陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

バクスター自作を語る

2008-11-18 22:11:56 | 翻訳
【今日も画像は本文とは何の関係もありません】

チョコエッグ第二弾! ルイージを当てました。
チョコエッグの中身を透視する才能があるのかも!?

* * *


「グリフォン」に関して、作者であるチャールズ・バクスターが語っていました。
http://www.charlesbaxter.com/published_works/gryphon_main.htm
なかなかおもしろかったので、訳してみました。

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チャールズ・バクスターは短篇「グリフォン」について質問されることが少なくない。学生の理解を助けるために、チャールズは頻出の質問に対して、このサイトのために答えてくれた。

Question:この小説のタイトル「グリフォン」にはどのような意味があるのですか? グリフォンは、作品のなかではそこまで重要ではないように思うのですが――グリフォンというのはこの小説のなかでどのような意味を持っているのでしょう。

Baxter:フェレンチ先生はグリフォンを、自分がエジプトで実際に見た生き物だと言っています。けれども、グリフォンというのは、半身がワシ、半身がライオンという想像上の生き物です。言葉を換えれば、グリフォンというのは、現にある「部分」から成り立っているけれど、それを合成することで、この世には存在しない、新しい生き物を作りだすことになるのです。それまで誰も考えたこともないような。おそらく彼女は子供たちに対して、型にはまらない事実と可能性をあらわにしてみせることが必要だと感じていたのでしょう。もちろん、フェレンチ先生自身がどこかしらグリフォンじみている、と読むことも可能です――半分がこの世の、具体的な世界の存在、もう半分はこの世ならぬ存在として。

Question: この物語のある箇所で、フェレンチ先生は児童たちに向かって「6×11の答えが68になるのは代理の事実」であると言います。この「代理の事実」というのは物語のなかでは大きな問題となっているのでしょうか。

Baxter: 「代理の事実」ということが、単に誤りであったり不正確であったりという場合もありますが、そうでない場合、つまり神話であるとか想像力の産物である場合もあるのです。フェレンチ先生は教室の子供たちに驚くような「事実」を喜んで話してやっています。その話のなかには真実もあれば、神話もある、そうして単にほんとうではない話もある。そうやって子供たちに、不思議さに目を開いていくような感覚を伸ばしてやろうとしているのです。

Question: フェレンチ先生は子供たちに嘘をついていると思いますか?

Baxter: 物語のなかで、フェレンチ先生が自分が子供たちに嘘をついていると思っていることを指し示すような点はまったくありません。おそらく彼女は子供たちに「事実」として語る出来事が生み出されるような世界で、ほんのごくわずかなあいだだけでも、生きているのでしょう。

Question: この物語はフェレンチ先生のクラスのひとりの子供の視点で語られていますが、これは回想のかたちを採っています。もしこれが現在時制で語られていたとしたら、物語は変わったでしょうか。物語の語り手は、話が始まった時点にくらべてファイヴ・オークスに対するちがった考え方を持つようになっていたのではないでしょうか。

Baxter: わたしがこの作品を書いたときに、トミーの視点が、明らかに大人の目から見たフェレンチ先生とならないように、非常に気を遣いました(フェレンチ先生がトミーを占ったとき――彼の未来を――彼は読者にその予言が当たったかどうかを明らかにしていないことに留意してください)。わたしには、この物語には振り返っている感覚が必要なもののように思われました。わたしには、この物語をひとりの児童が、児童のままで語ることはできないように感じたのです。読者がこの物語に向かうとき、ひとりひとりが自分の気持ちを決めなければなりません。フェレンチ先生は果たして善良なのか悪人なのか、正直なのか、それとも危険なのか、刺激的な人物なのか、不適切な人物なのか。トミーが自分の考えを読者に押しつけるべきではないのです。

Question: おそらくヒブラー先生のクラスのだれもが、フェレンチ先生は奇妙な人だと思ったでしょう――わたしの目にも、一風変わった人のように映りますから。あの顔にある「操り人形の線」はどこから来たのですか? そうして、どうして彼女はあんな変な話し方をするのでしょうか?

Baxter: 最初にフェレンチ先生を見たとき、トミーはその操り人形の線を見て、ピノキオを連想します。ピノキオは、ご存じのとおり、ふたつの面で有名ですよね。まず、彼はほんものの男の子ではありません(そうなりたかったのですが)。もうひとつ、彼はうそつきだった。フェレンチ先生というのはどこかほんとうの人間ではないようなところ、まるで何ものかに紐で操られているようなところがあります。それに、わたしは昔、ほんとうに、口の両脇からシワが二本下がっている先生に教わったことがあったのです。その先生を見ているといつも操り人形を思い出したものです。そのせいもありますね。

Question: なぜ最後の段落ではこまかな事実がたくさん記されているのですか? そうしてなぜ物語はそこで終わるのですか?

Baxter: フェレンチ先生の影響を受けて、この世界のあらゆるこまごました事実から、不思議さという要素の意味の獲得が始まっていく、ということです。――この物語の結末部分にある、たとえば昆虫のようにもっともありふれたものでさえ。この物語の終わりは、ヒブラー先生が「わたしたちの知識をテストしに」もどってくるだろうというところで終わりますが、もちろんこれは同時に、フェレンチ先生を知ったあとの子供たちが、ほんとうに知ったことは何だったのか、という疑問の始まりでもあるのです。

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ずいぶんこのインタビューは参考になりました。
最初は四年生の子の語りとして訳文を作っていったのだけれど、これを読んで少し改めました。でも、やっぱりこれは大人の語り手ではないような気がする。回想ではあるけれど、ティーンエイジャーぐらいの感じにしています。だから彼自身、自分の占いが当たったかどうか、まだわからないんじゃないか、という解釈で。

ともかく、明日にはサイトにアップすると思うので、またよろしく。

うがった見方?

