陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

チャールズ・バクスター「グリフォン」その5.

2008-11-12 22:29:26 | 翻訳
その5.

 昼休みが終わって、ぼくたちが教室に戻ると、フェレンチ先生は黒板の樫の木のとなりにピラミッドを書いていた。野球をしていたぼくたちは、教室の後ろでわいわいさわぎながら、バットやグローブを用具入れに放り込み、レイ・ショーンツェラーがぼくをぶん殴った。そのとき、フェレンチ先生の、甲高い、ヒステリックにふるえる声がした。「そこの男の子たち!」先生は言った。「静かにしていますぐ席に着きなさい。授業時間をムダにしたくないの。地理の教科書を出して」ぼくたちはのろのろと着席すると、まだ汗をしたたらせながら『遠い国と異国の人びと』の本を引っ張り出した。「42頁を開いて」三十秒ほど待ってから、ケリー・マンガーの方に向き直った。「あなた」と声をかけた。「どうしてまだ机のなかをごそごそしているの?」

 ケリーは足を踏んずけられたような顔になった。「ぼく、何かしましたか?」

「あなたはどうして……そんなふうに机のなかに頭を突っ込んでるの?」

「ぼく、本を探してるんです、フェレンチ先生」

ボビー・クリザノウィック、完全無欠のおべっか野郎、自分から進んで最前列の席を陣取っているやつが、そっと言った。「あの子はケリー・マンガーっていうんです。自分のものを見つけられないんです。いつもああなんだ」

「名前なんてどうだっていいの、とくに、お昼ご飯のあとではね」フェレンチ先生は言った。「本はあった?」

「ありました」ケリーが机のなかをのぞきこみながら、両手で本を引っ張り出すと、手前の鉛筆やクレヨンも一緒に出てきて、膝の上に落ち、さらに床に転がった。

「先生は、整理整頓できていないのが一番きらいよ」フェレンチ先生は言った。「机のなかにしても、頭のなかにしても、整理整頓できていないと、すごくいやな気持ちがするの。それって……不衛生だと思わない? もしあなたがおうちにいるとき、家のなかがまるで学校の机のなかみたいだったらどうする?」答えを待たずに言葉を続けた。「わたしだったらいやよ。自分の家のなかというものは、人間の手でできるかぎり、きちんとしておくべきなの。あら、何を話していたのでしたっけ? エジプトでしたね。42ページを開いて。ヒブラー先生の授業計画にあったのですが、みなさんはエジプトの灌漑様式について話し合ったんですね。興味深いけれど、わたしが思うに、わたしたちがこれからやろうとすることにくらべれば、それほどでもないようね。ピラミッドとエジプトの奴隷労働者。その良い面と悪い面について、見てみましょう」ぼくたちが42ページを開くと、そこにはピラミッドの写真はあったが、フェレンチ先生は教科書など見てはいなかった。そのかわりに、窓のすぐ外の何かをじっと見つめていた。

「ピラミッド」フェレンチ先生は窓の外を見たまま言った。「あなたたち、ピラミッドのことを想像してみて。その内部はどんなふうになっているか。まず、ファラオの遺体があるのは当然ね。それから一緒に埋葬された宝。巻物。おそらくね」フェレンチ先生はすごくうれしそうだったが、笑みは浮かべていなかった。「その巻物はたぶんファラオのための小説みたいなものだったのよ、何世紀にも及ぶ、長い長い旅行のあいだの暇つぶしのためにね。あら、もちろんこれは冗談だけど」ぼくはフェレンチ先生の顔の皮膚に刻み込まれた線をながめていた。

「ピラミッド」フェレンチ先生は続けた。「それはね、宇宙の力がそこに保存されていたの。ピラミッドの本質は、宇宙の力を導いて、ある一点に集中させるところにあるんです。エジプト人はそのことを知っていた。わたしたちはもうそのことを覚えてはいないけれど。みんなはそのことを知ってた?」そう尋ねると、教室の反対側まで歩いていって、コートの入っているクロゼットの脇に立った。「ジョージ・ワシントンにはエジプト人の血が流れていたのよ。お祖母さんからのね。合衆国憲法のなかには、はっきりとエジプト人の考え方が見て取れるわ」

 教科書をちらりとも見ずに、エジプト人の宗教に見られる魂の進展について話し始めた。人が死ぬと、その魂はオオアリクイかクルミの木になって、地上に戻ってくる。どちらになるかは、その人が生きているあいだにどうふるまったか――「善」か「悪」か――によるのだ、と。それから、エジプト人は、人びとは、潮の干満を引き起こす太陽系の磁力に従って行動すると信じていた、太陽系の磁力とは、太陽と「惑星の同志」である木星が生み出す力のことだ、と教えてくれた。それからまたこうも言った。木星が惑星であると、わたしたちは聞かされてきましたが、「ある種の恒星の性質」も持っているのです。

先生はひどく早口だった。エジプト人は偉大な探検家であり、征服者でした。でも、征服者のなかでもっとも偉大な征服者は、ジンギス・カンです。ジンギス・カンの墓には、四十頭の馬と四十人の若い娘が殺されて埋葬されました。

ぼくたちは聞いていた。口を挟む者はいなかった。
「わたしもエジプトには行ったことがあるのよ」先生は言葉を続けた。「砂埃をたっぷりと、残虐なふるまいをどっさり目にしてきたの」それから、エジプトではサーカスで働いていた老人に、檻のなかの動物を見せてもらった話をした。その動物は、実は怪物で、半分が鳥、半分がライオンだった。その怪物はグリフォンと呼ばれていて、先生はそれまで話には聞いたことがあったが、カイロ郊外を旅行するまで、実際には見たことがなかったのだそうだ。先生は黒板に大文字で「GRYPHON」と大きく書いた。それから、古代エジプトの天文学者が土星を最初に発見したのだが、輪を見つけることはできなかった、と話した。そのほかにも、犬が病気になると、川の水を飲まずに、口を開けて雨が降ってくるのを待つのを初めて発見したのもエジプト人だった、と教えてくれた。


(この項つづく)