~ 恩師の御講演より ~
正しく生きるとは
神様の心を我が心に戴いて生きること。
神様の心とは太陽の心を生きること。
太陽の心とは自らを燃え上がらせ、
その結果として現れる熱と光(慈悲と愛)を
平等・無差別・無償で他に与え給うことである。
・・・と、恩師はお説き下さいました。
~ 感謝・合掌 ~
~ 富士宮研修会での恩師による「お釈迦様の御教え」 ~
己 悪しきを成さば 己 穢(けが)れる
己 悪しきを成さざれば 己 清し
穢れと清浄とは即ち 己 にあり
如何なる人も人を清めること能わず
~ 感謝・合掌 ~
~ 恩師の御講演「ブッタのことば」より ~
この世において諸々の実践を実行し、
有能であって、常に理法を知り、
いかなることがらにも執着せず、解脱していて、
害しようとする心の存在しない人、
かれは〈行いの具わった人〉である。
~ 感謝・合掌 ~
~ 恩師の御講演より ~
神を知りたければ、あの太陽を見なさい。
太陽は無差別、無報酬であり,
365日間断なく自分自身を燃え上がらせて、
その結果として発生した熱と光、
すなわち、慈悲と愛を他に与えたまう。
正法を学ぶためには お金は不要で、言語や人種にも
無関係であり、神理とは永遠の時の流れに影響されることなく
この広大な宇宙に唯ひとつである。
・・・と、恩師は常に云われていました。
~ 感謝・合掌 ~
~ 恩師の御講演「今月の言霊」より ~
笑いとユーモアは
人生に於いて
砂漠のオアシスである。
一怒一老 一笑一若
笑う門には福来る。
泣き面に蜂が刺すというゆとりのない人生には
笑いもユーモアもないし豊かな生活は望めもしない。
そのゆとりを妨げるものはとらわれ、すなわち執着である。
と、恩師は付言されています。
~ 感謝・合掌 ~
~ 恩師のご著書「愚か者の独り言」より ~
感謝は光ですから、
その光の中で怒りでも愚痴でも消えてしまいます。
一日のうちでたとえ五分でも十分でも感謝の心を持つと、
その間に魔が入ってくることはできません。
感謝は心の魔から自分を守ってくれる鎧であり、
自分自身の喜びでもあります。
~ 感謝・合掌 ~
~ 恩師の御講演「ブッタのことば」より ~
自ら教えを得て、広く施し、敬うべき人を敬い、
仕えるべき人に仕え、深い慈悲の心をもって、
他人に向かわなければならない。
利己的であったり、思うままに振舞うのは、
道を行う人の行いではない。
~ 感謝・合掌 ~