2008-11-17 22:28:41 | weblog
以前、人の話をすぐに引き取って、「それってこういうことでしょ」とまとめる人がいて、同席しているとだんだん不快になってくるので、こまったことがあった。なぜそれが不快なのかその当時はよくわからなかったのだが、ここでチャールズ・バクスターの「グリフォン」を訳しているとき、ふとそのことを思い出したのだった。

代理の先生のフェレンチ先生は、ある生徒が「6×11=68」と答えたのを、「はい、よくできました」と言ってしまったため、そこから「代理の事実」とか、「高等数学では6×11が66にならない場合もある」などと怪しげなことをいう羽目になってしまう。

ところがここでだれかが「それは、先生がちゃんと聞いてなかったからそういうことになったんですね」と言ったとする。すると、それで話は終わってしまうのだ。

だが、子供たちはだれひとりそんなまとめ方をしない。フェレンチ先生の言葉を額面通り受け取った上で、先生の不思議な言葉を、ひとつひとつ自分たちが知っていることと照らし合わせながら、頭を悩ませる。だから話は続いていく。

人の言ったことをそのとおりに受け取らず、うがった見方をしてしまうと、その「見方」だけが「まとめ」となって、相手の言った「言葉」も、それまでのやりとりも、かき消えてしまうのである。

これはなんでもそうだ。「この本はおもしろいよ」と誰かが言ったとする。「どこがおもしろいの?」と聞けば、そこから話は続いていく。どんなところがおもしろい、ああ、そういう本は自分も読んだことがある、こういう話はどうだろう……。

ところが「この本はおもしろいよ」という発言を、「それって読んでることを自慢してるのね」と言ってしまえば、もうそこから話は拡がりようがないのだ。そうして、わたしたちの頭には「おもしろい本」ではなく、「自慢する××」という印象だけが残る。これでは不快になるのも無理はない。

うがった見方という言い方がある。「ものごとの本質をうまく的確に言い表す」と辞書には載っている。だが、「本質」というのはいったいなんだろう。「うまく的確に言い表す」ことが、ほんとうに大切なことなんだろうか。

人が「本質」というとき、あまり表に出ていることを指したりはしない。「あの人の本質は髪が長いことだ」とは絶対に言わない(ものすごく髪の毛を大切にしている平安時代の貴族のような人ならそういう場合はあるかもしれないが)。たいてい「本質」という言葉であらわされるのは「あの人の本質は善人だ」というふうに、表面に現れない部分を指す。

そうして、多くの場合、その人の評価だけでなく、それを指摘する人が、自分の「うがった見方」「本質を突いた見方」を誇る気持ちが、程度の差はあれ、含まれていると思うのだ。

けれど、評価をすることが、そんなに重要なのだろうか。わたしたちは別に学年末に成績をつけなくてはならない先生ではないのだ。人とつきあうということは、評価することとはちがう。となると、相手の「本質」を見きわめることよりも、言葉をそのまま受け取って、そこから会話を弾ませた方が、よほどいいのではないだろうか。

少なくとも、わたしはそういう人と話がしたい。

(※チャールズ・バクスターの最終回、このログの前にアップしています)

チャールズ・バクスター「グリフォン」最終回

2008-11-17 05:22:01 | 翻訳
最終回

 沈黙が続いた。やがて、キャロル・ピータースンが手を挙げた。

「いいわよ」フェレンチ先生は言った。カードの束を五つに分けて、ぼくの席の前のキャロルのところへ来た。「それぞれの束から一枚ずつカードを引くのよ」キャロルが〈聖杯〉の4と〈剣〉の6を引いたのはわかったが、そのほかのカードは見えなかった。フェレンチ先生はキャロルの机の上のカードをしばらく眺めていた。

「悪くないわ」先生は言った。「そんなに高い教育を受けることはないでしょうね。たぶん、結婚は早いわ。子供がたくさん。何か殺風景な、砂をかむようなものがここに出てるけれど、それが何かはわたしにはわからない。たぶん、主婦としてのこまごまとした毎日かもしれないわね。あなた、きっとうまくやるわよ、ほとんどのときには」そう言ってキャロルに笑いかけたが、その表情は、先生がたいして興味を引かれていないことを示していた。「つぎはだれ?」

 カール・ホワイトサイドがおそるおそる手を挙げた。

「わかりました」フェレンチ先生は言うと「あなたの運勢を占ってみましょうね」とカールの席まで歩いていった。カールが五枚カードを引くと、長いことそれを見つめていた。「旅」と言った。「とても遠いところへ旅に出る。軍隊に入るのかもしれないわ。ここにはあまり恋愛の問題は出ていない。結婚は遅い、もしするとしてもね。だけど大アルカナには〈太陽〉のカードが出ている。これはとてもいいカードよ」そこでクスッと笑った。「きっと幸せな人生を送ることになるわ」

 つぎに手を挙げたのはぼくだった。先生はぼくの未来を占ってくれた。ボビー・クリザノウィッツにも、ケリー・マンガーにも、イーディス・アトウォーターにも、キム・プアーにも同じことをしてやった。それから先生はウェイン・ラズマーの席に向かった。ウェインは五枚のカードを引き、そのなかに死に神のカードがあるのにぼくは気が付いた。

「あなたの名前は?」フェレンチ先生はたずねた。

「ウェインです」

「あのね、ウェイン」先生は言った。「あなたは大人になる前に、大きく変身を遂げる、つまり変化を経験することになるわ。あなたの大地の要素はまちがいなく高くのぼっていくことでしょう。あなたはとてもいい少年のようだから。このカード、〈剣〉の9は、あなたが苦難に遭遇し、みじめな境遇に陥ることを示しています。そうしてこの〈杖〉の10は、そうね、これは重荷」

「じゃ、これは何なんですか」ウェインは〈死神〉のカードを指した。

「これはね、坊や、あなたがまもなく死ぬということを意味しているの」先生はカードを集めた。ぼくたちはみんなウェインを見つめていた。「だけど恐れるには及ばないわ」先生は言った。「それはほんとうに死ぬということではないの。ただ、変化するということ。あなたの大地の状態が」先生はカードをヒブラー先生の机の上に置いた。「さあ、算数をやりましょう」


 ランチタイムになると、ウェインは校長のフェーガー先生のところへ行って、フェレンチ先生がやったことを知らせた。それから昼休みのあいだに、ぼくたちはフェレンチ先生が緑色の錆びたランブラー・アメリカンに乗って駐車場から出ていくのを見た。ぼくは滑り台の下に立って、ほかの子が滑っていく音や、お皿のように少しくぼんだ先に降り立つ音を聞いていた。そこでぼくは石ころを蹴ったり、自分の髪の毛を引っ張ったりしていたら、ちょうどそのときウェインが校庭に出てきたのが見えた。やつは笑っていたが、その顔は間抜け面もいいところだった。そうして右手の指をひらひらさせながら、みんなに自分がフェレンチ先生のことをどのように伝えたか、話していた。

 ぼくはほかのクラスの女の子ふたりをどかしてウェインの前に立った、やつは頭の悪そうな小さな目で、まじまじとぼくを見た。

「おまえがチクったんだ」ぼくは怒鳴っていた。「先生は冗談を言ってただけなのに」

「あんなこと、言っちゃいけないんだ」やつも怒鳴り返した、「算数をやる時間だったんだぞ」

「おまえぶるっちゃったんだろう」ぼくは言った。「弱虫、おまえほんとに弱虫だなあ、ウェインちゃん。あんな小さなカード一枚が怖かったぐらいだもんな」ぼくははやした。

 ウェインはぼくに飛びかかってくると、両のこぶしで交互にぼくの鼻をなぐりつけた。ぼくはやつのみぞおちに、強い一発をお見舞いし、つぎに頭をねらった。こぶしを固めたところで、やつが泣いているのがわかった。ぼくは殴りつけた。

