郎とその時代展」が同日から11月30日まで開かれる。
 幕末の探検家・松浦武四郎(1818~1888年)は「北海道の名付け親」として知られ、アイヌの人々と寝食をともにした蝦夷地調査は6回に及び、紀行書や漫画などを通してアイヌ民族のことを分かりやすく世に知らせた。
 今年開館20周年を迎えた武四郎記念館は、武四郎が著した日誌や地図、書簡、絵画ほか、蝦夷地調査で持ち帰ったアイヌ民族資料を収蔵、展示している。姉妹提携によって調査・研究を含めた交流を促進する。
 アイヌ民族博物館が他の博物館と提携するのはフィンランドの国立サーミ民族博物館、ロシアのサハリン州立博物館に続いて3館目。松阪市からは中野館長、東博武教育長、無形民俗文化財「松阪しょんが音頭」の保存会メンバー19人らが来町する。
 講演の講師は2人。松浦武四郎記念館の山本命学芸員が「松浦武四郎とアイヌ民族―共に生きる社会を目指して」、佐々木利和・北大アイヌ・先住民センター客員教授が「松浦武四郎の眼と象徴空間」を演題に講演する。パネルディスカッションのテーマは「松浦武四郎、そして民族共生の象徴となる空間へ」。パネリストは山本学芸員、白老町嘱託学芸員の押野里架さん、アイヌ民族博物館の野本正博館長、イオル再生伝承者育成事業アシスタントの山道ヒビキさん。
 特別展は武四郎ゆかりのアイヌ民具40点ほか、地図や絵画10点、写真パネル20点などを展示する。
 11月30日にはアイヌ民族博物館による移動博物館(アイヌミュージアムフェア)が松阪市で開かれ、展示や古式舞踊披露、講演会、体験学習などを行う。
(富士雄志)
http://www.muromin.mnw.jp/murominn-web/back/2014/10/03/20141003m_08.html

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東胆振・日高のグルメと観光ルートを冊子に 地域戦略会議が配布

2014-10-04 | アイヌ民族関連
苫小牧民報 (2014年 10/2)
 北海道新幹線×nittan(ニッタン)地域戦略会議(会長・岩倉博文苫小牧市長)は、「東胆振&日高お楽しみルートガイド」と題した冊子を作り、無料で配っている。東胆振・日高管内の隠れた魅力を旅行ルートにし、発信している。
 冊子はA5判24ページ。JTB北海道の協力を得て、アイヌ文化や馬、渓谷、温泉、グルメといった東胆振・日高地方の観光ポイントを、車を使って3~7時間で訪ねることができる五つのコースを紹介した。
 観光コースの主要なテーマは、「自然と馬を楽しむコース」と「夏も秋も地元グルメ満喫」。グルメ満喫コースでは、白老町のサケの遡上(そじょう)見学や白老バーガー、苫小牧市の海の駅ぷらっとみなと市場で豊富な海産物を味わえる行程などを紹介。地元の口コミのグルメ情報、移動時間の目安も示している。
 また、アンケートの回答者を対象に、温泉ペア宿泊券や東胆振の特産品などが当たる抽選企画も、12月31日まで受け付けている。同会議代表事務局は「人気の温泉地などがある西胆振に比べて、まだ知られていない魅力を伝えたい」と話す。
 同会議はJTBと北洋銀行と連携し、10月18~19日に行う胆振日高の観光地などを巡るモニターツアーのルートにも、ガイドで紹介した観光スポットを盛り込んでいる。
 冊子は5万部作成し、同会議を構成する18市町を通じて配布。苫小牧市役所では政策推進課窓口で受け取ることができる。
http://www.tomamin.co.jp/20141017422

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マオリ・オールブラックスが単に人種別の代表チームではない理由(その1)

