陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

チャールズ・バクスター「グリフォン」その3.

2008-11-10 22:33:01 | 翻訳
その3.

「フェレンチ先生!」双子のエディ兄弟のひとりがむちゃくちゃに手を振った。「フェレンチ先生、フェレンチ先生!」

「なんですか?」

「ジョンは6×11は68だと言ったのに、先生はよくできました、って言いました!

「そう言った?」先生は操り人形の顔をがくりと動かして笑顔になると、教室を見渡した。「わたし、そんなことを言ったかしら? そう、じゃ6×11は何になりますか?」

「66です!」

 彼女はうなずいた。「ええ。そうね。でもね、わたしがこんなことを言うとなかには反対する人もいるでしょうけど、ときに68になることもあるのよ」

「いつですか? 68になるのはどんなときなんですか?」

 ぼくたちはみんな待ち受けた。

「高等数学というのはね、あなたがたのような子供には理解できないでしょうが、6×11が68になることもありうるの」先生はふふん、と鼻で笑った。「高等数学では、数は……もっと流動的なものなのよ。数についてはっきりしているのはたったひとつ、ある一定の範囲に相当するということだけ。水のことを考えてみて。カップ一杯分というのが、ある量の水を測るたったひとつの方法ではないわよね。そうではなくて?」

 ぼくたちはじっと先生を見つめたまま、うなずいた。

「鍋をつかうことも、指ぬきを使うこともできるわよね。どちらを使っても、水を同じ量にすることはできます。おそらく……」言葉を続けた。「あなたがたはこう考えた方がいいわ。わたしが教室にいるときだけは、6×11が68になるんだ、って」

「どうして68なんですか」マーク・プーレが聞いた。「先生が教室にいるときだけ」

「だってその方がおもしろいじゃない」そう言うと、水色がかったレンズの奥の目に、ぱっと笑みが浮かんだ。「それにわたしはみなさんの代理の先生でしょう?」わたしたちはみんなうなずいた。「そうね、じゃ、こんなふうに考えたらどうかしら。6×11が68というのは、代理の事実だって」

「代理の事実ですか?」

「そうよ」先生はぼくたちを注意深く見渡した。「代理の事実ということで、だれか困る人がいるかしら?」

 ぼくたちは先生を見つめ返した。

「窓辺に置いた鉢植えが困る?」ぼくたちは鉢植えの方を見た。緑のプラスティックの鉢のオジギソウはよく育っていたが、小さな素焼きの鉢のシダは元気がなかった。

「あなたたちのお家にいるイヌやネコは困る? あなたたちのお母さんやお父さんはどう?」先生は待った。「ね」ここで先生は断定した。「なにか問題がある?」

「でも、それはちがってます」ジャニス・ウィーバーが言った。「そうじゃないですか」

「あなたの名前は? お嬢さん」

「ジャニス・ウィーバーです」

「で、あなたはそれがまちがってるって思うのね、ジャニス」

「わたしはただ聞いただけです」

「そう、わかりました。あなたはただ聞いただけなのね。わたしたちはもうこの時間には十分すぎるほどの時間を割いたように思うの。みなさんはどう? あなたたちがどう考えようと、それはあなたたちの自由です。あなたたちの担任、ヒブラー先生が戻っていらっしゃったら、また6×11は66になって、みんなもそのことには何も疑わずにいられるんでしょうね。そうしてそれはあなたたちがファイヴ・オークスで過ごす残りの一生のあいだずっとそうなのよ。なんてひどいこと、ね?」先生は眉を上げると、目をきらりと光らせてぼくたちを見た。「だけど、いまだけはそうじゃなかったの。だけどもういいわ。わたしたちはあなたたちの今日やることになっている課題を片づけることにしましょう。ヒブラー先生が授業計画を苦心して作られたのですものね。紙を一枚出して、自分の名前を左上の端に書いて」


(この項つづく)