「先生はまちがってない」ぼくは叫んだ。「先生はいつだって正しかったんだ! フェレンチ先生は嘘なんて言わなかった!」ほかの子たちも加わった。「おまえ、怖かっただけだろ。怖かっただけなんだ!」

 大きな手がぼくたちを引き離した。そうして今度はフェーガー先生に話をするのはぼくの番だった。


 午後になってもフェレンチ先生は戻ってこず、ぼくの鼻の穴には血のにじんだ脱脂綿が詰めてあったし、唇も腫れていた。ぼくたちのクラスは全員、六年を持っているマンティ先生のクラスにぎゅうぎゅうに押し込まれ、午後の理科の授業はそこでどぶや沼に住む昆虫の一生について教わった。ぼくはマンティ先生がどこに住んでいるか知っていた。先生はぼくの家の近所のクリアウォーター・パークにある新しいトレイラー・ハウスに住んでいるのだ。この先生には秘密などなにもなかった。

マンティ先生と、四年のもうひとりの先生であるボーダイン先生――四年の別のクラスの先生だ――は、なんとか四十五脚の机を教室に押し込んだ。ケリー・マンガーが、フェレンチ先生は逮捕されたんですか、と聞き、マンティ先生は、もちろんそんなことはありませんよ、と返事をした。

 その日の午後は帰りのバスが来るまで、ぼくたちはコオロギや二本の縞のあるバッタ、チャバネゴキブリやセミ、カ、ハエ、ガなどについて勉強した。昆虫の固い外側の殻の外骨格や、ふつうは口と呼ばれている、上唇、下顎、上顎、中舌を教わった。複眼も、卵から幼虫、さなぎを経て成虫にいたる四段階の変態も習った。ほかにも、交尾について、それほど深くはなかったが、ざっと習った。マンティ先生はたくみな手つきで、黒板にバッタの解剖図を描いた。ミツバチが、巣のなかのほかのハチに花粉の場所を教えようとダンスをすることも習った。ぼくたちは人間に対して害のある昆虫と、そうではない昆虫の区別をつけられるようになった。ぼくたちは、線の引いてある白いに紙に、肉眼で見ることのできる昆虫の一覧表を作り、また別の紙に、はっきりと見ることのできない昆虫、たとえばノミとかのような昆虫の一覧表を作った。マンティ先生はぼくたちに、明日までにこの表を暗記してくるのが宿題よ、と言った。明日はきっとヒブラー先生もいらっしゃって、あなたたちがわかっているかどうかテストなさいますからね、と。


The End



(※後日手を入れてサイトにアップします)


チャールズ・バクスター「グリフォン」その8.

2008-11-15 22:31:27 | 翻訳
その8.

 下校のとき、カールがまたぼくの隣りにやってきた。ほとんど口を開かなかったが、それはぼくも同じだった。だいぶたってから、カールはぼくの方を向いた。「あのな、虫をつかまえる草のこと、先生が言っただろ?」

「なんだって?」

「草の話だよ」カールはなおも言った。「食虫植物だ。あれ、ほんとの話なんだ。テレビで見たんだ。葉っぱから、ねとねとした糊みたいなものが出てて、草全体を覆ってるんだ。だから虫はくっついたらもう逃げられなくなる。前に見たんだ」カールはとまどってるみたいだった。「先生、やっぱほんとのことを言ってんだな」

「うん」

「じゃ、天使を見たことがあるってのは?」

 ぼくは肩をすくめた。

「それはないんじゃないかな」カールはそっと言った。「あっちはでっちあげだ」

「木が一本あります」ぼくはだしぬけに言ってみた。窓の外の郡道H号線沿いに続いていく農場に目をやった。ぼくは納屋を全部知っていた。壊れた風車小屋も、柵のひとつひとつも、無水アンモニアのタンクも、どれもそらで言えるほど知っていた。「木が一本あります……わたしが前に見たことのある……」

「やめろったら」カールは言った。「イカれてるみてえだぞ」



 ぼくはママにキスをした。ママは調理台の前に立っていた。「今日はどんな一日だった?」ママが聞いた。

「楽しかったよ」

「今日もまたフェレンチ先生がいらっしゃったの?」

「うん」

「で、どうだったの?」

「おもしろかったよ、ママ、部屋に行っていい?」

「ちょっと待って、その前に菜園に行ってトマトを何個か、採ってきてくれない?」ママは空を見上げた。「雨が降りそう。大急ぎで行ってきて。戻ってきたら、ちょっとでいいから弟の相手をしててくれる? ママ、ちょっと二階に上がってるから。晩ご飯の前に、掃除をしておきたいの」ママはぼくに目をやった。「ちょっと顔色が悪いみたい、トミー」ママが手の甲をぼくの額に当てたので、ダイアモンドの指輪がぼくの皮膚にふれた。「調子、悪くない?」

「大丈夫だよ」そう言って、ぼくはトマトを採りに外へ出た。



 音のしないように咳をしながら、次の日、ヒブラー先生が戻ってきたが、45分おきに向こうを向いてトローチを口のなかに滑り込ませているようすだった。フェレンチ先生は自分の立てた授業計画をどこまで消化したか、ぼくたちに聞いた。イーディス・アトウォーターがクラスを代表して、ヒブラー先生に説明する役を引き受けた。代わりの先生は、ヒブラー先生が教えるのと、まったく同じやり方ではなくて、たくさん話をしましたが、わたしたちは一生懸命勉強しました。何の話をしたのかね? とヒブラー先生は聞いた。いろんな話です、とイーディスは応えた。あんまり覚えてません。ぼくたちはみんなほっとしたのだが、ヒブラー先生は、フェレンチ先生がどんな話をしていたか、まったく興味を示さなかった。おそらく、女がよくやるような話だと思ったのだろう。他愛のない、授業中にはあまりふさわしくはないような。直してやらなければならない算数プリントの山を目にして、それで十分だと思ったのだろう。

 翌月になり、校庭のウルシは鮮やかに紅葉し、太陽は少しずつ南の空に移動した。教室の後ろの掲示板にヒブラー先生が用意したハロウィーンの飾りのところにまで日差しは伸びて、カカシのカボチャ頭もオレンジから淡褐色に色が褪せていった。

