語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】耳で聞いて意味がわかる『資本論辞典』 ~いま生きる「資本論」(27)~

2018年06月19日 | ●佐藤優
 <『資本論』や経済原論のような本を読む時、用語を調べたり、あらためて『資本論』にあたったりするのは大変でしょう。そこでアンチョコを紹介しておきます。
 青木書店から1961年に出た『資本論辞典』。青木書店というのは極めてユニークな左翼系の出版社です。今は大月書店からでも、必ずしも日本共産党の立場と同じでない本も出ます。しかし一昔前は日本共産党系の、つまり共産党員が経営している出版社からは、党の方針から外れた本など絶対に出ませんでした。ところが青木書店は、共産党系の出版社であるにもかかわらず、共産党の方針に一致しない本もけっこう出しているんです。この青木書店の社長の娘さんが、731部隊研究の本などを出した青木冨貴子さん、「ニューズウィーク日本版」のニューヨーク支局長だった人ですね。
 この『資本論辞典』、のちに縮刷版も出ています。私の相場感覚で言うと、古本屋で2,000円以内だったら買っていいと思う。特に狙い目なのは、図書館廃棄本です。図書館廃棄本は、だいたい製本をテープで補強してあるから辞典として使いやすいんですよ。
 序文が非常にしっかりしています。
 「たしかに《資本論》は難解の書である。それはたんに、この著作が厳密な方法論にしたがって構築された巨大な論理的体系をなしており、これを首尾一貫して統一的に把握することなしには、その真意を把握することができない、というばかりではない。マルクスはその論理を展開するにあたり、各種の経済的範疇・概念を固定的に定義していない」
 ここ、重要です。固定的に定義していない」というのは、マルクスは概念をコンテキストによって意味を違えて使っているということですね。
 「事物とその相互関連は、固定した不動のものとしてではなく、変化するもの、発展するものとしてとらえられ、したがって諸概念もまた変化し発展するものとして使用されている。たとえば〈資本〉という概念あるいは〈価値法則〉という概念を例にとってもわかるように、それらは《資本論》中のあるページ、ある箇所を孤立的に他との関連なしに読んだのでは、とうていその概念のふくむ真意を理解しうるものではない。それは《資本論》全巻を通して論理的形成の過程において展開されるマルクスの叙述を追い、前後の脈絡をつけてはじめて十分理解されうるものである」
 この辞典の編者は久留間鮫造(くるまさめぞう)、宇野弘蔵、岡崎次郎、大島清、杉本俊朗です。久留間鮫造は共産党系で有名な先生で、宇野弘蔵はもうご承知の通り。そして岡崎次郎がまた面白い人なんです。この人、大月書店版の『資本論』の翻訳者です。岩波文庫版の向坂逸郎訳の下訳もしています。1983年に『マルクスに凭(もた)れて六十年--自嘲生涯記』という本を出しました。この中で「俺はマルクスの翻訳で大儲けした。大月書店から印税5億円ぐらいもらった。しかし、もうカネはない。まったく残ってない。どうしたらいいんだろう」というようなことを書いて、対馬忠行(つしまただゆき)という労農派の先輩のマルクス経済学者が播磨灘を航行中の客船から身投げして自殺したので、「先を越された」と。そして、「西のほうに行く」と言い残して、奥さんと二人で失踪しちゃったんです。行方はわかりません。(中略)
 今回の課題であった窮乏化法則に関しても、われわれは宇野的な見方で考えているけれど、じゃあ正統派のほうはどういう位置づけをしているのか、この辞典で調べてみるとよくわかるんです。宇野は編者として名を連ねていますが、それぞれの項目は当の執筆者の考え方を尊重している。今日はその「窮乏化」の項目のコピーをとってきました。
 もうひとつ、いま読んだ序文もそうだけれども、耳で聞いても言っていることの意味がよくわかるでしょ。最近の本の序文なんて、読んで聞かされても何を言っているかよくわからないものが多いですね。やはり、1960年代あたりは、本を出すという行為のハードルがものすごく高かったことがわかります。>

□佐藤優『いま生きる「資本論」』(新潮社、2014)の「4 われわれは億万長者になれない」の「便利な名著『資本論辞典』」から一部引用

 【参考】
【佐藤優】革命の鐘なんか鳴らない ~いま生きる「資本論」(26)~
【佐藤優】柳田国男、『太平記』、物語る言語 ~いま生きる「資本論」(25)~
【佐藤優】客観的・実証的に証明していく言語vs.物語る言語 ~いま生きる「資本論」(24)~
【佐藤優】観念的な講座派『蟹工船』vs.リアリズムの労農派『海に生くる人々』 ~いま生きる「資本論」(23)~
【佐藤優】1930年代の論争が今も反復されている ~いま生きる「資本論」(22)~
【佐藤優】贈与と相互扶助と商品経済の三つが「人間の経済」 ~いま生きる「資本論」(21)~
【佐藤優】相互扶助という経済 ~いま生きる「資本論」(20)~
【佐藤優】贈与という経済 ~いま生きる「資本論」(19)~
【佐藤優】公務員は労働者階級でも資本家階級でも地主階級でもない ~いま生きる「資本論」(18)~
【佐藤優】資本主義を土地(環境)が制約する ~いま生きる「資本論」(17)~
【佐藤優】他人のための使用価値 ~いま生きる「資本論」(16)~
【佐藤優】〈裏のユダヤ教〉カバラ思想の下に埋もれている部分を説明したフロイト ~いま生きる「資本論」(15)~
【佐藤優】講座派の特徴、「日本の特殊な型」 ~いま生きる「資本論」(13)~
【佐藤優】講座派vs.労農派、内ゲバのロジック ~いま生きる「資本論」(13)~
【佐藤優】宇野経済学は歴史学、資本主義社会の論理をつかむ ~いま生きる「資本論」(12)~
【佐藤優】『資本論』の二つの読み方 ~いま生きる「資本論」(11)~
【佐藤優】第一次世界大戦のため日本で『資本論』研究が盛んに ~いま生きる「資本論」(10)~
【佐藤優】本書は人生が苦しい原因の6割を解明する ~いま生きる「資本論」(9)~
【佐藤優】宇野経済学の面白さ ~いま生きる「資本論」(8)~
【佐藤優】自分の周りでできること二つ・補遺 ~いま生きる「資本論」(7)~
【佐藤優】自分の周りでできること二つ ~いま生きる「資本論」(6)~
【佐藤優】報酬と賃金は違う ~いま生きる「資本論」(5)~
【佐藤優】剰余価値の作り方:労働時間延長と労働強化 ~いま生きる「資本論」(4)~
【佐藤優】制約条件をわかった上でやる、突き放して見る ~いま生きる「資本論」(3)~
【佐藤優】アベノミクスとファシズム ~いま生きる「資本論」(2)~
【佐藤優】親の収入・学歴と、子どもの学力の関係 ~いま生きる「資本論」(1)~


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