2014-10-04 | 先住民族関連
RUGBY REPUBLIC(ラグビーリパブリック)- (2014年 10/2)
 小林深緑郎(ラグビージャーナリスト)
 2013年に行われたニュージーランド(NZ)の最新の国勢調査の結果、同年3月5日時点のNZの総人口は4,242,048人となっている。
 国勢調査には、「あなたは、なに人ですか?」という質問があって、これに対する答えは、あらかじめ示された99の分類から選ぶ方式になっている。その区分だが、ヨーロッパ人という大枠のなかには53の分類があり、マオリ人の枠にはマオリの分類が一つだけあり、パシフィック(太平洋諸島)人の大枠には19の分類があり、アジア人の大枠は34に分類されている。さらに、中東/ラテンアメリカ/アフリカ人の大枠が32分類。最後の「その他」の大枠にも4分類があるから、整理すると、大枠を6つのなかから選んで、さらに自分の所属すると思われるエスニックを、99の分類から選ぶというやり方のようだ。
 で、その結果はヨーロッパ系人が2,969,391人で、人口の74.0%を占めている。ポリネシア系のNZの先住民であるマオリ人は598,602人で14.9%。パシフィック人は295,941人で7.4%。アジア人は471,708人で11.8%。その他1.1%という比率になっている。
 2013年の国勢調査によれば、自分を純粋なマオリ人だとする回答が46.5%あった。そして、ヨーロッパ人との混血という回答が43.4%、パシフィック人との混血は3.8%、その他のアジア人などとの混血は合わせても1%に満たない。また、マオリ以外の2人種以上との混血という回答が5.6%である。
 次に、混血の比率を年齢別に比べた分析では、純粋なマオリ人の割合が65歳以上では70.2%であるのに対して、低年齢になるほど比率が下がり、15歳未満では35.0%となっていることがわかる。また、年齢が下がるほど2つの人種の混血、3つ以上の人種の混血の比率が高くなっているという調査結果が出ている。
 ついでに近年のオールブラックスの人材排出の宝庫ともいえるパシフィック3か国に関して、NZの人口の内訳をみてみると、最多はサモア人の144,138人で3.6%、トンガ人が60,336人で1.5%、フィジー人は14,445人となっている。
 このほかのパシフィック人のなかで数が多い人種では、クック諸島出身のマオリ人の61,839人と、ニウエ人の23,883人が目をひく。今から約1000年前に太平洋のどこかから船でNZへ渡ってきたのがマオリ人だが、クック諸島にも居住している。ただし、クック諸島のマオリ人には、ラグビーのマオリ・オールブラックスの選手資格は認められていない。
 さて、11月に来日するマオリ・オールブラックスはNZのマオリ人の血を引く選手で構成される。NZ協会によれば、チームの「カウマトゥア」と呼ばれる文化顧問が、プレイヤーのワカパパ(家系)を追跡調査し、マオリの血統の継承を確かめて選手資格の認定をしているということである。
 このように、マオリの選手資格調査が厳密に調査されるきっかけとなったのは、2003年に、当時オールブラックスのテストマッチ最多トライ記録46を持っていた伝説的FBのひとりクリスチャン・カレンが、マオリ・オールブラックスに選ばれて議論を呼んだ出来事があってからとみてよい。
 見た目は白人のカレンがマオリ・オールブラックスの試合に起用された背景には、NZ協会が怪我から復帰した彼を、直後に開かれた2003年のワールドカップのスコッドに加えるかどうかを試す必要があったからだと考えられている。
 実際のところカレンの父方の祖父には、わずかながらマオリの血が流れているらしい。ドイツとサモアの血統を持つカレンの父によれば、「彼は64分の1がマオリ」、だそうである。
 マオリの血統のまったくないマオリ・オールブラック選手の歴史をさかのぼると、1927年に選出された西サモア生まれのフランク・ソロモンを起源に、以来数名の名を挙げることができる。特にアフリカ系アメリカ人の両親を持つアラン・ブレークの場合は、1948~52年に渡ってマオリ・オールブラック代表の試合に出場し、1950年にはキャプテンまで務めている。
 1988年に筆者がNZで観たマオリ・オールブラックの試合にも、ダリル・ウィリアムズというLOが出場していたが、しばらくして彼が非マオリと判明し、「呼ばれたので試合に出た」という本人のコメントが新聞に載っていた。彼の母親は「うちはフィジーとサモアだけ、マオリは入っていない」、と語っている。ウィリアムズは1988年にサモア代表となり、1995年のワールドカップにも出場している。
 以上のような選手選考の経過をみて、マオリ・オールブラックを単なる人種別の代表チームだと理解してはならない。時代が21世紀に入って、世界の潮流は、チーム構成を特定の人種・民族に限定した代表チームというものを、その存在が人種差別につながることを警戒して、否定的にとらえる傾向にある(なかには法律で禁止している国もある)。
 このような流れを受けて、少なからず存在する否定的な声を、NZのマオリ・オールブラックが、どのように打ち消し、非難に耐えうる存在となり得たのか。次回の本コラムでは、マオリ・オールブラックの歴史的な価値が認められてゆくまでの道のりを、たどることにしたい。(つづく)
【筆者プロフィール】
小林深緑郎(こばやし・しんろくろう)
ラグビージャーナリスト。1949(昭和24)年、東京生まれ。立教大卒。貿易商社勤務を経て画家に。現在、Jスポーツのラグビー放送コメンテーターも務める。幼少時より様々なスポーツの観戦に親しむ。自らは陸上競技に励む一方で、昭和20年代からラグビー観戦に情熱を注ぐ。国際ラグビーに対する並々ならぬ探究心で、造詣と愛情深いコラムを執筆。スティーブ小林の名で、世界に広く知られている。ラグビーマガジン誌では『トライライン』を連載中。著書に『世界ラグビー基礎知識』(ベースボール・マガジン社)がある。
http://rugby-rp.com/column.asp?idx=106639&page=1&code_s=10061004