 三日おきにぼくは太陽がどれだけ南地平線に移動しているか計測しようと、北側の壁に黒いクレヨンで小さな印をつけた。アリぐらいの大きさの印だから、そこにそんなものがあることはぼくしか知らなかった。

 十二月の初め、その年初めて積もった雪が溶けてしまわなかった日から四日が過ぎて、あの人がまたぼくたちの教室にやってきた。教室のドアを開けた瞬間、ぼくの心臓がドキドキし始めた。あの人は、またしても別人のようになっていた。今度は髪の毛をまっすぐ垂らしていたが、ほとんど櫛を入れてない感じがした。ランチボックスは持っていなかったが、小さな箱のようなものを持っていた。ぼくたちに挨拶してから、天気のことを話した。ドナ・デシャーノが、先生、コートを脱いだらどうですかか、とそれとなく言った。

 しばらくして始業ベルが鳴り、フェレンチ先生はぼくたちを見渡して言った。「みなさん、このまえはみなさんとご一緒できて、ほんとうに楽しかったわ。だからきょうはみなさんにそのお礼をしようと思ったの」小さな箱を持ち上げた。「これが何かわかる?」しばらくようすをうかがった。「もちろんわからないわね。これはタロット・カードよ」

 イーディス・アトウォーターが手を挙げた。「フェレンチ先生、タロット・カードってなんですか?」

「これはね、運勢を占うのに使うのよ」先生は言った。「今日の午前中はこれを使おうと思ってるの。わたしがみなさんの運勢を占ってあげます。わたし、どうやったらいいか教わったのよ」

「運勢って何ですか?」ボビー・クリザノウィッツが聞いた。

「未来のことよ、君のね。わたしはあなたがこれからどうなっていくかわかるの。もちろん将来のすべてはわからないわよ。わたしがやるのはファイヴ・カードというやり方だけ。杖、聖杯、剣、ペンタクル、それから大アルカナを使います。さあ、最初に占ってほしいのはだれ?」


(次回いよいよ最終回)


チャールズ・バクスター「グリフォン」その7.

2008-11-14 23:17:13 | 翻訳
【※画像は本文と関係ありません】

今日思い立って買ったチョコエッグで、マリオが当たった!
ワリオとかファイヤーフラワーの可能性だってあったのに、マリオなんて大当たり!
つぎはルイージが当たらないかな。

* * *


その7.

 フェレンチ先生はつぎの日もやってきたが、少し感じがちがっていた。髪の毛をおさげにして両側にたらし、先から三センチぐらいのところを赤いゴムできつく結わえていた。緑色のブラウスにピンクのスカーフを巻いているせいで、なんだか授業のあいだじゅう見ているのがつらい感じだった。今日は読解の授業だの算数だのと、そんなものをやるふりはいっさいしなかった。始業ベルがなるとすぐに、先生はいきなり話を始めたのだ。

 四十分間、先生はぶっ通しで話した。話のあいだにほとんどなんのつながりもなさそうだったが、話それ自体は、あの辞書に書いてあったとおり、不思議な(fabulous)ものばかりだった。

とんでもなく大きな宝石の話を聞いたことがあるの。対蹠地(という言葉を先生は使った)にその宝石はあってね、ある角度から光が差しこむと、その中心を見た人はだれでも目が見えなくなってしまうのよ。こんな話もあるわ。世界一大きなダイアモンドは呪われていて、それを所有した人はみんな死んでしまうの。ところがそれは運命のいたずらで、“希望のダイアモンド”と呼ばれてるの。ダイアモンドにはどれも魔力があるのよ。だから女の人は指にはめるの、女らしさという魔力のしるしにね。男は強さを持ってるけど、ほんとうの魔力は持ってない。だから男は女に恋をするけれど、女が男に恋をすることはないのよ。ただ愛されることが好きなだけ。ジョージ・ワシントンが死んだのは、ダイアモンドのことで過ちを犯してしまったからなの。ワシントンはほんとうの初代大統領じゃないのよ(だが、それが誰だったかは言わなかった)。世界には、男も女も木の上に住んでいて、朝食にサルを食べているようなところもあるのよ。そこでは呪術師がお医者さんなの。海の底の生き物は、パンケーキみたいに薄っぺらで、科学者たちも未だに研究することができないの。だってその魚を引き上げて空気に触れさせると、破裂してしまうから。

 教室は、フェレンチ先生の声と、ドナ・デシャーノが咳をするほかは、物音一つしなかった。トイレに行こうとする子さえいなかった。

 ベートーヴェンは――先生の話は続いた――耳が聞こえなかったわけではないの。有名になるための策略で、それがうまく当たったのよ。話すにつれて、フェレンチ先生のおさげは前後に揺れた。世界には肉食の木があるの。その葉っぱはねばねばしていて、ちょうど手を合わせるみたいに、虫を捕まえちゃうのよ。そう言いながら両手を上げて、手のひらをぱたんと合わせてみせた。金星のことをほとんどの人は、太陽から二番目の位置にある惑星だと思っているけれど、いつもそんなに近いわけじゃないのよ。それに金星はものすごく謎の多い惑星なの。厚い雲に覆われてるから。

「でもね、わたしは雲の下に何があるのか知ってるの」フェレンチ先生はそう言って言葉を切った。それから「天使たち。天使が雲の下に住んでるの」それから先生は、天使は誰もに見えないわけではなく、実際には人びとが考えているより利口なのだと教えてくれた。天使たちはよく言われるように、ローブのようなものを着ているわけではないの。もっとフォーマルなイヴニング・ドレスのようなものを着ているのよ、ちょうどコンサートにでも行くように、と。ときどき天使がコンサートにやって来て、通路に腰かけていることもあるの。そんなところにいる彼らをたいていの人は気にも留めないけれど。でもね、何よりもおそろしいのはスフィンクスの姿をした天使。「誰もその天使からは逃れられないの」

オハイオ州の地表のすぐ下には消すことのできない火が燃えているのよ。モーツァルトは赤ちゃんの時に、初めてトランペットの音を聞いて、ゆりかごのなかで気を失ったの。ナージム・アル・ハラーディムという人は、歴史上最大の作家だったのよ。惑星は人の行動をコントロールしていて、日食のときに受胎した人はみな、足に水かきのある子供を産むことになるの。

「あなたがた子供は、こんな話を聞くのが大好きだということをわたしは知っています。」彼女は言った。「こんな秘密の話。だからわたしがこんな話をしているの」ぼくたちはうなずいた。こんな話を聞くのは、読解の教科書の「広い視野」の問題を解くよりずっと楽しかった。

