陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

チャールズ・バクスター「グリフォン」その6.

2008-11-13 22:42:34 | 翻訳
その6.


「あの先生、嘘ばっかり言ってら」

 ぼくたちはスクールバスに乗って、家に帰っているところだった。ぼくの隣りに坐っていたのはカール・ホワイトサイドで、息は臭いがビー玉の大変なコレクションを持っているやつだった。カールは、先生は嘘を言っていると考えたらしかった。ぼくは、たぶんちがうよ、と反対した。

「あの鳥がどうとかいう話を真に受けるわけがないだろ」カールは言った。「おまけにあいつがピラミッドのことをどういうふうに言ったよ? あんな話が信じられるわけがないだろう。自分が何を言ってるのか、わかってんのかね」

「そうか?」ぼくは先生に引きつけられるようになっていた。とにかく変わっていた。カールならへこますことができるにちがいない。「もしさ、ほんとに先生が嘘を言ってるとしたら」ぼくは言ってやった。「いったいどこが嘘なんだ?」

「6×11は68なんかじゃない。絶対ちがう。66だ。これは確かだ」

「先生だってそう言ったじゃないか。その点は認めてた。ほかにどんな嘘をついた?」

「わかんねえよ」カールは言った。「まあいろいろさ」

「いろいろって?」

「そりゃ」話しながら足をぶらぶらさせた。「おまえさ、半分がライオンで半分が鳥なんていう生き物を見たことがあるか?」そう言いながら腕組みをした。「なんかやたらうさんくせえんだよ」

「ほんとにいるかもしれない」ぼくはカールをやっつけるために、話をでっちあげなければならなくなった。「うちのママがIGAスーパーで買った新聞で、科学者の話を読んだんだけど、そいつはさ、スイスのアルプスに住んでたんだけど、頭がいかれた科学者でね、遺伝子とか染色体とか何やかや、試験管のなかで一緒にして、人間とハムスターを合体させたんだ」ぼくは話に信憑性をもたせるために、言葉を切った。「ヒュームスターの誕生だ」

「まさか」カールは口をぽかんと開けたまま、ぼくをじっと見た。臭い息がまともにぼくの顔にかかった。「なんて新聞だ?」

「ナショナル・エンクワイヤー」ぼくは言った。「レジ脇で売ってるやつ」カールを見ると、ああ、それなら知ってる、という表情が浮かび、自分がうまくやったことがわかった。「でさ、その気ちがい科学者の名前はね、えーと、フランケンブッシュ博士だ」言ってしまってから、しまった、その名前は失敗だった、と気がついた。カールが、その名前はあの気ちがい科学者のもじりだな、と言い出すのを待ちかまえたが、カールはそこに坐っていただけだった。

「人間とハムスターだって?」カールは気持ち悪そうに口をゆがめたまま、まじまじとぼくを見た。「おえっ。そいつどんな格好なんだ?」


 バスがぼくの降りる場所に停まった、バスを降りて、舗装していない道を通り、裏庭を走って抜けるとちゅうで、幸運のおまじないにタイヤのぶらんこを蹴飛ばした。教科書を裏の階段のところに放り出して、イヌのセルビー氏を抱きしめてキスしてやった。それから急いでなかに入った。芽キャベツを料理しているにおいがする。ぼくの大嫌いな野菜だ。母は流しで何かほかの野菜を洗っているところで、赤ん坊の弟は、台所の床に置いた黄色いベビー・サークルのなかで何か大きな声で言っていた。

「ママ、ただいま」ぼくはベビー・サークルをひょいと飛んで避け、ママにキスした。「ねえ、知ってる?」

「どうしたの?」

「今日ねえ、代理の先生が来たんだ、フェレンチ先生っていうの。いままで見たことのない人だよ。いろんな話とか考えとか、いろいろ教えてくれたんだ」

「そう、それは良かったわね」ママは流しの前の窓の外に目をやっていた。視線の先には家の西にある松の林がある。昼下がりのこの時間、ママの肌はいつもとても白く見えた。よその人はいつもママのことをベティ・クロッカー、インスタントビスケットミックスの箱の横で大きなスプーンと一緒に印刷されている人によく似ていると言う。「あのね、トミー」ママは言った。「二階へ上がって、バスルームの床に脱ぎっぱなしの服を拾っておきなさい。それから納屋へ行って、今朝パパが使ったままになってるシャベルと斧を戻しておいてくれるかしら?」

「先生はね、6×11が68になることもあるって言ったんだよ!」ぼくは言った。「それから、先生は半分ライオンで半分鳥の怪物を見たことがあるんだ」ぼくはママの返事を待った。「エジプトでね」

「わたしの言ったことが聞こえた?」ママはぼくに聞きながら、腕を上げ、手の甲で額の汗をぬぐった。「自分のしなきゃいけないことをやってちょうだい」

「わかってるよ」ぼくは言った。「ぼくはただママに代わりの先生のことを聞かせてあげたかっただけなんだ」

「とってもおもしろかったわよ」ママはちらっとぼくを見た。「だけどその話ならあとでまたできるでしょ。いまはしなきゃいけないことをやってね」

「わかったよ、ママ」ぼくはカウンターのびんのなかからクッキーを一枚取って、外に出ようとしたとき、あることを思いついた。走ってリビングルームに行くと、テレビ台の横の辞書を引っ張り出して、Gのページを開いた。五分ほどして、その言葉を見つけた。
【Gryphon】:griffin の異形つづり。
【Griffin】:ワシの頭と羽を持ち、ライオンの胴体を持つ伝説上の(fabulous)動物。
とびきりすばらしい(fabulous)というのはまさに正しい。ぼくは勝利の雄叫びを上げると、パパの道具を片づけに外へ駆けだした。

(この項つづく)


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