東京や大阪など、都会で生まれ育った人たちにとってのふるさと、そして、母親との関係とは何かを考えさせられる小説です。
年会費35万円のユナイテッド・プレミアムクラブというクレジットカードの会員制度に、ユナイテッド・ホームタウン・サービスが新しく創設されました。これは、一泊二日で税別五十万円で「失われたふるさとを回復し、過ぎし日々に帰るという、ライフ・ストーリーの提供」するシステム。都会の人間が東北の過疎の村の曲がり屋へ母を訪ね、田舎の美しい自然、そして、母親含め村の人々のおもてなしを受けるサービスを、東京の還暦を迎えた3人がそれぞれ体験します。本当の母親やふるさとではないが、その地を捨てて、都会で暮らし、長いことご無沙汰している実家に帰る、虚のストーリー、つまり、騙された嘘を享受しますが、都会での暮らしとは全く違う、まごころ溢れる2日間に満足します。
彼らはリピートし、より偽の母親と関係を強化し、サービス以上に母親を労わろうとし、村人たちとの人間関係もしくみを超えつつある時に、思いもかけないことが起こります。
私自身も大阪生まれの大阪育ち、両親も亡くなり、ふるさとは喪失しています。神戸の街で暮らす人として、「懐旧すらも許さぬ喪失の連鎖が都会生活の正体にちがいない。」思いに覆われ、代替の効かない母親や生まれ育った地域の人々との心のキャッチボールは自然が培っていることを感じました。便利や過ごしやすさだけに人生の価値を置いてはいけません。
『母の待つ里』(浅田次郎著、新潮社、本体価格1,600円、税込1,760円)