「最後にもうひとつだけお話をしてあげるわ」と先生は言った。「それから算数の問題に取りかかることにしましょう」

フェレンチ先生は身を乗り出し、低い声で言った。「死は存在しないのです。恐れてはなりません。決してね。死ぬことなどありえない。地上やあの世で様態が変化するだけなのよ。わたしにはこれが、わたしがみなさんの前に立っているくらい、確かなことなんです。誓ってもいいのよ。だから恐れてはだめ。わたしはこの真実をこの目でみたの。夢のなかで神様がキスしてくれたから、それがわかったわ。ここに」そうして先生は右の人差し指で、口の両端からまっすぐに下に伸びる二本の線を示した。


 うわのそらのまま、ぼくたちは算数の問題を解いた。休憩時間になると、クラスの子供たちは運動場に出たが、だれひとり遊びはしなかった。ぼくらはみな数人ずつのグループに分かれて、フェレンチ先生の話をした。ぼくたちには、彼女の頭がおかしいのかどうか判断がつかなかった。ぼくは校庭の向こうに目をやり、ウルシの茂みの向こうに錆びた車が山と積み上げられているのを眺めた、そこにある車がこっちにやってくればいい、と思い、それが見たいと思った。

(この項つづく:たぶんあと二回で終わります)



チャールズ・バクスター「グリフォン」その6.

2008-11-13 22:42:34 | 翻訳
その6.


「あの先生、嘘ばっかり言ってら」

 ぼくたちはスクールバスに乗って、家に帰っているところだった。ぼくの隣りに坐っていたのはカール・ホワイトサイドで、息は臭いがビー玉の大変なコレクションを持っているやつだった。カールは、先生は嘘を言っていると考えたらしかった。ぼくは、たぶんちがうよ、と反対した。

「あの鳥がどうとかいう話を真に受けるわけがないだろ」カールは言った。「おまけにあいつがピラミッドのことをどういうふうに言ったよ? あんな話が信じられるわけがないだろう。自分が何を言ってるのか、わかってんのかね」

「そうか?」ぼくは先生に引きつけられるようになっていた。とにかく変わっていた。カールならへこますことができるにちがいない。「もしさ、ほんとに先生が嘘を言ってるとしたら」ぼくは言ってやった。「いったいどこが嘘なんだ?」

「6×11は68なんかじゃない。絶対ちがう。66だ。これは確かだ」

「先生だってそう言ったじゃないか。その点は認めてた。ほかにどんな嘘をついた?」

「わかんねえよ」カールは言った。「まあいろいろさ」

「いろいろって?」

「そりゃ」話しながら足をぶらぶらさせた。「おまえさ、半分がライオンで半分が鳥なんていう生き物を見たことがあるか?」そう言いながら腕組みをした。「なんかやたらうさんくせえんだよ」

「ほんとにいるかもしれない」ぼくはカールをやっつけるために、話をでっちあげなければならなくなった。「うちのママがIGAスーパーで買った新聞で、科学者の話を読んだんだけど、そいつはさ、スイスのアルプスに住んでたんだけど、頭がいかれた科学者でね、遺伝子とか染色体とか何やかや、試験管のなかで一緒にして、人間とハムスターを合体させたんだ」ぼくは話に信憑性をもたせるために、言葉を切った。「ヒュームスターの誕生だ」

「まさか」カールは口をぽかんと開けたまま、ぼくをじっと見た。臭い息がまともにぼくの顔にかかった。「なんて新聞だ?」

「ナショナル・エンクワイヤー」ぼくは言った。「レジ脇で売ってるやつ」カールを見ると、ああ、それなら知ってる、という表情が浮かび、自分がうまくやったことがわかった。「でさ、その気ちがい科学者の名前はね、えーと、フランケンブッシュ博士だ」言ってしまってから、しまった、その名前は失敗だった、と気がついた。カールが、その名前はあの気ちがい科学者のもじりだな、と言い出すのを待ちかまえたが、カールはそこに坐っていただけだった。

「人間とハムスターだって?」カールは気持ち悪そうに口をゆがめたまま、まじまじとぼくを見た。「おえっ。そいつどんな格好なんだ?」


 バスがぼくの降りる場所に停まった、バスを降りて、舗装していない道を通り、裏庭を走って抜けるとちゅうで、幸運のおまじないにタイヤのぶらんこを蹴飛ばした。教科書を裏の階段のところに放り出して、イヌのセルビー氏を抱きしめてキスしてやった。それから急いでなかに入った。芽キャベツを料理しているにおいがする。ぼくの大嫌いな野菜だ。母は流しで何かほかの野菜を洗っているところで、赤ん坊の弟は、台所の床に置いた黄色いベビー・サークルのなかで何か大きな声で言っていた。

「ママ、ただいま」ぼくはベビー・サークルをひょいと飛んで避け、ママにキスした。「ねえ、知ってる?」

「どうしたの?」

「今日ねえ、代理の先生が来たんだ、フェレンチ先生っていうの。いままで見たことのない人だよ。いろんな話とか考えとか、いろいろ教えてくれたんだ」

「そう、それは良かったわね」ママは流しの前の窓の外に目をやっていた。視線の先には家の西にある松の林がある。昼下がりのこの時間、ママの肌はいつもとても白く見えた。よその人はいつもママのことをベティ・クロッカー、インスタントビスケットミックスの箱の横で大きなスプーンと一緒に印刷されている人によく似ていると言う。「あのね、トミー」ママは言った。「二階へ上がって、バスルームの床に脱ぎっぱなしの服を拾っておきなさい。それから納屋へ行って、今朝パパが使ったままになってるシャベルと斧を戻しておいてくれるかしら?」

「先生はね、6×11が68になることもあるって言ったんだよ!」ぼくは言った。「それから、先生は半分ライオンで半分鳥の怪物を見たことがあるんだ」ぼくはママの返事を待った。「エジプトでね」

「わたしの言ったことが聞こえた?」ママはぼくに聞きながら、腕を上げ、手の甲で額の汗をぬぐった。「自分のしなきゃいけないことをやってちょうだい」

「わかってるよ」ぼくは言った。「ぼくはただママに代わりの先生のことを聞かせてあげたかっただけなんだ」

「とってもおもしろかったわよ」ママはちらっとぼくを見た。「だけどその話ならあとでまたできるでしょ。いまはしなきゃいけないことをやってね」

「わかったよ、ママ」ぼくはカウンターのびんのなかからクッキーを一枚取って、外に出ようとしたとき、あることを思いついた。走ってリビングルームに行くと、テレビ台の横の辞書を引っ張り出して、Gのページを開いた。五分ほどして、その言葉を見つけた。
【Gryphon】:griffin の異形つづり。
【Griffin】:ワシの頭と羽を持ち、ライオンの胴体を持つ伝説上の(fabulous)動物。
とびきりすばらしい(fabulous)というのはまさに正しい。ぼくは勝利の雄叫びを上げると、パパの道具を片づけに外へ駆けだした。

(この項つづく)

チャールズ・バクスター「グリフォン」その5.

