恩師の御著書「真理を求める愚か者の独り言」より
第一章 或る愚か者の生涯
◆葡萄一粒で故郷を捨てた少年時代◆
先の続き・・・
まだ朝早くて朝露が皮の表面に光る葡萄の実は、冷えていることもあって、
大阪弁で言えば、「ゴッツイ」おいしかったのです。
私はその実を房からそっとちぎり、口に入れました。
口の中で甘酸っぱい汁が広がっていきます。
禁断の木の実を人知れず食べているかのようなうしろめたい気分と、
十六歳の少年の胸をときめかすに十分な、今まさに独りで
冒険しているのだというドキドキするスリル感
とを味わう、悪の愉しみの瞬間を体験しておりました。
ところが、二粒目をちぎった次の瞬間です。
何か人の気配がするなと思って、上の方を見上げると、
堤防の上からどこかのおじさんが
見降ろし歩き去っていきました。
私はもう恥ずかしくて恥ずかしくて、
自転車に飛び乗って一目散に逃げました。
その人と反対の方向に逃げたのですが、四角い田を回っていくうちに、
ちょうど向こうから来る人とさっき葡萄をとった現場を目撃された人と
立ち話をしているのが見えて冷や汗をかきました。
あの子がさっきの葡萄泥棒だという目で私を見て
話しているのが感じられました。