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【著者に訊け】金田一秀穂『金田一家、日本語百年のひみつ』

2014-10-04 | アイヌ民族関連
ライフ総合(NEWS ポストセブン) 2014.10.01 16:00
朝日新書/760円+税
 一般に遺伝には、二種類あるという。一つは体質や顔といった生物学的遺伝、もう一つは環境的遺伝だ。
 どちらをどう継いだかは定かでないが初代京助氏と二代目春彦氏、そして三代目の金田一秀穂氏は、三代が三代とも日本語の研究者になった。初代はアイヌ語の研究で知られた言語学者。二代目は方言やアクセントが専門の国語学者。三代目は杏林大学外国語学部等で日本語を教える日本語学者。一家の歩みが明治~平成に至る日本語の歩みをそのまま体現するからこそ、本書は成就したと言える。
 その親しみやすい語り口がテレビ等でも人気の三代目だが、〈私が俗であるのは、研究者としての当然の態度であって、志が低いからではない〉とある。何しろ氏の生家は日本語研究の現場。世にいう〈日本語の乱れ〉にも柔軟に対峙する姿勢は、同家に代々伝わる「好奇心という財産」を感じさせる。
 何かにつけて〈変なもの〉を好む著者の研究室には、よく海外で日本語を教える卒業生が〈その国の妙なお菓子〉を持って訪ねてくるという。ある日の手土産は〈チューブに入ったドリアンの羊羹のようなもの〉! 強烈な臭いに吐き出す者も多い中、こんな学生もいた。
〈あたしこれ好きかも!〉
 本来なら「好き」と言い切るべき主観に、なぜ彼女は「かも」を付ける必要があったのか。〈金田一探偵〉はこう推理する。〈彼らを見ていて感じるのは、アナログであることを保持したいという欲求である。「好き」とか「嫌い」に分けられる簡単な○×式の答えには当てはまらない気持ち〉。
 実はこの第一章「平成のことばたち」は、いわゆる〈正しい日本語〉の薀蓄を求める編集側の意向で連載が終了したとか。が、〈言葉は変化することにその本質がある〉と、〈普遍を求めながら特殊を恐れない〉のが、秀穂氏の基本姿勢。
「言葉は学者だけじゃなく、若者やオジサンやみんなのものだからね。そのみんなが良かれと思って使ってるのだから、多少失敗はあっても概ね正しいし、生きているからこそ変化する言葉を、僕は面白いと思います」
「○○でよろしかったでしょうか」等々の〈コンビニ敬語〉にしても、基本的には敬語の形も変化して当然。そして「お住まいは杉並でしたね」という時の〈確認の「タ」〉に、氏は「よろしかった」の源流を見て取り、地図上の建物にすら〈さん付け〉する〈異常なほどの配慮〉をこそ問題視する。
「学問で大事なのは正しいかどうかより、わけのわからない現象をわかるように〈分類〉し、筋道を立てて整理すること。その分類の仕方や基準の設け方が学者の生命線で、僕には方言や辞書の見出しカードを黙々と分類していた春彦の姿がつい目に浮かぶんです。
 もっと言えば、凡人は誰もが驚く物事に驚き、天才は日常の中に驚きを見つける。例えば林檎は誰の前にも落ちていたのに、そこに引力の存在を見出したのがニュートンの天才なんです。そういう〈自然科学的〉な態度を春彦は持っていたし、とにかく事実が好きでした。
 僕は顔も体質も母親似で、生物学的にはあまり金田一の血を感じないんだけど…。日常的言葉遣いの中にどう不思議を発見するかという好奇心の方向性は、確かに遺伝かもしれない(笑い)」
 そして本書は後半、第二部「日本語三代」と題し、先代、先々代の仕事ぶりや家庭人としての顔を伝える。
