今日からシャーリー・ジャクスンの短編「チャールズ」を訳していきます。
「くじ」のジャクスンとはひとあじちがうこの短編、お楽しみください。
短いので、三日くらいで終わると思います。
原文はこちらで。
http://www.speakuponline.it/archivio/01-2004/shortstory.asp
息子のローリーは、幼稚園が始まったその日、胸当てつきのコーデュロイのオーバーオールをきらって、ベルト付きのブルージーンズに初めて足を通した。登園第一日目、ローリーが隣の年上の女の子と出かけていくのを見ていたわたしは、自分の半生が終わってしまったことを、はっきりと理解した。かわいい声の保育園のおちびちゃんは、長ズボンをはいて、角のところで立ち止まってこちらを振り返ってバイバイと手を振ることも忘れた、いばりくさった男に取って代わったのである。
家に帰ってきたときもそんな具合で、表のドアを乱暴に開けると帽子を床に放りだし、突如粗暴化した声音で「ここにはだれもいねえのかよ」とわめいた。昼ご飯を食べるときにも、父親に向かって横着な態度で物を言い、まだ赤ちゃんの妹のミルクをこぼすと、いきなり、みだりに神様の名前を口にしちゃいけないって先生がいった、と言い出した。
「今日、幼稚園はどうだった?」わたしはつとめてさりげなく聞いてみた。
「ふつう」
「何を教わったんだい?」夫がたずねた。
ローリーはそっけなく父親を見返すとこう答えた。「なーんも」
「なにも、よ」わたしは訂正した。「なにも習わなかった、って言うの」
「だけど、先生にぶたれたやつがいた」そう言いながら、ローリーはバターをぬったパンにかぶりつく。「生意気だったんだ」口いっぱいに頬張ったまま、そうつけ足した。
「その子は何をしたの?」わたしがたずねた。「それ、だれなの?」
ローリーは考えていた。「チャールズ、とかいうやつ。生意気だったんだ。だから先生はおしりをぶって、教室の隅に立たせた。そいつすんげえ生意気なの」
「その子、いったい何をしたっていうの?」もういちどわたしは聞いたのだけれど、ローリーは椅子からするりと降りてしまい、クッキーを一枚取ると、父親が「おい、ちょっと待てよ、ぼうず」と言うのも無視して行ってしまった。
翌日のお昼には、食卓に着くが早いか、ローリーは話しはじめた。「あのね、チャールズったら今日も悪かったんだ」ニヤリと歯をむき出すと、続けた。「今日は先生をぶん殴ったよ」
「あらあら……」神様の名前を口にしないよう気をつけながら、わたしは言った。「それじゃまたおしりをぶたれたんでしょうね」
「あったりまえじゃん」ローリーは答えると「上見て」と父親に向かって言った。
「なんだい?」父親は言うとおりにする。
「じゃ、下見て」ローリーは言った。「じゃこんどはぼくの親指、見て。へっへー、おバカさーん」そういうと、バカ笑いを始めた。
「どうしてチャールズは先生を殴るような真似をしたの?」あわててわたしが口を挟む。
「だって先生が赤いクレヨンを使いなさい、って、赤で塗らせようとしたんだ。チャールズは緑で塗りたかったのに。だから先生のおしりをぶん殴って、先生もひっぱたいて、だれもチャールズと遊んじゃ駄目ですよ、って言ったんだよ。だけど、みんな遊んだけどね」
三日目――第一水曜日だった――、チャールズは女の子の額にシーソーをはねかえらせてぶつけ、血が出るほどのケガをさせたので、先生は休憩時間、外に遊びに行かせなかった。木曜日、チャールズはお話の時間のあいだずっと、教室の隅に立たされていた。床を踏みならすのを止めなかったからだ。金曜日、チャールズはチョークを投げた罰として、黒板を使わせてもらえなかった。
土曜日になって、わたしは夫に言った。「幼稚園ってローリーにはちょっと向いてないのかもしれないわね? このごろあらっぽくなったし、言葉遣いもめちゃくちゃになってきたでしょ、なんだかチャールズって子の悪い影響を受けてるんじゃないかしら」
「大丈夫さ」わたしを安心させるように夫が答えた。
「世間じゃどこまでいってもチャールズみたいなやつからは逃れられないもんなんだよ。あとになって出くわすより、いっそいまのほうがいいかもしれん」
(この項つづく)
「くじ」のジャクスンとはひとあじちがうこの短編、お楽しみください。