2008-11-12 22:29:26 | 翻訳
その5.

 昼休みが終わって、ぼくたちが教室に戻ると、フェレンチ先生は黒板の樫の木のとなりにピラミッドを書いていた。野球をしていたぼくたちは、教室の後ろでわいわいさわぎながら、バットやグローブを用具入れに放り込み、レイ・ショーンツェラーがぼくをぶん殴った。そのとき、フェレンチ先生の、甲高い、ヒステリックにふるえる声がした。「そこの男の子たち!」先生は言った。「静かにしていますぐ席に着きなさい。授業時間をムダにしたくないの。地理の教科書を出して」ぼくたちはのろのろと着席すると、まだ汗をしたたらせながら『遠い国と異国の人びと』の本を引っ張り出した。「42頁を開いて」三十秒ほど待ってから、ケリー・マンガーの方に向き直った。「あなた」と声をかけた。「どうしてまだ机のなかをごそごそしているの?」

 ケリーは足を踏んずけられたような顔になった。「ぼく、何かしましたか?」

「あなたはどうして……そんなふうに机のなかに頭を突っ込んでるの?」

「ぼく、本を探してるんです、フェレンチ先生」

ボビー・クリザノウィック、完全無欠のおべっか野郎、自分から進んで最前列の席を陣取っているやつが、そっと言った。「あの子はケリー・マンガーっていうんです。自分のものを見つけられないんです。いつもああなんだ」

「名前なんてどうだっていいの、とくに、お昼ご飯のあとではね」フェレンチ先生は言った。「本はあった?」

「ありました」ケリーが机のなかをのぞきこみながら、両手で本を引っ張り出すと、手前の鉛筆やクレヨンも一緒に出てきて、膝の上に落ち、さらに床に転がった。

「先生は、整理整頓できていないのが一番きらいよ」フェレンチ先生は言った。「机のなかにしても、頭のなかにしても、整理整頓できていないと、すごくいやな気持ちがするの。それって……不衛生だと思わない? もしあなたがおうちにいるとき、家のなかがまるで学校の机のなかみたいだったらどうする?」答えを待たずに言葉を続けた。「わたしだったらいやよ。自分の家のなかというものは、人間の手でできるかぎり、きちんとしておくべきなの。あら、何を話していたのでしたっけ? エジプトでしたね。42ページを開いて。ヒブラー先生の授業計画にあったのですが、みなさんはエジプトの灌漑様式について話し合ったんですね。興味深いけれど、わたしが思うに、わたしたちがこれからやろうとすることにくらべれば、それほどでもないようね。ピラミッドとエジプトの奴隷労働者。その良い面と悪い面について、見てみましょう」ぼくたちが42ページを開くと、そこにはピラミッドの写真はあったが、フェレンチ先生は教科書など見てはいなかった。そのかわりに、窓のすぐ外の何かをじっと見つめていた。

「ピラミッド」フェレンチ先生は窓の外を見たまま言った。「あなたたち、ピラミッドのことを想像してみて。その内部はどんなふうになっているか。まず、ファラオの遺体があるのは当然ね。それから一緒に埋葬された宝。巻物。おそらくね」フェレンチ先生はすごくうれしそうだったが、笑みは浮かべていなかった。「その巻物はたぶんファラオのための小説みたいなものだったのよ、何世紀にも及ぶ、長い長い旅行のあいだの暇つぶしのためにね。あら、もちろんこれは冗談だけど」ぼくはフェレンチ先生の顔の皮膚に刻み込まれた線をながめていた。

「ピラミッド」フェレンチ先生は続けた。「それはね、宇宙の力がそこに保存されていたの。ピラミッドの本質は、宇宙の力を導いて、ある一点に集中させるところにあるんです。エジプト人はそのことを知っていた。わたしたちはもうそのことを覚えてはいないけれど。みんなはそのことを知ってた?」そう尋ねると、教室の反対側まで歩いていって、コートの入っているクロゼットの脇に立った。「ジョージ・ワシントンにはエジプト人の血が流れていたのよ。お祖母さんからのね。合衆国憲法のなかには、はっきりとエジプト人の考え方が見て取れるわ」

 教科書をちらりとも見ずに、エジプト人の宗教に見られる魂の進展について話し始めた。人が死ぬと、その魂はオオアリクイかクルミの木になって、地上に戻ってくる。どちらになるかは、その人が生きているあいだにどうふるまったか――「善」か「悪」か――によるのだ、と。それから、エジプト人は、人びとは、潮の干満を引き起こす太陽系の磁力に従って行動すると信じていた、太陽系の磁力とは、太陽と「惑星の同志」である木星が生み出す力のことだ、と教えてくれた。それからまたこうも言った。木星が惑星であると、わたしたちは聞かされてきましたが、「ある種の恒星の性質」も持っているのです。

先生はひどく早口だった。エジプト人は偉大な探検家であり、征服者でした。でも、征服者のなかでもっとも偉大な征服者は、ジンギス・カンです。ジンギス・カンの墓には、四十頭の馬と四十人の若い娘が殺されて埋葬されました。

ぼくたちは聞いていた。口を挟む者はいなかった。
「わたしもエジプトには行ったことがあるのよ」先生は言葉を続けた。「砂埃をたっぷりと、残虐なふるまいをどっさり目にしてきたの」それから、エジプトではサーカスで働いていた老人に、檻のなかの動物を見せてもらった話をした。その動物は、実は怪物で、半分が鳥、半分がライオンだった。その怪物はグリフォンと呼ばれていて、先生はそれまで話には聞いたことがあったが、カイロ郊外を旅行するまで、実際には見たことがなかったのだそうだ。先生は黒板に大文字で「GRYPHON」と大きく書いた。それから、古代エジプトの天文学者が土星を最初に発見したのだが、輪を見つけることはできなかった、と話した。そのほかにも、犬が病気になると、川の水を飲まずに、口を開けて雨が降ってくるのを待つのを初めて発見したのもエジプト人だった、と教えてくれた。


(この項つづく)

チャールズ・バクスター「グリフォン」その4.

2008-11-11 22:44:59 | 翻訳
その4.

