陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

カーソン・マッカラーズ「家族の問題」その3.

2008-11-27 22:36:05 | 翻訳
その3.

 階下で忙しく夕食の支度をしながらも、マーティンは、どうして自分の家族にこんな問題が起こってしまったのか、これまで何度となく自問してきたことに、また心を奪われていた。彼自らが、酒は以前からかなり飲む方だった。妻とまだアラバマにいたころには、丈の高いグラスになみなみと注がれた酒やカクテルを、ごく当たり前のように何杯も飲んだ。何年もに渡って、夕食の前に一杯か二杯――たぶん、三杯ぐらいは飲んだし、大ぶりのグラスで寝酒もやった。休日の前の晩ともなれば、ふたりともかなりご機嫌になったし、いささか酩酊したこともあったかもしれない。だが、彼にとってアルコールは問題ではなかったし、家族が増えるにつれて、調達がむずかしくなっていく厄介な出費というだけだった。明らかに妻が飲み過ぎていることに気がついたのは、ニューヨークへ転勤になってからである。昼のうちからもう杯を傾けるようになっているのに気づいたのだ。

 問題が意識されるようになると、マーティンはその原因を分析しようとした。アラバマからニューヨークへ引っ越したことが、なにかしら精神の動揺を引き起こしたらしい。南部の小さな町の、家族やいとこ、子供の頃からの友だちを基盤としたのんびりした暖かさに馴染んでいたせいで、北部のはるかに厳しく孤独な環境に順応することができなかったのだ。母親としてのつとめや家事はエミリーにとってはわずらわしいばかりだった。パリス・シティへの里心がつのって、東部の郊外で友人を作ろうとしない。雑誌や探偵小説を読むばかりだった。彼女の内面の空虚は、アルコールででもごまかさなくてはどうにもならなかったのである。

 妻が次第に自制を失っていくのがあきらかになっていくのと歩調をそろえるかのように、マーティンの側も以前のような愛情を抱くことがむずかしくなっていった。自分でも説明できない激しい悪意にとらわれることが何度もあり、アルコールが導火線となって、見苦しいほど怒りを爆発させるようなこともあった。エミリーのなかに、生まれつき備わっている単純素朴なところと相容れない、潜在的な粗野な面に思いがけなくぶつかりもした。酒を飲むことで嘘をつき、思いもよらないような策略を弄して、彼をだましにかかったのである。

 そのころ事故が起こった。一年ほど前のこと、仕事から帰った彼を迎えたのは、子供部屋の悲鳴だった。エミリーが、お風呂に入ったあと濡れたままで裸の赤ん坊を抱いている。落とされた赤ん坊が、もろく壊れやすい頭蓋骨をテーブルの角にぶつけて、一筋の血を蜘蛛の糸のように繊細な髪のなかに垂らしていたのだった。すすり泣くエミリーは、酩酊していた。そのときマーティンは傷ついた子供をこれ以上はないほど尊いものに感じながら、この先どうなるかと思って、暗澹たる気分に襲われていた。

 翌日、マリアンヌはすっかり元気になっていた。エミリーは、もう二度と酒には手を触れないと誓い、数週間はしらふで、気を滅入らせ、ふさぎこんでいた。それからまた始まったのだ――ウィスキーやジンではない――たくさんのビール、シェリー、外国産のリキュール。一度などは帽子の箱にペパーミントのリキュール、クレームドマントの空き瓶が入っているのを見つけたこともあった。マーティンは家事全般、完全にこなすことのできる、信頼できるメイドを見つけた。ヴァージーもアラバマ出身だったが、マーティンはニューヨークでのメイドが一般にどれほどかかるか、あえてエミリーに教えようとは思わなかった。エミリーの飲酒は一切、秘密ということになっていて、彼が家に戻る前に、一切はなされるのだった。たいていはその影響も、ほとんど気がつかないほど――動きがいくぶん鈍くなったり、まぶたが重そうだったりするぐらいだった。トーストにトウガラシをふりかけるほどひどいことをすることはめったになく、マーティンもヴァージーが家にいるあいだは、心配しなくて良かった。だが、そうはいっても不安はつねにあって、そのうちにも予期せぬ事故が起こるのではないかという恐れは、彼の日々の底を流れていた。

「マリアンヌ!」マーティンが呼んだのは、あのときのことを思い出しただけで、安否を確かめずにはいられなくなったからだった。小さな女の子、もはやケガも治っているが、それゆえにいっそう父親にとっては愛おしい。娘は兄と一緒に台所にやってきた。マーティンは食事の支度をつづける。スープの缶を開け、肉のかたまりをふたつ、フライパンに入れた。それからテーブルのそばにすわって、マリアンヌを膝に馬乗りにさせた。アンディは父親と妹を見ながら、週の初めからぐらついてきている歯を指で動かしていた。

(この項つづく)