短いので、三日くらいで終わると思います。
原文はこちらで。
http://www.speakuponline.it/archivio/01-2004/shortstory.asp
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チャールズ
by シャーリー・ジャクスン
チャールズ
by シャーリー・ジャクスン
息子のローリーは、幼稚園が始まったその日、胸当てつきのコーデュロイのオーバーオールをきらって、ベルト付きのブルージーンズに初めて足を通した。登園第一日目、ローリーが隣の年上の女の子と出かけていくのを見ていたわたしは、自分の半生が終わってしまったことを、はっきりと理解した。かわいい声の保育園のおちびちゃんは、長ズボンをはいて、角のところで立ち止まってこちらを振り返ってバイバイと手を振ることも忘れた、いばりくさった男に取って代わったのである。
家に帰ってきたときもそんな具合で、表のドアを乱暴に開けると帽子を床に放りだし、突如粗暴化した声音で「ここにはだれもいねえのかよ」とわめいた。昼ご飯を食べるときにも、父親に向かって横着な態度で物を言い、まだ赤ちゃんの妹のミルクをこぼすと、いきなり、みだりに神様の名前を口にしちゃいけないって先生がいった、と言い出した。
「今日、幼稚園はどうだった?」わたしはつとめてさりげなく聞いてみた。
「ふつう」
「何を教わったんだい?」夫がたずねた。
ローリーはそっけなく父親を見返すとこう答えた。「なーんも」
「なにも、よ」わたしは訂正した。「なにも習わなかった、って言うの」
「だけど、先生にぶたれたやつがいた」そう言いながら、ローリーはバターをぬったパンにかぶりつく。「生意気だったんだ」口いっぱいに頬張ったまま、そうつけ足した。
「その子は何をしたの?」わたしがたずねた。「それ、だれなの?」
ローリーは考えていた。「チャールズ、とかいうやつ。生意気だったんだ。だから先生はおしりをぶって、教室の隅に立たせた。そいつすんげえ生意気なの」
「その子、いったい何をしたっていうの?」もういちどわたしは聞いたのだけれど、ローリーは椅子からするりと降りてしまい、クッキーを一枚取ると、父親が「おい、ちょっと待てよ、ぼうず」と言うのも無視して行ってしまった。
翌日のお昼には、食卓に着くが早いか、ローリーは話しはじめた。「あのね、チャールズったら今日も悪かったんだ」ニヤリと歯をむき出すと、続けた。「今日は先生をぶん殴ったよ」
「あらあら……」神様の名前を口にしないよう気をつけながら、わたしは言った。「それじゃまたおしりをぶたれたんでしょうね」
「あったりまえじゃん」ローリーは答えると「上見て」と父親に向かって言った。
「なんだい?」父親は言うとおりにする。
「じゃ、下見て」ローリーは言った。「じゃこんどはぼくの親指、見て。へっへー、おバカさーん」そういうと、バカ笑いを始めた。
「どうしてチャールズは先生を殴るような真似をしたの?」あわててわたしが口を挟む。
「だって先生が赤いクレヨンを使いなさい、って、赤で塗らせようとしたんだ。チャールズは緑で塗りたかったのに。だから先生のおしりをぶん殴って、先生もひっぱたいて、だれもチャールズと遊んじゃ駄目ですよ、って言ったんだよ。だけど、みんな遊んだけどね」
三日目――第一水曜日だった――、チャールズは女の子の額にシーソーをはねかえらせてぶつけ、血が出るほどのケガをさせたので、先生は休憩時間、外に遊びに行かせなかった。木曜日、チャールズはお話の時間のあいだずっと、教室の隅に立たされていた。床を踏みならすのを止めなかったからだ。金曜日、チャールズはチョークを投げた罰として、黒板を使わせてもらえなかった。
土曜日になって、わたしは夫に言った。「幼稚園ってローリーにはちょっと向いてないのかもしれないわね? このごろあらっぽくなったし、言葉遣いもめちゃくちゃになってきたでしょ、なんだかチャールズって子の悪い影響を受けてるんじゃないかしら」
「大丈夫さ」わたしを安心させるように夫が答えた。
「世間じゃどこまでいってもチャールズみたいなやつからは逃れられないもんなんだよ。あとになって出くわすより、いっそいまのほうがいいかもしれん」
(この項つづく)