 つぎの三十分間、ぼくたちは残りの算数の問題を解いた。それを提出すると、今度は書き取り、ぼくの一番きらいな科目になった。書き取りはいつも昼食の前にやる。ぼくたちは読み上げられた言葉をつづり、つぎに時計を見た。

「端から端まで(Thorough)」フェレンチ先生が言った。「境界(Boundary)」先生は広げた書き取りの教科書を手に、ぼくたちの書いている用紙を見下ろしながら、机のあいだの通路を歩いていた。「バルコニー(Balcony)」

ぼくは鉛筆をぎゅっとにぎった。なんだか先生がそういう言葉を口にすると、外国語みたいに、母音も子音もちがうふうに聞こえた。ぼくは自分の書いたつづりをじっと眺めた。“Balconie”。鉛筆を逆にして消しゴムでちがっているところを消した。“Balconey”。多少ましにはなったけれど、まだちがっている。ぼくはつづりの世界を呪い、ふたたび消すと、紙が薄くなりかけてしまった。“Balkony”。急に手がぼくの肩にかかった。

「わたしもその言葉はきらい」フェレンチ先生は、身をかがめて、ぼくの耳に口を近づけてささやいた。「醜いわよね。もしあなたがその言葉がきらいだったら、使う必要なんてないとわたしは思うのよ」先生は体を起こして離れていったが、かすかにクロレッツの匂いが残った。

 ランチタイムになったので、ぼくたちは教室を出て、トレーにスロッピー・ジョー(挽肉をトマトソースで味付けしたもの。パンにはさんで食べる)、シロップに浸ったモモ、ココナッツクッキーと牛乳をのせて、教室に戻ってきた。教室ではフェレンチ先生が席にすわって、しっかりと輪ゴムで留めたパラフィン紙を開いて、何か茶色いねばねばしたものを食べようとしているところだった。

「フェレンチ先生」ぼくは手を挙げて言った。「先生はぼくたちと一緒に食べなくていいんです。ほかの先生がたと一緒に食べればいいんです。先生専用のラウンジがあります」最後に付け加えた。「校長室の隣です」

「ありがとう。だけどいいの」先生は言った。「ここにいるほうがいいわ」

「だけど、クラスのお世話をしてくれるボランティアの人がいるから」ぼくは説明した。「エディさんです」ぼくはジョイスとジュディのお母さんで、教室の後ろに坐って編み物をしているミセス・エディを示した。

「それでかまわないのよ」フェレンチ先生は言った。「わたしはここで食べることにします。あなたがたと一緒にね。ここのほうがいいのよ」もう一度そう言った。

「どうしてですか」ウェイン・ラズマーが手も挙げずに聞いた。

「今朝、授業が始まる前にほかの先生がたとお話したのよ」そう言うと、フェレンチ先生は茶色い何かに噛みついた。「つまらないことをああだこうだ、やかましいったらないの。あの手のさわぎは好きじゃない。コピー機みたいなジョークにはうんざりよ」

「へえ」ウェインは言った。

「何を食べてるんですか?」マキシーン・シルヴェスターが鼻をくんくんさせながら聞いた。「それ、食べ物なの?」

「もちろん食べ物に決まってるじゃない。イチジクの詰め物よ。これを買うために、わざわざデトロイトまで行かなきゃならなかったんだから。それからチョウザメの薫製もあるわよ。あとそれから」そう言ってランチボックスから緑色をした葉っぱを取り出した。「生のほうれん草。今朝、採ってきたの」

「なんで生のほうれん草なんか食べるの?」マキシーンが聞いた。

「健康にいいからよ」フェレンチ先生は言った。「ソーダ水や芳香塩なんかよりずっと気持ちがしゃきっとするの」ぼくはスロッピー・ジョーを食べながら、窓の外をぼんやり眺めていた。透き通ったような月が、昼間の秋空を背に薄く銀色に光っている。「食事というものは」フェレンチ先生は話していた。「さまざまな食品を混ぜ合わせて食べるべきなのよ。まぜこぜにするの。ほとんどの人がたべているのは……まあいいわ、気にしないで」

「フェレンチ先生」キャロル・ピータースンが言った。「午後は何を勉強するんですか」

「そうね」先生はヒブラー先生が作った授業計画に目を落とした。「あなたたちのヒブラー先生は、エジプト人についての項目を予定していたみたいね」

キャロルはうめくような声を出した。「えぇぇ」

フェレンチ先生は言葉を続けた。「それをわたしたちはやりましょう。エジプト人について。立派な人びとよ。アメリカ人とほとんど同じくらい。まったく同じとまではいきませんけどね」先生はうつむくと、一瞬だけ笑顔になって、またほうれん草を食べ始めた。

(この項つづく)

チャールズ・バクスター「グリフォン」その3.

2008-11-10 22:33:01 | 翻訳
その3.

「フェレンチ先生!」双子のエディ兄弟のひとりがむちゃくちゃに手を振った。「フェレンチ先生、フェレンチ先生!」

「なんですか?」

「ジョンは6×11は68だと言ったのに、先生はよくできました、って言いました!

「そう言った?」先生は操り人形の顔をがくりと動かして笑顔になると、教室を見渡した。「わたし、そんなことを言ったかしら? そう、じゃ6×11は何になりますか?」

「66です!」

 彼女はうなずいた。「ええ。そうね。でもね、わたしがこんなことを言うとなかには反対する人もいるでしょうけど、ときに68になることもあるのよ」

「いつですか? 68になるのはどんなときなんですか?」

 ぼくたちはみんな待ち受けた。

「高等数学というのはね、あなたがたのような子供には理解できないでしょうが、6×11が68になることもありうるの」先生はふふん、と鼻で笑った。「高等数学では、数は……もっと流動的なものなのよ。数についてはっきりしているのはたったひとつ、ある一定の範囲に相当するということだけ。水のことを考えてみて。カップ一杯分というのが、ある量の水を測るたったひとつの方法ではないわよね。そうではなくて?」

 ぼくたちはじっと先生を見つめたまま、うなずいた。

「鍋をつかうことも、指ぬきを使うこともできるわよね。どちらを使っても、水を同じ量にすることはできます。おそらく……」言葉を続けた。「あなたがたはこう考えた方がいいわ。わたしが教室にいるときだけは、6×11が68になるんだ、って」

「どうして68なんですか」マーク・プーレが聞いた。「先生が教室にいるときだけ」

「だってその方がおもしろいじゃない」そう言うと、水色がかったレンズの奥の目に、ぱっと笑みが浮かんだ。「それにわたしはみなさんの代理の先生でしょう?」わたしたちはみんなうなずいた。「そうね、じゃ、こんなふうに考えたらどうかしら。6×11が68というのは、代理の事実だって」

