新田次郎作品は山岳、歴史がメインですが、本書は珍しく、サスペンス、心理ミステリー、全15作品の短編集です。
人間関係のボタンの掛け違いから生まれる恨み、そして念がこもった執念を感じる小説が多い。結婚後は奥さんから登山を禁じられている夫の思いを書いた『山靴』、温泉が湧いている沼を開発しようという下心を持つ調査員に対して、村や家族をバラバラにされた一人の男の怨念を描いた『沼』、社内で俳句を詠むことを奨励した社長があるクラブの女性の句を絶賛したことに乗じて発覚させた交際費の流用問題の『十六歳の俳句』、夫の浮気の現場を押さえるために、お隣に住む奥さんのすすめで尾行を雇うことにした妻も含めて泡を吹かせた夫の企みを書いた『情事の記録』など、短編ながらどれも面白い。
本書の表題になっている『山が見ていた』は善行をすれば悪行も消える内容の山岳作品。運転免許取り立ての主人公は配送の運転手が足りないため、急遽ハンドルを握ることに。順調に配達を終え、営業所に戻る時に子どもをはねたが、現場から逃げました。いわゆるひき逃げ。彼は落ち込み、山で死のうと雪がチラつく奥多摩へ。午後3時半頃に5人の中学生と出会い、吹雪の中を彼らと離れるものの、彼らの動向が心配になり、彼らを追いかけ、うずくまっている彼らを先導し、下山し、自らも自首しようと心に決めるが・・・。
いつもと違うイメージの新田次郎でしたが、意外と楽しめました。
『山が見ていた』(新田次郎著、文春文庫、本体価格860円、税込価格946円)
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