語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】観念的な講座派『蟹工船』vs.リアリズムの労農派『海に生くる人々』 ~いま生きる「資本論」(23)~

2018年06月17日 | ●佐藤優
 <(承前)
 日本資本主義論争なんてものを、なぜ私がねちっこく言うかといえば、この1930年代の思考の鋳型を抑えておくと、現在の日本の論壇の議論などが反復現象だとよくわかるからです。日本資本主義論争というのはけっこう幅が広く、単なる経済の論争だけに留まらず、歴史の論争であり、文学の論争であり、いろんな論争が入ってきていました。文学なんて、日本資本主義論争と何の関係があるのと思うでしょうが、例えば『蟹工船』という小説がありますね。数年前ブームになって、新潮社は文庫を売って大儲けした。小林多喜二は著作権が切れていますし、岩波文庫版はそんなに売れなかったから、儲けたのは新潮社だけでした。
 前回、現代ならば『資本論』はリカードの『経済学および課税の原理』の盗作だと訴えられるだろうと言いましたが、同じように小林多喜二の『蟹工船』も訴えられるかもしれません。プロットもエピソードも、その数年前に発表された葉山嘉樹(はやまよしき)という作家の『海に生くる人々』によく似ているのです。『海に生くる人々』はプロレタリア文学の傑作中の傑作だと思います。葉山嘉樹は他にも『セメント樽の中の手紙』とか『淫売婦』などの代表作がありますが、全部キンドルでタダで読めますから覗いてみて下さい。日本のプロレタリア文学の中で国際的な広がりがあるセンスを持った人ですよ。
 『蟹工船』の中には、不思議な記述があります。ストライキをやったら、その鎮圧に海軍が来た、と書いてある。これはあり得ない話です。天皇制軍隊が入ってきた、みたいな話になっていますが、ストライキの鎮圧は警察の担当であって、軍隊の担当ではありません。『海に生くる人々』では、ストライキにちゃんと水上暑が入ってくる。小林多喜二はエリート銀行員でしたから、耳学問でしか船員の生活を知らないのです。だから観念的にしか描けていない。葉山嘉樹は自分自身が船員をやっていますからね、リアリズムで書いている。
 葉山嘉樹は、労農派の数少ない文学者です。小林多喜二は共産党に入っていました。『蟹工船』と『海に生くる人々』を読み比べてみると、講座派と労農派、二つのグループの思考の鋳型の違いがよくわかります。>

□佐藤優『いま生きる「資本論」』(新潮社、2014)の「3 カネはいくらでも欲しい」の「1930年代の反復が起きている」から一部引用

 【参考】
【佐藤優】1930年代の論争が今も反復されている ~いま生きる「資本論」(22)~
【佐藤優】贈与と相互扶助と商品経済の三つが「人間の経済」 ~いま生きる「資本論」(21)~
【佐藤優】相互扶助という経済 ~いま生きる「資本論」(20)~
【佐藤優】贈与という経済 ~いま生きる「資本論」(19)~
【佐藤優】公務員は労働者階級でも資本家階級でも地主階級でもない ~いま生きる「資本論」(18)~
【佐藤優】資本主義を土地(環境)が制約する ~いま生きる「資本論」(17)~
【佐藤優】他人のための使用価値 ~いま生きる「資本論」(16)~
【佐藤優】〈裏のユダヤ教〉カバラ思想の下に埋もれている部分を説明したフロイト ~いま生きる「資本論」(15)~
【佐藤優】講座派の特徴、「日本の特殊な型」 ~いま生きる「資本論」(13)~
【佐藤優】講座派vs.労農派、内ゲバのロジック ~いま生きる「資本論」(13)~
【佐藤優】宇野経済学は歴史学、資本主義社会の論理をつかむ ~いま生きる「資本論」(12)~
【佐藤優】『資本論』の二つの読み方 ~いま生きる「資本論」(11)~
【佐藤優】第一次世界大戦のため日本で『資本論』研究が盛んに ~いま生きる「資本論」(10)~
【佐藤優】本書は人生が苦しい原因の6割を解明する ~いま生きる「資本論」(9)~
【佐藤優】宇野経済学の面白さ ~いま生きる「資本論」(8)~
【佐藤優】自分の周りでできること二つ・補遺 ~いま生きる「資本論」(7)~
【佐藤優】自分の周りでできること二つ ~いま生きる「資本論」(6)~
【佐藤優】報酬と賃金は違う ~いま生きる「資本論」(5)~
【佐藤優】剰余価値の作り方:労働時間延長と労働強化 ~いま生きる「資本論」(4)~
【佐藤優】制約条件をわかった上でやる、突き放して見る ~いま生きる「資本論」(3)~
【佐藤優】アベノミクスとファシズム ~いま生きる「資本論」(2)~
【佐藤優】親の収入・学歴と、子どもの学力の関係 ~いま生きる「資本論」(1)~

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