 初代京助は明治15年盛岡生まれ。東京帝大卒業後、教師や辞書の編集等を経て帝大教授等を務め、同郷の石川啄木は大の親友。盛岡弁の熱く愛らしい語り口はファンも多かったが、アイヌ語の研究に没頭する余り、家計は常に火の車だった。
 印象深いのが〈アイヌの天才少女〉こと知里幸恵(ちりゆきえ)との交流だ。幸恵はユーカラ研究のため度々家を訪れていた京助を頼り上京、同家に住み込みで『アイヌ神謡集』の翻訳に心血を注ぐ。
 そして完成直後、弱冠19歳で急逝するのだが、彼女の日記がまた素晴らしい。そこには当時の一家の様子が生き生きと描かれ、幼い春彦が井戸に落ちた事件や京助の妻・静江と三越まで買物に行った話など、本書が引く一部を読むだけでも、その瑞々しい感性やアイヌとしての矜持が胸を打つ。
「まさに言葉は人そのものですよ。ただその彼女にして、アイヌの古い歌はローマ字で残せても、日記は日本語で書くしかなかった。それは相次ぐ迫害と差別の結果、アイヌ語が死んでしまったからで、生きた生活は生きた言葉でしか語れないということを、もう少し僕らは大事に考えないと。
 だから僕は若者言葉よりむしろ安倍首相の言葉の軽さに腹が立つ。言葉には机の上に本がある、といったような単に状況を説明する言葉と、私はこの本に心打たれたというような、それ自体が行為やその人を表わす言葉の二種類あって、特に政治家は言葉=政治なのに、彼は道具としか考えていない。だから実質や中身が何も伝わってこない。
 京助は〈大地の胸に湧くのは清水であるが、ことばは人間の胸に湧く清水であろう〉と書いた。言葉は民族や文化の全てですから、一国の首相がそれを自覚していないのは恥ずかしい!」
一方春彦は大正2年東京生まれ。戦時中は日華学院で教え、東京外大教授等を歴任後、平成16年、91歳で永眠。初代に比べ、〈知的であり、笑いは多かったけれど、涙させることはなかっただろう〉と氏は父親像を淡々と綴り、父子にありがちな屈託を感じさせない。
「そりゃ父子なんだからいろいろあるに決まってる(笑い)。ただ母が生きているうちは悪口は控えようかなって。妻から見る夫像と息子から見る父親像は絶対違いますから。ちなみに二部の親子対談は僕の完全な創作。要するにナット・キング・コールと娘の没後共演をイメージしたんだけど、親子でこんな会話、しないしない(笑い)。
 外から見るのと違って祖父の代から家族は大変だったと思います。僕自身も金田一家の名前で損したり得したり。でも、結局、人はみな誰かの三代目なんだってこと。人間、自分だけが突然生まれてくるわけもなく、誰もが祖父や父を背負って生きている。だから百年の計はこの世の三代目総てにあるのかもしれない」
 言葉も同じだ。生きているからこその変化が何を生もうと、人は百年、また百年と、営みを重ねるしかない。その歩みを代々見つめてきた三代目の眼差しは、道理で優しいはずである。
【著者プロフィール】金田一秀穂(きんだいち・ひでほ):1953年東京生まれ。上智大学文学部心理学科卒。東京外国語大学大学院修了。中国大連外語学院講師、ハーバード大客員研究員等を経て、現在杏林大学教授。テレビにも多数出演。『「汚い」日本語講座』『人間には使えない蟹語辞典』等著書多数。長男は演劇、長女は和菓子職人の道へ。「京助も春彦も僕も自分の好きなことをやってきたのが金田一家。子供には食えなくても頑張れって、応援してます」。171cm、73kg、O型。
(構成/橋本紀子)
http://www.news-postseven.com/archives/20141001_278862.html


