古希からの田舎暮らし

古希近くなってから都市近郊に小さな家を建てて移り住む。田舎にとけこんでゆく日々の暮らしぶりをお伝えします。

年賀状を「生きてますよ」という年に一度の挨拶状にしています。

2015年01月05日 03時35分27秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 届いた賀状を見ていたら「……おかげさまで古希を超えました。 誠に勝手ながら、本年をもちまして、お年賀のご挨拶を失礼させていただきたく存じます。 長年にわたるご厚情に感謝いたしますと共に……」という一枚がありました。
 「古希=70歳で賀状をとめる」か。
 元気な人なのにどういう心境なんだろう。

 母・妙子さんは今年も20枚の賀状を出しました。かつての文学同人誌仲間と身内の子や孫に。名前だけ書き添えて。「101歳になってまだ生きてるよ」という『この世の在籍証明書』みたいなものです。
 そんなもの出して意味があるか。でも《 生きる = 分かち合う 》ことだと思えば、少しでも人の心に自分の存在感を残したい。せっかくこの世で出会う機会のあった人だから、生きてる限り年に一度は挨拶をしたい。そんな気持ちが働いているのでしょう。

 ずっと昔同級生だった方からは「《ななつ星》に乗車しました」(うらやましい)、職場の同僚だった方の「今年は陶芸の個展と世界一周クルーズにチャレンジします」(お主やるな)、あるいは還暦過ぎの方の「母の介護、夫の看護と忙しい一年に、またまた、なりそうです」(掛ける言葉が見あたらず、黙って応援するしかありません)、「去年は三途の川の途中でこの世に引き返しました」という学生時代の親友(よかったよかった)、同い年のかつての同僚の「去年はスペインのカミーノ(巡礼の道800キロ)の4分の1を夫婦で歩いてきました」(智力・体力・チャレンジ力が素晴らしい)。などなど。
 ひとり一人を思い浮かべながらしばらくは届いた賀状を見かえしています。
 ぼくは喜寿を迎えましたが、まだ年賀状をとめる心境にはなりません。多分「この世に在籍する限り出す」派になるでしょう。
 人それぞれです。金子みすずの詩にありましたね。
「みんなちがってみんないい」
コメント
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