陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

シャーリー・ジャクスン 「チャールズ」その2.

2006-06-18 21:04:02 | 翻訳
チャールズ その2.

月曜日、ローリーはいつもより遅く、ニュースを詰め込んで戻ってきた。「チャールズがねぇぇ」坂をのぼる途中から声を張り上げている。わたしはやきもきしながら玄関の外の階段まで出て待った。「チャールズったらねぇぇ」ローリーはわめくきながら坂をのぼってくる。「チャールズがまた悪いことしたんだよぉ」
近くまで来るとすぐ「さぁ、お家に入って」と声をかけた。「お昼の用意ができてるわよ」

「チャールズったら、なにしたと思う?」わたしのあとについて玄関に入りながら聞いてくる。「チャールズがね、校舎のなかであんまりわめくもんだから、小学校のほうから一年生の子が来て、幼稚園の先生に、静かにさせてください、って言ったの。だからチャールズはお残りになったんだ。で、ぼくらみんな、チャールズを見張るために、一緒に残ってたんだよ」
「チャールズはどうしてた?」
「すわってただけ」ローリーはそう言うと、食卓の椅子によじのぼった。「よぉ、おやじ、なんだかモップみたいなツラしてるぜ」
「チャールズったら、今日、居残りさせられたんですって」わたしは夫に伝えた。「みんな一緒にいたんですって」
「チャールズってのはどんな子なんだい?」夫がローリーに聞いた。
「ぼくよりデカいんだ。長靴、はいてきたこともないし、上着も着てきたことがない」

 その夜は最初の父母会があったのだけれど、赤ん坊が風邪を引いていたために、わたしは参加することができなかった。チャールズの母親には、何をおいても会っておきたかったのだけれど。

 火曜日になると、ローリーは急にこんなことを言い出した。
「先生には友だちがいてね、その人が今日、幼稚園に来たんだ」
「チャールズのお母さん?」夫とわたしが同時にそう聞いた。
「ぜーんぜんちがう」ローリーは鼻で笑った。「来たのは男の人で、ぼくらに体操を教えに来たんだ。つま先に指をつけなきゃなんなかった」椅子からおりると、身を折ってつま先にさわった。「ほら、こんなふうに」

 まじめくさった顔で椅子にすわりなおすと、フォークを取り上げる。「チャールズは体操もやらなかったんだ」
「あら、それは良かったわね」わたしは心からそう言った。「チャールズは体操をしたくなかったんでしょうよ」
「ぜーんぜんちがう。チャールズがすんげえ生意気だったから、先生の友だちは体操をやらせなかったんだ」
「また生意気だったわけね」
「先生の友だちを蹴っとばしたんだ。その人が、さっきぼくがやったみたいに、つま先に指がつくまで体を曲げてごらん、って言ったら、チャールズが蹴った」
「幼稚園じゃチャールズをどうするつもりなんだろう」父親が聞いた。
ローリーはおとなっぽい仕草で肩をすくめてみせた。「チャールズは追い出されるんじゃないかな」

 水曜日と木曜日もかくのごとく続いた。チャールズはお話の時間のあいだじゅう奇声を発し、男の子のみぞおちに一発くらわせて泣かした。金曜日にはまた居残りの憂き目に遭い、ほかの子供たちも同じように残った。

 幼稚園が始まって三週間もすると、チャールズはわが家の名物になっていた。午後いっぱい泣きわめき続ける赤ん坊は、チャールズになったし、泥を満載したおもちゃのトラックを引いて台所を歩き回るローリーもチャールズということになった。夫でさえも、電話のコードに肘を取られて、電話機を引きずり落とし、テーブルに置いてあった灰皿と花瓶をひっくり返したときに、開口一番「これじゃまるでチャールズだな」と言ったのだった。

(この項続く)