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水平社宣言、京都で初展示 ユネスコ登録目指す実物

2014-10-04 | アイヌ民族関連
京都新聞 【 2014年10月01日 23時30分 】
 1922年に京都市で発表され、解放運動の原点となった「全国創立宣言」の国連教育科学文化機関(ユネスコ)の記憶遺産登録に向けた特別展が1日、下京区の柳原銀行記念資料館で始まった。当時印刷された宣言文は国内で3点しか残っておらず、京都で実物が一般公開されるのは初めてという。
 所有権を持つ崇仁自治連合会(下京区)と奈良人権文化財団(奈良県御所市)が登録を目指しているが、今年はユネスコへの国内選考枠から外れた。このため従来のレプリカではなく実物を見て市民レベルで機運を高めてもらおうと、市やNPO法人「崇仁まちづくりの会」がほかの申請資料14点とともに展示した。
 「人の世に熱あれ、人間に光あれ」とうたった同宣言は、日本初の人権宣言とされる。宣言文は変色し、一部が破れて1世紀近い歳月を感じさせるが、差別の解決を訴える迫力は衰えないままだ。
 同資料館の山内政夫事務局長(64)は「宣言の理念はアイヌ民族やハンセン病患者、日本が植民地支配していた朝鮮の被差別者にも受け継がれ、人類の普遍的価値がある。その原点の実物を見てほしい」と話す。
 30日まで。11月4~29日は北区の「ツラッティ千本」で開催。いずれも午前10時~午後4時半、入場無料。
http://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20141001000169

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菅江真澄と噴火湾(1)

2014-10-04 | アイヌ民族関連
朝日新聞 2014年10月01日
■激しい潮流の難所越えて
 近世後期に蝦夷地を歩いた菅江真澄は、1792(寛政4)年の初夏、松前から有珠山をめざす旅をしている。その3年前には日本海側を北上して霊場太田山神社(せたな町)を参拝しているが、有珠山もまた蝦夷地の霊場。本州からの修験者などがはるばる訪れる地だった。
 真澄の旅は、「えぞのてぶり」という紀行で詳しくたどれる。まず昆布(えびすめ)刈りの舟で津軽海峡を太平洋に向かった。蝦夷地最南端の白神岬に近づくと強い東風(やませ)で進めず、白神峠を徒歩で越える。礼髭(れひげ〈松浦〉)から再び昆布刈りの舟に。宮歌でふくらぎ(ブリ幼魚)の大群を見たり、福島ではクジラの群の潮吹きと出くわしたりしながらウスンゲツ(函館)を越えて、小安(おやす〈函館市戸井〉)の手前で上陸した。
 翌朝舟を出した一行は、汐首岬を越える。この時代はここが和人地とアイヌの地の境界だった。地名が語るように岬は名にし負う強い潮目の地。はたして舟は激しい波浪に翻弄(ほんろう)され、重なり合った波の「その音は鳴神(雷神)にひとし」という状態だった。
 岬には、1691(元禄4)年創建と伝えられる汐首神社がある。その上の高台から海峡を見ると、下北半島の北端が目の前だ。一帯は北海道と本州がもっとも接近している土地で、しかも海底は深い。これが海路の難所たるゆえんだが、強く複雑な潮流が遠目にも見える気がした。
 真澄はなんとか戸井の浦について、そこでアイヌの舟に乗り換える。舟はなお強い潮の流れに難渋しながら恵山岬をまわって、椴法華(とどほっけ)のコタンに至った。
 松前藩は和人が住まう土地を、西は熊石(八雲町)、東は汐首までと、狭い範囲に限定していた。やがて幕府が蝦夷地を直轄する18世紀末になるとエリアは広がるのだが、藩はなぜそうしたのだろう。
 僕たちはここで、違いがあるところに境界が生まれるのではなく、境界こそが差異をつくるという現実に納得するだろう。彼らはきっと、狭いエリアで境界を明らかにすることで、和人とアイヌそれぞれのアイデンティティーを強化しようとしていたのだ。
 (文・谷口雅春 写真・露口啓二)
http://www.asahi.com/area/hokkaido/articles/MTW20141001011260001.html

