語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】複雑さを簡単にするメカニズムとしての「信頼」 ~いま生きる「資本論」(30)~

2018年06月21日 | ●佐藤優
 <受講生J/『アンネの日記』が破かれた事件のお話がありましたが、杉浦千畝(ちうね)さんの書籍もいくつか破かれたそうです。どうも最近、震災があって、バブルの問題もあって、新興宗教が流行っていてと、何となく1995年の日本を思い起こさせる印象があります。今後、反ユダヤ主義的な動向が本当に続くのか、続いたとしたら日本にどういう影響を与えるのか、そのあたりも含めて、ぜひお話をおうかがいしたいのでが・・・・。
佐藤/目下の状況を理解するために、われわれがきちんと勉強しなくてはならないのはニクラス・ルーマンの『信頼』(勁草書房)だと思います。「社会的な複雑性の縮減メカニズム」というサブタイトルからわかるように、〈複雑系〉の考え方です。要は、安倍内閣への信頼がなぜ起きているか、ということです。
 信頼とは何か? この世の中は複雑です。実は『資本論』もこの複雑な世の中をどういうふうに読み解くかという一つの試みですよね。
 例えばここに一万円札がある。『資本論』の論理を読んでいると、わずか原価22円しかかかっていない一万円札で1万円ものものを買えるというのは、その背後にある人間と人間との関係から生まれているのだとわかる。そして賃金は生産過程で決まっているということがわかれば、いくら一生懸命働いても、億万長者になることはできないとわかる。われわれは労働者の側にいる以上、そこには限界がある。それから、資本主義というのはそう簡単に崩れない。われわれの思想も感性も資本主義システムの影響を受けながら作られていく。そういうこともわかってくる。
 しかし、そんなことを思考の力によって読み解いていくのは、すごく疲れることです。そうすると、「信頼してしまう」のがいちばん楽なのです。複雑性を縮減することができるわけですね。この〈複雑性の縮減メカニズムとしての信頼〉をきちんと研究したのが、ニクラス・ルーマンでした。
 複雑性の縮減のために、何かにつけて、「この人の言っていることは信じる」となるわけです。「多少信じることができなくても、まあ、いいか」と。ハーバーマスの謂う「順応の気構え」と同じで、自分が理解できないことは誰かが説明してくれるだろうと高を括って、とりあえず順応していくようになる。その先になって、やがて信頼が明らかに裏切られることになっても、それでもなお信じ続けるというのは、ドメスティック・バイオレンスなどとも似てきますね。そんな人を信じてきた自分がみじめになるのが嫌だから、信じ続けることになるのです。
 ところが、ある種の閾値があるんですよ。ある線を飛び越えると、信頼というのは崩れるのです。そうなると、今まで信頼の度合いが高かったがために、かえってものすごい怒りの爆発や感情の混乱が起きる。ですから、安倍外交にしてもアベノミクスにしても、少し距離を置いて見ると、この政治家にしてこのブレインあり、となるでしょうね。今のところ、「補佐官の衛藤さんはちょっと変わっているけれども、安倍さんはいい人じゃないか」とか、そういった見方が多いですよね。これが、「この首相にしてこの補佐官あり」みたいな感じになってきた時は、相当のカオスになるでしょう。補佐官に限らず、いろいろ問題のある人たちが安倍首相の周りにいるでしょう? 「ああ、あんな首相だから、ああいう連中が・・・・」と思われるようになると内閣は持ちません。
 もう一つ怖いのは、反知性主義です。反知性主義は、教育水準が低いから起きるわけではありません。これも複雑系に対して堪え切ることができないから、決断主義になるのです。だって、どんな物事を決める時でも、最終的には決断は必要でしょう? いろんな情報を集めたところで、何らかの決断をしないと行動はできない。そこで、最初から、「つべこべ言うな、決断がすべてだ、行け!」という決断主義で、知的な積み重ねや実証性や客観性をいっさい無視するような言説が支配するようになる。>

□佐藤優『いま生きる「資本論」』(新潮社、2014)の「4 われわれは億万長者になれない」の「〈質疑応答〉」から一部引用

 【参考】
【佐藤優】企業の内部留保を賃上げに充てさせたイタリア・ファシズム ~いま生きる「資本論」(29)~
【佐藤優】書く力が育たなければ読む力も伸びない ~いま生きる「資本論」(28)~

【佐藤優】耳で聞いて意味がわかる『資本論辞典』 ~いま生きる「資本論」(27)~
【佐藤優】革命の鐘なんか鳴らない ~いま生きる「資本論」(26)~
【佐藤優】柳田国男、『太平記』、物語る言語 ~いま生きる「資本論」(25)~
【佐藤優】客観的・実証的に証明していく言語vs.物語る言語 ~いま生きる「資本論」(24)~
【佐藤優】観念的な講座派『蟹工船』vs.リアリズムの労農派『海に生くる人々』 ~いま生きる「資本論」(23)~
【佐藤優】1930年代の論争が今も反復されている ~いま生きる「資本論」(22)~
【佐藤優】贈与と相互扶助と商品経済の三つが「人間の経済」 ~いま生きる「資本論」(21)~
【佐藤優】相互扶助という経済 ~いま生きる「資本論」(20)~
【佐藤優】贈与という経済 ~いま生きる「資本論」(19)~
【佐藤優】公務員は労働者階級でも資本家階級でも地主階級でもない ~いま生きる「資本論」(18)~
【佐藤優】資本主義を土地(環境)が制約する ~いま生きる「資本論」(17)~
【佐藤優】他人のための使用価値 ~いま生きる「資本論」(16)~
【佐藤優】〈裏のユダヤ教〉カバラ思想の下に埋もれている部分を説明したフロイト ~いま生きる「資本論」(15)~
【佐藤優】講座派の特徴、「日本の特殊な型」 ~いま生きる「資本論」(13)~
【佐藤優】講座派vs.労農派、内ゲバのロジック ~いま生きる「資本論」(13)~
【佐藤優】宇野経済学は歴史学、資本主義社会の論理をつかむ ~いま生きる「資本論」(12)~
【佐藤優】『資本論』の二つの読み方 ~いま生きる「資本論」(11)~
【佐藤優】第一次世界大戦のため日本で『資本論』研究が盛んに ~いま生きる「資本論」(10)~
【佐藤優】本書は人生が苦しい原因の6割を解明する ~いま生きる「資本論」(9)~
【佐藤優】宇野経済学の面白さ ~いま生きる「資本論」(8)~
【佐藤優】自分の周りでできること二つ・補遺 ~いま生きる「資本論」(7)~
【佐藤優】自分の周りでできること二つ ~いま生きる「資本論」(6)~
【佐藤優】報酬と賃金は違う ~いま生きる「資本論」(5)~
【佐藤優】剰余価値の作り方:労働時間延長と労働強化 ~いま生きる「資本論」(4)~
【佐藤優】制約条件をわかった上でやる、突き放して見る ~いま生きる「資本論」(3)~
【佐藤優】アベノミクスとファシズム ~いま生きる「資本論」(2)~
【佐藤優】親の収入・学歴と、子どもの学力の関係 ~いま生きる「資本論」(1)~


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