生き生き箕面通信

大阪の箕面から政治、経済、環境など「慎ましやかな地球の暮らし」をテーマに、なんとかしましょうと、発信しています。

1455 ・「脱原発の声を広げて下さい」と、小沢一郎氏

2012-12-14 17:00:59 | 日記

おはようございます。                                                                            生き生き箕面通信1455(121215)をお届けします。

・「子どもたち、孫たち、そして日本のために『脱原発』の声を広げてください」と、金曜デモで小沢一郎氏

 「残された時間は明日一日だけだけど、最後の最後の1秒まで努力しましょう」と、懸命に訴えました。昨日12月14日、岩手県での選挙戦日程を打ち切って駆けつけた小沢一郎氏は、既に日が落ちて暗闇の首相官邸前・国会正門前で恒例の金曜デモの人々に気迫を込めて呼びかけました。

 「明確に期限を切って『脱原発』を主張しているのは、わが未来の党だけです。しかし、脱原発の声はあまり広がっておりません。なぜでしょうか。マスコミが、脱原発という言葉を総選挙の争点から外しているからです。既得権と癒着するなかで、その中に組み込まれたマスコミは脱原発という言葉を外しています」

 「これは本当に大きないびつであり、こうした状態がまかり通って行くなら、日本の将来は真っ暗な道を進むことになります。民主主義は数です。多数決であります。数が少なければ、どんなに立派なことも実現できません。最後まであきらめずに、『脱原発』の声を一人でも多く広げてください。お願いします」

 大飯でも、敦賀でも、そして青森県の東通(ひがしどおり)原発デモ、活断層とおぼしき地層が明らかになってきました。しかし、原発を推進したい専門家は なんとか再稼働できる状態へ持ち込もうとへ理屈を振り回して抵抗しています。

 今回の選挙は、原発推進から方向転換する最後のチャンスになるのかもしれません。それだけに私たちの投票行動がいずれ歴史的に裁かれます。悔いの残らない選挙戦にしたいものです。

 

 


1454 ・「主権者としての地位を取り戻さなければ」――日隅一雄さんの遺言

2012-12-14 06:56:43 | 日記

おはようございます。                                                                                生き生き箕面通信1454(121214)をお届けします。

・「主権者としての地位を取り戻さなければ」――日隅一雄(ひすみかずお)さんの遺言

 今年6月12日、一つの命が消えました。弁護士の日隅一雄さん、享年49でした。「胆のうがんで余命半年」と医師に告げられながらも、抗がん剤を使いながら、東京電力の記者会見に連日出席、時には入院先の病院から抜け出して、東電にきちんとした情報を出すよう質問し続けました。

 「戦後民主主義は『デモクラシー』のために命懸けで闘う日隅を生んだ」と、昨日12月13日の朝日新聞夕刊は一面企画「人・脈・記」で伝えました。記事に添えられた日隅さんの写真は、死の1週間前、6月5日に福島県で行った講演会の時のもので、激痛を感じさせない穏やかな微笑みさえ浮かべたものでした。

 新聞記者から弁護士に転じた日隅さんは、東電の記者会見が隠ぺい体質に塗りこまれた暑い壁だった中で、肩で息をしながも粘り強く質問。放射能汚染水1万トンをたれ流した責任者が、「武藤栄副社長」だったことを引き出したりしました。記者クラブ制に胡坐をかく大手メディアは東電に遠慮して核心をつく質問は自己規制していた中での追求でした。

 ジャーナリストとして一緒に闘い続けてきた自由報道協会の上杉隆代表は、悪化する病状を推して記者会見に出ようとする日隅さんに「ムリをしなくても」と話しかけた時、日隅さんは「ここで止めるわけにはいかないんです。ここで止めたら死ぬほど後悔する」といい、文字通り命がけの取材を続けたのでした。上杉氏はジャーナリストしての活動を表彰する賞を設けるにあたって、大賞を「日隅一雄賞」と名付けることにしました。 

 記者クラブ制に安住する大手メディアの記者連中は、今日も東電にはあたりさわりのないへなちょこ質問をし、馴れ合いを続けています。「千の風」となった日隅さんは、「主権者としての地位を取り戻さなければ」と、地上の私たちを見守っています。