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アイヌ民族の文化を探る/根室市が冊子を活用

2014-10-04 | アイヌ民族関連
釧路新聞 2014年10月01日
  根室市はチャシ跡郡や歴史などを簡潔に記した冊子「知りたいむかしの根室」を観光促進ツールとして活用することを決め、3000冊を購入、市観光協会などに配置した。指摘されていた資料不足に対応するためで、増加する観光客らに活用する。  冊子は、根室の歴史に造詣が深く、長くチャシ跡の活用を提言していたJR札幌病院名誉院長で、市立根室病院顧問の平賀洋明氏が「根室の歴史を知らない人が多すぎる。歴史を考えたり、学習する手助けになれば」と編集・発行した。編集には、根室在住の日本考古学協会員・北構保男氏、元根室市教委学芸員の川上淳札幌大学教授、市職員らが協力している。冊子は根室発祥の地ノツカマップの解説やアイヌ民族と和人、ロシア人との関わり、主なチャシ跡の歴史、日ロ交流発祥やスケート事始めの逸話などを写真や絵を使って紹介している。日本100名城の指定をきっかけとして人気が高まっている根室半島チャシ跡群は、大手旅行会社がツアーを企画するなど、観光客が増加する一方で、見学時に使用できるパンフレットなどの不足が指摘されていた。購入予算は379万円。市役所、歴史と自然の資料館、市観光協会で無料配布する。B5判カラー26㌻。問い合わせは市商工観光課0153(23)6111、内線2275へ。
http://www.news-kushiro.jp/news/20141001/201410013.html

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写真家・塩田武史さん死去 水俣病患者撮り続け40年

2014-10-04 | 先住民族関連
朝日新聞 2014年10月1日00時30分
 水俣病を中心とした公害問題をテーマに40年以上にわたって撮影を続けた写真家の塩田武史(しおた・たけし、本名塩田武〈しおた・たけし〉)さんが9月30日、心筋梗塞(こうそく)で死去した。69歳だった。通夜は10月1日午後7時、葬儀は2日正午から熊本市中央区水前寺1の6の7の玉泉院水前寺会館で。喪主は妻弘美さん。
 高松市生まれ。法政大の学生だった1967年、母親の胎内で有機水銀の影響を受けた胎児性水俣病の存在を知ったことから水俣病に関心を持ち、初めて熊本県水俣市に患者を訪ね、その姿に衝撃を受けた。記録のため本格的に写真を始め、大学卒業後の70年に水俣市に移住した。
 患者家族の日常を撮影する一方、原因企業チッソに補償を求めて初めて起こされた水俣病第1次訴訟(69~73年)などの患者運動を記録。72年、ストックホルムで国連人間環境会議が開かれたのに合わせて、水俣病の被害の実態を世界に伝えるため現地へ向かった患者家族らに同行取材した。
 撮影対象は各地の公害問題に及んだ。カナダ北部の先住民居留地で起きた工場排水による有機水銀中毒被害や、宮崎県高千穂町の旧土呂久鉱山周辺で発生したヒ素中毒、カネミ油症など、国内外の公害の現場を取材した。
 85年から熊本市在住。患者認定や補償を求めて続く訴訟など、いまだ解決をみない水俣病の現状を最近まで追い続けた。著書・写真集に「僕が写した愛しい水俣」「水俣な人 水俣病を支援した人びとの軌跡」などがある。
http://www.asahi.com/articles/ASG9Z5RWSG9ZTIPE022.html


