浄心庵・長尾弘先生「垂訓」

八正道と作善止悪

「御垂訓」

2021-12-31 00:19:38 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓
 
 恩師のご著書「思いの中に生きる」より


            情報欄より

             神意

       あの光の方は神意を頂かれ
       神の意識を具現されし方
       全ての幸せを願われる愛の力
       お会いするだけで魂が歓喜する

       イエスは言われた
       「私を見た者は父なる神を見た者である」と
       光の方の行いは神の意を現わせし姿
       この地上で二人とお目にかかれはしない
       今生生きられしその姿を
       大切に見せて頂かねば

       今 光のうねりは輝きを増す
       光の方の姿を通して
       地上のあやまちに気付き
       神のご意志を心に受け止めなければ

       この世の大自然も
       神のご意志の現れた姿
       人も皆自然に生かされる神の子
       あの光の方は
       人として神を具現された方
       人として神の願われし姿
       “光の方を見た者は父なる神を見るであろう”

                  1995・2・18 嬰


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「御垂訓」

2021-12-30 00:12:48 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

  恩師のご著書「思いの中に生きる」より


              喜びの体験記

        次々と寄せられる喜びの体験談  T.N.

合掌 ご慈愛に感謝致します。
先便で歌集をお送り致しましたが、
その後で文字サイズを大きくしましたところ、
この方がきれいで読み易いようですから、
いずれ印刷される先生にとって
役に立つかどうか判りません、一応お送り致します。

Y氏からは何度も電話がありまして、とても喜んでおりました。
二月に浄心庵へ行くことを楽しみにしているようです。
帰ってから種々のことがあったようです。
I氏は何度も泣いておりました。
電話でも泣いておりました。
人がいなかったら、大声で泣いたと思います。

その時までの彼は地獄の苦しみであったようですから、
喜びも大きかったことと思われます。
高知から行った者も電話で話し合っておりますが、
この感激がさめないうちにもう一度ということで、
明日三十一日に食事をしながら、
この間の浄心庵での
ことをおさらいすることにしております。
私たちの喜びは到底、言葉で表すことは出来ません。
ただこれからは先生のお教えを日々の生活の中でどう生かして行くか、
ご慈愛に応えることの出来る自分作りあるのみと存じております。
一層のお導きをお願い致します。
ありがとうございました。
一層のご自愛をお祈り致します。
                合掌

(追記)
これは蛇足でありますが、この間の夕方、
私はワープロを一生懸命にやっておりましたところ、
家内がご飯が出来たよと言いました。
月に一回ぐらいのビフテキが焼けたところでありました。
「腹へった―」と言って食卓につきました。
ところがその時、電話のベルが鳴りました。

待っていたY氏からの電話です。
彼の喜びが伝わります。
私も喜ぶ、十分、二十分、彼は夢中です。
私も夢中でした。
そして電話が終わった時、ビフテキは冷えてしまっておりました。
家内はまた温めてくれました。

この頃は少し嬉しいことも起こり出したという、
満足感にひたりながら再び食卓につきました。
そしてナイフとフォークを持ちました。
その時二度目のベルが鳴りました。
今度は、I氏です。
彼は泣かんばかりの声でありました。
とても興奮しております。

長い間、夜寝るのが怖かったほどに、
彼の苦しみは大きかったと思います。
それだけに嬉しさを堪えていることが苦しい位に
喜んでいることがよく判ります。

彼は嬉しい、そして私も嬉しい。
こちらも泣きたいほどに嬉しい。
感激の極まりのように思いました。
よかったー、よかったーと心の中で繰り返しました。

彼の話はそれだけに時間がかかりました。
嬉しさと興奮いっぱいで、電話は終わりました。
さてそれからもう一度食卓につきました。

もう嬉しさいっぱいでビフテキなんかどうでもよい
気分でありました。
もう一度温めようかと家内が言いましたが、
もうそんなことはどうでもよい、
とにかく嬉しい、嬉しさでいっぱい。
それにこの小さいビフテキをいもう一度温めると、
一体どうなるか、小さいビフテキがまた小さくなる。
そのうえ硬くなることは火を見るよりも明らかである。
そんなことは小さいこと、小さいこと。

その晩の夕食のおいしかったこと。
これはちょっぴり先生に似てきたかなとご機嫌でありました。
つまらないことを申し上げましたが、
これがこの頃のある日の出来事であります。

幸せなある日の出来事を、
ついでに申し上げたくなりまして失礼いたしました。
何卒お許し下さいませ。

何でも申し上げたくなる、
また言ってもよいように親しく感じられる先生だと
思っているからでございます。
お許し下さいませ。



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「御垂訓」

2021-12-29 00:05:17 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓
 
恩師のご著書「思いの中に生きる」より


             喜びの体験記

        土葬の苦しみから解放された霊

先の続き・・・

母も先生に御縁をいただき、二回位お会い致しておりますが、
その母が今年四月八日に突然亡くなりました。
「親孝行したい時には親はなし」とよく言われますが、
全くその通りでございます。
恥ずかしい話しですが、何一つ私は親孝行をした覚えがございませんので、
亡くなったと連絡があった時は「しまった」と思いましたが、
もう遅かったのです。
里へ帰った時はすでに母親は硬直しておりました。
手足はもちろんですが、顔の色も冴えません。
私はおろおろするばかりでした。

