語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】「わたしのいつた国」 ~擬物語詩の神秘~

2010年06月03日 | 詩歌
   何もかもかつ色の国でわたしが兄を見失つて泣いていま
   したら 兄が肩に大きな鳥をかついで戻つてきて笑いま
   した 空にはお月さまが七つも出ていたの そうしてそ
   の間を蜜蜂のように行き来している女の人がいました 
   羽はなかつたけれど・・・・ 兄が鳥の翼をむしつてまるや
   きにしてくれたわ 夜だつたわ お月さまが出てたんだ
   もの 七層倍も夜だつたわ 七つのお月さまが出てたん
   ですもの 兄がいばつておいもう寝ろつて言うけどわた
   しは知らん顔しててやつた だつて明るくてそれに何も
   かもかつ色の国で寝ちまつてるうちに 私までそんな色
   になつたら困るもの わたしはポケットから出した乾パ
   ンをかじりました あらお母さまかしら そうよお母さ
   まよあれ でもちがいました 森で何か鳥が叫んだの 
   鳥が何か叫んだのだわ そうすると山がだんだん近づい
   て来ました 糸杉ばかり沢山で でも気がついて見ると
   糸杉は七本で 丁度一本ずつお月さまを指さしてるみた
   い 谷川があつて木の橋がかかつていましたが らんか
   んはないの その上にうずくまつて兎がこちらを見てい
   ました 二匹です 空からばらばら降って来たものがあ
   つたのでおどろいて地面を見ると 小さな紙の矢印なの
   だけどこんなに一面にとりどりの方角を向いていたんじ
   やあ 何の役にも立たないわね この矢印 また兄がい
   なくなつていました わたしは待つたけど帰つて来なか
   つた 一番はじめに地面におちた矢印を見て そつちの
   方へ行つてしまつたのかしら 遠くを見ると何もかもか
   つ色でぼんやりしている お山も橋も糸杉もなくなつち
   やつた 何にもないかつ色の世界に お月さまだけ残つ
   てたわ 八つのお月さまよ いつの間に一つふえたのか
   しら そしてとつても冷たかつたわ だからよ だから
   だわ わたし泣いていたの

   *

 詩集『夏至の火』所収作品。
 入澤康夫については、「【読書余滴】現代詩における心中」でふれたが、さわりを再掲しよう。

 入澤康夫は、島根県松江市出身のフランス文学者、ネルヴァルの研究家。「擬物語詩」をつむぎだす詩人。詩集『季節についての試論 』(H氏賞 )、詩集『わが出雲 わが鎮魂』(読売文学賞)、詩集『死者たちの群がる風景』(高見順賞)、詩集『水辺逆旅歌』(藤村記念歴程賞 )、詩集『漂ふ舟 わが地獄くだり』(現代詩花椿賞 )、詩集『入澤康夫〈詩〉集成 』(毎日芸術賞 )、詩集『遐い宴楽 』(萩原朔太郎賞 )、詩集『アルボラーダ』(詩歌文学館賞 )、ほか著書多数。
 天澤退二郎らとともに原稿を綿密に校訂し、画期的な『校本 宮澤賢治全集』を刊行。さらに、その後の新発見資料や研究成果を踏まえ、全面的な本文決定、校訂作業をやり直し、『新校本 宮澤賢治全集』を刊行した(2009年3月完結)。

【参考】入澤康夫「わたしのいつた国」(『入澤康夫<詩>集成』、思潮社、1979、所収)
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