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熱帯雨林のために戦うペルーの生態学者

2014-10-04 | 先住民族関連
日刊アメーバニュース 2014年09月30日 15時57分提供:ナショナルジオグラフィック
 ペルーの著名な生態学者、環境保護主義者エルネスト・ラエズ・ルナ(Ernesto Raez-Luna)氏はアマゾン熱帯雨林を守るための戦いに自身のキャリアを費やしてきた。そして2011年、ペルー環境省のアドバイザーに任命された。
 ところが7月、ここ10年で策定された数々の環境保護政策と逆行する法律を政府が支持したため、ラエズ・ルナ氏はアドバイザーを辞任した。2008年に創設された環境省は自然保護区を指定し、鉱業や石油開発から自然を守る権限を失った。
 ナショナル ジオグラフィックはマヌー国立公園でラエズ・ルナ氏から話を聞いた。マヌー国立公園は手付かずの熱帯雨林が最も広く残る場所の一つで、政治の任務を終えたラエズ・ルナ氏はこの大自然の中で“充電”している。
◆あなたが環境省のアドバイザーを辞任したのは、環境関連の法律に違反した企業への罰金を減額または廃止する法律を支持できなかったためですね。そもそも政府はなぜこのような法律を制定したのでしょうか?
 政府は経済成長の鈍化の原因を環境関連のルールや手続きが多すぎるためだと考えているのです。経済成長の鈍化といっても数カ月のことなのですが。
◆この法律を撤回させる以外に、熱帯雨林を救うためにやるべきことは何ですか?
 保護区を指定することです。先住民にはそこで暮らす権利があるため、熱帯雨林を100%厳格に守ることはできません。道路を建設し、地下の石油やガスを採掘したい人もいるでしょう。技術的には最小限の影響でこれらを実現できると私は考えています。しかし、実際の影響はどうでしょう? 答えはノーです。
 ただし同時に、消費のパターンを変える必要もあります。熱帯雨林が失われている一因として、中国で中間層が急増し、豚肉の需要が拡大していることが挙げられます。豚の餌となる大豆はかつて熱帯雨林だった土地で栽培されています。つまり、われわれ自身の暮らしを変えるということです。例えば、SUVに乗っている人は環境保護主義者を自称すべきではありません。
◆気候変動はアマゾン熱帯雨林にとってどの程度の脅威だと思いますか?
 気候変動は現実であり、われわれが引き起こしているものです。それは間違いありません。しかし、5年後や50年後ではなくたった今起きているさまざまなことが熱帯雨林をむしばんでいるのも現実です。農業のための森林伐採、持続不可能な鉱業、農薬や肥料による汚染。昔からの脅威が今もあり、かつてないほど強大になっているのです。
 ただし、ぞっとするような気候モデルも存在します。熱帯雨林を支えている気候が大きく変化し、われわれの周りにあるすべての熱帯雨林が消えてなくなることを示唆しています。われわれがやるべきことと実際に行っていることの隔たりを見る限り、おそらくこの運命から逃れることはできないでしょう。
◆熱帯雨林は消える運命にあるとしたら、なぜアマゾンのために戦うのですか?
 戦いは死ぬまで続きます。勝ち目があるかどうかなど関係ありません。大切なのはどのような人生を送るかです。正しいことのために戦い続ければ、戦いに倒れても安らかに眠ることができます。
Emma Marris, National Geographic News
http://news.ameba.jp/20140930-464/

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イスラムや中南米の嗜好品を紹介 京都外国語大

2014-10-04 | 先住民族関連
京都新聞 【 2014年09月30日 08時35分 】
 イスラム圏や中南米地域の嗜好(しこう)品を紹介する企画展が29日、京都市右京区の京都外国語大国際文化資料館で始まった。コーヒーやたばこなど庶民の暮らしに身近な品から各国の暮らしや文化を学べる。
 京都外大で博物館学芸員課程を学ぶ学生たちが企画した。南米の先住民が飲み始めたとされるマテ茶の茶器など、資料館の収蔵品を中心に約70点を並べた。
 中東の水たばこのコーナーでは、吸引用の長い管が付いた金属や木製の用具に実際に触れることができる。10月25日まで(日曜、祝日休館)。入館無料。
http://www.kyoto-np.co.jp/education/article/20140930000018


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