「代理の事実ですか?」

「そうよ」先生はぼくたちを注意深く見渡した。「代理の事実ということで、だれか困る人がいるかしら?」

 ぼくたちは先生を見つめ返した。

「窓辺に置いた鉢植えが困る?」ぼくたちは鉢植えの方を見た。緑のプラスティックの鉢のオジギソウはよく育っていたが、小さな素焼きの鉢のシダは元気がなかった。

「あなたたちのお家にいるイヌやネコは困る? あなたたちのお母さんやお父さんはどう?」先生は待った。「ね」ここで先生は断定した。「なにか問題がある?」

「でも、それはちがってます」ジャニス・ウィーバーが言った。「そうじゃないですか」

「あなたの名前は? お嬢さん」

「ジャニス・ウィーバーです」

「で、あなたはそれがまちがってるって思うのね、ジャニス」

「わたしはただ聞いただけです」

「そう、わかりました。あなたはただ聞いただけなのね。わたしたちはもうこの時間には十分すぎるほどの時間を割いたように思うの。みなさんはどう? あなたたちがどう考えようと、それはあなたたちの自由です。あなたたちの担任、ヒブラー先生が戻っていらっしゃったら、また6×11は66になって、みんなもそのことには何も疑わずにいられるんでしょうね。そうしてそれはあなたたちがファイヴ・オークスで過ごす残りの一生のあいだずっとそうなのよ。なんてひどいこと、ね?」先生は眉を上げると、目をきらりと光らせてぼくたちを見た。「だけど、いまだけはそうじゃなかったの。だけどもういいわ。わたしたちはあなたたちの今日やることになっている課題を片づけることにしましょう。ヒブラー先生が授業計画を苦心して作られたのですものね。紙を一枚出して、自分の名前を左上の端に書いて」


(この項つづく)

チャールズ・バクスター「グリフォン」その2.

2008-11-09 22:34:11 | 翻訳
その2.

 ぼくたちの方を向いた彼女は歳がよくわからなかった――大人にはちがいなかったが――が、その顔には、口の両脇から顎にかけて二本の線がくっきりと縦に伸びていた。その線には見覚えがあった。ピノキオだ。操り人形の線なのだ。

「みなさんはわたしのことをずいぶんじろじろ見ているようですけど」彼女はそう言ったが、そのとき、最後のスクールバスで来た子たちが教室に入ってきて、その子たちの目も釘付けにされていたのだ。「でももうちょっとしたら始業ベルが鳴りますからね。そうしたらもうじろじろ見ることは許しません。こちらを見ることはかまわないわ。だけど、じろじろはだめ。じろじろ見るのはお行儀が悪いことだし、育ちが悪いしるしです。人のことをじろじろ見るようでは、ちゃんとしたおつきあいできませんからね」

 ハロルド・ナーダールはぼくの方には目を走らせるでもなく、つつくこともしなかったが、ひそひそ声が聞こえた。
「火星人」
ひとつのジョークでもっと受けようとして、いま来たばかりの子供たちに、同じことを言っていた。

 生徒全員が着席したころ、代理の先生も木を描き終えて、ひどく神経質な仕草でチョークを蓄音機の上に置くと、手を払い、ぼくたちの方を向いた。

「おはよう」彼女は言った。「わたしはミス・フェレンチ、今日一日、あなたがたを教えることになります。この町には来たばかりなので、みなさんはわたしのことを知らないでしょうね。ですからまずわたしのことをお話しましょう」

 ぼくたちが深く椅子に座り直したのを見て、フェレンチ先生は話し始めた。なんでも先生のお祖父さんはハンガリーの王子だったのだそうだ。先生のお母さんはフランダースとかいうところで生まれて、やがてピアニストになり、先生の言葉でいうと「王冠をかぶった人びと」のために演奏会を開いたのだそうだ。先生は何でも知っている、と言わんばかりの顔で続けた。「グリーグはノルウェーの大作曲家で、ピアノ協奏曲を書きましたが……」――ここでいったん言葉を切った――「わたしの母がロンドンでデビューしたコンサートで、それを演奏して大成功を収めたのです」先生の目は天井をまじまじと見た。ぼくたちもそれに続いた。天井パネルしかそこにはなかった。

「ある理由から――詳しくはふれませんが――わたしたち一家の運命は、デトロイトに移ることになり、それから北部のサギノーといういやなところに引っ越したのです。それからこうしていまファイヴ・オークスにいます。あなたがたの代理の先生として、今日、10月11日木曜日にね。今日はきっとすばらしい日になることでしょうね。天気予報はみんなそう言っています。では読解の授業を始めましょう。教科書を出してください。『広い視野』みたいな標題がついていたのじゃなかったかしら」

 ジーニー・ヴァーミーシュが手を挙げた。フェレンチ先生はうなずいてみせた。

「ヒブラー先生はいつも『忠誠の誓い』(※アメリカの小中学生は毎朝星条旗に向かって右手を左胸に当てて「わたしはアメリカ合衆国の国旗と、国旗が象徴する共和国、神のもとに統一され、不可分の、すべての人びとに自由と正義が約束された国に忠誠を誓います」という)から始めますけど」とジーニーは愚痴っぽく言った。

「あら、そうなの? でもそれなら」とフェレンチ先生は言った。「あなたがたはもういまじゃすっかり暗記してるでしょ、だからわざわざそのために時間を使う必要はないでしょう。ええ、今日に限っては『忠誠の誓い』はなしにして大丈夫だと思います。教室はこんなにお日様の光でいっぱいなんだもの。誓いなんて気分じゃないわよね」そう言うと、腕時計に目を落とした。「光陰矢の如し、よ。『広い視野』を出して」


 フェレンチ先生がやったのは普通の授業で、語彙を完成させて、練習問題をやり、読解問題をやって復習までやったので、ぼくたちはがっかりしてしまった。それでも先生は教材があまり気に入らないようすだった。数分ごとにため息をつき、手品師がやるみたいに左の袖口からフリルのついたハンカチを引っ張り出して、眼鏡を拭くのだった。

 読解の授業が終わると、算数になった。午前のぼくの一番好きな時間、穏やかな秋の日の光がリボンみたいな雲のあいだから、教室の東の窓に差しこんでくる。そこからリノリウムの床にそっと伸びていくのだ。校庭では最年少の子供たち、幼稚園児たちがジャングルジムの向こうのシバムギの上を走り回っていた。ぼくたちはかけ算をやっていた。フェレンチ先生は最前列のジョン・ワズニーを立たせた。ジョンは六の段をやることになった。ぼくの坐っているところからも、ジョンのぺったりとなでつけた頭のヴァイタリスの臭いをかぐことができた。ジョンは6×11と6×12の前までは順調にいっていた。「6×11は」彼は言った。「68です。6×12は……」指を頭に突っ込んで、すばやくこっそりと指先のにおいをかいだ。「……72」そう答えて腰をおろした。

「いいわ」フェレンチ先生は言った。「よくできました。とてもよかったわよ」


(この項つづく)