陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

フランク・オコナー「わたしのエディプス・コンプレックス」その5.

2008-07-01 22:56:30 | 翻訳
その5.

 呆然としてわたしは泣き叫ぶのをやめた。これまでただの一度もこんな調子でものを言われたことがなかった。とても信じられない思いで父を見ると、その顔は怒りにひきつっていた。神様がわたしをだましていたことをいやというほど思い知らされた。わたしのお祈りに応えて無事に返したのがこんな怪物だったなんて。

「おまえこそ黙れ!」我を忘れてわたしは叫んだ。
「なんだと?」父は叫ぶと、かんかんになってベッドから飛び降りてきた。
「ミック、ミックったら!」母は悲鳴をあげた。「この子はまだあなたに慣れていないのよ」

「ここまで大きくなる前に、もっとしつけておかなきゃならなかったな」乱暴に腕をふりまわして大声で怒鳴った。「ケツをひっぱたいてやる」

 それまで怒鳴ったことも、わたしの体のある部位をこんな下品なことばで呼ぶことに比べればものの数ではなかった。わたしはこんどこそほんとうに血が煮えくりかえる思いだった。

「たたきたけりゃ自分のをたたけ!」わたしは声をひきつらせて叫んだ。「自分のをたたけよ! だまれ! だまれ!」

 かっとした父は、わたしのところへ飛んできた。だが、ことばを失った母のまなざしを浴びて、父の手には力がこもらず、結局は一度叩いただけで終わった。だが、わたしにしてみれば、こんな見ず知らずの男にぶたれるなんて、これほどの屈辱はなかった。このよそ者は、何も知らないわたしが神様にお願いしたばっかりに、戦争から帰ってくるとうまいことを言って大きなベッドにもぐりこんで、わたしにこんなばかげたまねをさせている。わたしは繰り返し金切り声をあげ、裸足で地団駄を踏んだ。半袖の灰色の軍支給のシャツを身につけただけの父は、不格好な毛むくじゃらの姿で、殺してやる、とでも言わんばかりにわたしを上からにらみつけていた。おそらくこのとき、彼もまたわたしを妬んでいるのだ、と理解したように思う。母は寝間着のままそこに立ちつくしていたが、わたしたちのあいだで胸を引き裂かれているように見えた。ほんとうに、心の底からそう感じていればいい。わたしはそれも当然の報いだと思っていた。

 その朝から、わたしの毎日の生活は地獄になった。父とわたしは公然たる敵同士となったのである。小競り合いを幾度も重ね、彼がなんとかわたしから母と過ごす時間を横取りしようとすれば、わたしも同じことを仕返した。母がわたしのベッドに腰かけてお話を聞かせてくれていると、父は、戦争が始まってすぐのころに、ここらへんにおいといたはずなんだがな、などと言いながら、古いブーツを探しにくる。父が母と話し始めると、わたしはふたりの話などちっとも興味がないことを見せつけようと、大声でおもちゃに話しかけるのだった。



(※明日いよいよ最終回)