陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

日付のある歌詞カード Oceansize "Catalyst"

2007-03-03 22:59:23 | 翻訳
このところ、Oceansize(オーシャンサイズ)の《Effloresce》(エフローレス:開花)というアルバムをずーっと聴いている。
結成が1998年で、このファーストアルバムの発売が2003年ということだから、比較的新しいバンドだ。バックグラウンドなども英語版のwikipediaに出ているくらいしか知らないのだけれど、聞けば聞くほどハマる感じで、いまやどっぷり、というところ。

まず、三拍子の使い方がすごくうまい。
ロックというのは圧倒的に四拍子の曲が多くて、三拍子、というと思いつく曲がない(変拍子として使っているのならいくつもあるのだけれど)。
このアルバムは冒頭の前奏曲みたいな扱いのインストが三拍子、二曲目のこの曲が三拍子と四拍子の組み合わせ、つぎの三曲目も三拍子が中心でときどき四拍子が入る変拍子、といった感じで、アルバム全体が四拍子と三拍子の組み合わせになっている(なかに五拍子もあるけれど)。

大ざっぱにまとめてしまえば、三拍子の旋律にメロディアスな部分を、それに対して四拍子の旋律に激しい部分を担当させて、曲相に変化をつけている。
そうして変拍子の部分では、独特の不安定感を、この一拍足りない三拍子が与えている。
その変拍子の鍵になるのが、とくにドラムの拍だ。このドラムはけっこういろんな表情を持っているけれど、根本にあるのは、正確で、きちんと整った筋目の良い音だ。

もうひとつの特徴がトレモロを多用するギターの音。
このトレモロのギターはこのバンドの特色なのだろう。ディストーションを効かせたところもあるし、高い、鈴がなっているような音をさせている部分もあるけれど、全体にずっと流れていて、曲のトーンに金属的な響きを加えている。

ときにリリカルだったり、メランコリックだったりもする三拍子の部分と、激しい四拍子の部分を貫くようにギターのトレモロが流れていく。

このアルバムのなかでは、唯一といっていいくらい、ストレートな四拍子の〈Amputee〉でも、このトレモロが、まるでだれもがそこだけ知っているポール・ニザンの『アデン・アラビア』の冒頭「ぼくは二十歳だった。 それがひとの一生で一番美しい年齢だなんて、誰にも言わせない」みたいな感じ、若い男の子の自負心というか、孤独感というか、傷つきやすさというか、そんな微妙な繊細な感じ、剥きだしのひりひりするような感覚がそのまま音になったみたいで、とてもいい。

そうしてもうひとつ、歌詞は、なんとなくいろんな本のイメージがある。
さっきもいった〈Amputee〉(これは神を歌ったもの。「やあ神様、あんただって自分の好きなようにできるんだぜ」、タイトルの「四肢切断」には、磔になるかわりに手や足を失うぐらいでもよかったんだ、という詞の内容から来ていると思う)には、プールを泳いで家に帰る、というフレーズが出てくる(これは以前訳したジョン・チーヴァーの「泳ぐ人」)。

また〈One Day All This Could Be Yours〉はハニフ・クレイシの小説『ぼくは静かに揺れ動く』が根底にあるのではないか、と思う。

〈One Day All This Could Be Yours(いつかなにもかもがきっと君のものになるさ)〉というのは、望んで生まれたわけではない子供から離れていこうとする若いお父さんの歌。
ほかの曲の歌詞がいろんなイメージを多用しているのに対し、この曲は、ぼくは君のために十分な時間を使ってやることさえできなかった、と、その思いがストレートに語られる。
ちょうどクレイシの小説で、「彼の愛情に満ちた言葉や、小さな声は、ぼくにとってはまさに神の囁きだ」と思う息子をあとに残して、家を出る主人公のように。

そうして、この〈Catalyst〉は安部公房の『箱男』だ。

* * *


Catalyst
触媒

I awoke with a start today, determination was set
Filled with expectation, sacks of soul to collect
 今朝、ハッとして目が覚めたんだ、腹も決まった
 胸は期待でいっぱいだったし、気合いだって入ってた

But I am so fearful of the future
Ignorant of the present
And wary of the past
 だけどいまは未来が不安でしょうがなくなった
 いまのことはなんにもわかっちゃいないし
 過去は怪しいものになってしまった

And through the door
I shuffle quietly down the hall
Identical corridors and artificial lights
 ドアを抜けて
 脚を引きずりながら歩いて玄関に向かっていく
 まったく同じの廊下に、人工的なあかりが点る

The man in the box, born to set my world to rights
Effortless soon ignites the screaming in my head
 箱の中に男がいた
 おれの世界をまっとうに戻すために生まれた男だ
 あっというまにおれの頭の中で叫ぶ声がする

Reborn, the catalyst will blow my joy away
Bet you thought that I'd have so much more to say
Come save me now, come save me now
 生まれ変わってしまった、
 触媒が働いて、おれの満足なんて吹き飛ばされてしまいそうだ
 おれが言いたいことはまだまだあるって知ってただろ
 だからすぐに助けに来てくれよ、助けに来てくれ

But I am so fearful of the future
Ignorant of the present, I'm wary of the past
Well, I don't want to
But it's now a case of HAVE to
I piss away for pittance
Suck up to the man
 おれは未来が怖い
 いまはわからないし、過去も信じられない
 そんなことはしたくないけど
 だけどどうしてもそうしなきゃならないんだ
 わずかな金を使っちまうんだ
 その男におべっかをつかうために

No wonder - I'm tired
When I awoke - with - a start today
 おれが疲れちまったのもムリはないだろ
 今朝はハッと飛び起きたのに

* * *

安部公房の『箱男』というのは、タイトル通り、箱をかぶって町中を徘徊する男の話だ。
彼は箱の中から世界を覗く。人はそれを「箱」だと思っているから、だれも「彼」のことは気がつかない。

この作中に出てくる「ぼく」というのはいったい誰なのだろう。
箱の中で日記を書いている「箱男」なのか。

この「箱男」は最後に看護婦に箱を譲り渡して、箱から出る。そうしてこんどは医者がその箱のなかに入って「贋箱男」になる。

この曲も、箱に入った男がだれなのかよくわからない。
もちろん"in a box" には、途方に暮れて、とか、進退に窮して、みたいな意味もあるのだけれど、ここはもう「箱に入った男」と解釈してしまおう。
廊下でその「箱男」に会ったわけだ。そうしてその「箱男」が触媒になって、「おれ」の世界は揺らぎ始めた。この揺らぎは"set my world to rights" 「おれの世界をまっとうに戻す」ものなのだ。「おれ」は生まれ変わる。

だけど生まれ変わってどうしたのだろう?
たぶん、箱を譲ってもらったのだ。「わずかな金」で。
未来からも、現在からも、過去からも切り離されて、疲れて箱に入ってしまうのだ。

こんなふうに聴いてしまうのはもしかしたら世界中でわたしただひとりなのかもしれないけれど、やはりこの詞の根っこには『箱男』があると思う。


いまならYou Tubeでこのビデオクリップが見ることができます。
たぶん低予算で作ったビデオなんだろうけれど、何か、いろいろ工夫してあるなあ、なんて思います。

http://www.youtube.com/watch?v=9EJPV0D7i8M

(※すいません、昨夜眠くて眠くて、最後は挫折してしまったんで、多少書き直しました。こんどサイトにアップするときはもう少し書き直します)