家の中では、遺体の前後左右、親戚縁者が右往左往するのみで、
私はなかなか落ち着くことができませんでしたが、
母親の耳もとへ救霊のテープを聞かせてあげましたろころ、
生き返ったように顔色が良くなってまいりますし、
手に数珠が掛けられないほど硬直していたのに、不思議に手が柔らかくなり、
数珠が掛けられるようになりましたし、足の方も動くように思いました。

先生の魔法の名刺で母親の体全体を撫でてあげたのですが、体が暖かくなった
ようにも感じましたし、顔もやさしくほほえんで喜んでいるようにも思いました。
その後、法事で帰るたびに仏壇が光輝いて明るく感じるのです。

母親が亡くなって八カ月後、父親が十一月五日に後を追うように亡くなりました。
年齢もいっておりましたので、以前から余り体の方は良くなく、二か月ほどの
入院生活だったのですが、私が看病に行くと嬉しそうに懐かしがっておりました。
必ずと言ってよいほどテープを持参致しまして父親に聞いてもらいました。
魔法の名刺も先生に頂戴致しまして枕の下に敷き、父親は先生の「救霊」の
テープを目を細めてよく聞いてくれました。

亡くなるほんの少し前、余りにも苦しそうでございましたので、先生の魔法の
名刺を胸に置いて「先生、早く楽にして下さい、してやって下さい」と、
先生にお願い致しましたところ、五分もたたない間に容体が変わりまして、
二十分位で息をひきとったのでございます。
院長先生も看護婦さんもびっくりするぐらい安らかに早く楽に亡くなったのです。
先生ありがとう。

母親のような硬直もあまりなく、顔色もよく、良い死に顔でございました。
「救霊」テープを納棺の時まで父親に聞かせておいたのです。
湯かんをしていただいた方々から、骨も折らないで済んだし、
楽に納棺できたことを喜んでもらえましたが、
私が親にしてやれた最後の親孝行ではなかったかと思います。
お葬式ですが、村のシキタリ通り、先頭は先火と称して後を振り向いては
いけないのです。

先火を先頭に白着物に袴、腰紐がわりに荒縄で腰を縛り、足は素足でワラジ、
というこの姿で墓地まで行列を組んで行くのです。
帰りはワラジを墓地に捨てて帰ってくるのです。
それで葬式は終わるのですが、
母親が埋められている横に父親が埋められたというのは偶然かも知れませんが、
「こんなことは初めてや」と村の人々はみんなびっくりしておりました。

私も両親の二回にわたる体験を目の前に見て、今更感動している次第です。
本当に貴重な体験でございました。
ご先祖様、父母もあの世で喜んでいると思います。
御礼申し上げます。
手を合わせて合掌するのみでございます。
先生ありがとうございました。
御礼が一年越しになり申し訳ございませんでした。
               合掌


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「御垂訓」

2021-12-28 00:11:55 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

恩師のご著書「思いの中に生きる」より


             喜びの体験記

        土葬の苦しみから解放された霊

昨年の十一月一日には、お忙しいところをお願い致しまして、
先生に私の生まれ故郷の村へ来ていただきました。
まずはじめに、先生に仏壇にお参りをしていただきましたところ、
陰気で黒ずんだ仏壇が明るく見えてまいりました。

しばらく雑談の後、村の墓地を見に行ってもらうことになりました。
村では、田舎の名ごりと申しましょうか、未だに土葬で、
お墓全体が共同墓地でございます。
ですから、先祖代々、村のシキタリによって順次埋葬されるのです。
かれこれ二百年の歴史があるそうですが、恥ずかしい限りです。
当然ながら霊気がすごく、
何かしら不気味で、余り特別なことがない限り行きません。

もちろん土葬でありますから、柩は座棺ということになる訳で、
亡くなりますと大変でございます。
遺体は硬直致しますので、お棺に収めるのが大変なことで、
親戚縁者がお通夜の読経の中で別室に於いて、
その間に納棺するのでございます。

棺桶の蓋をする時は、釘を打つちつけるのですが、
石ころで金槌の替わりをするのです。
そうして荒縄で縛るのです。
これらが村のシキタリなのです。

遺体は硬直致しておりますので、
なかなか棺の中へ収めるのが難しゅうございます。
骨をポキンポキンと折って収めるのですが、可哀そうでなりません。
墓地で先生にお参りいただきましたところ、
膝を抱えて窮屈そうな人の霊がいっぱい出てきたそうです。

二百年の歴史ある墓地でありますから、
霊の頭を踏みつけているわけですもの、当然だろうと思います。
その時にお墓でお参りいただいたテープが「救霊」のテープなのです。
確実に救われていただけたのは、一重に先生のお陰で、
少なくとも村が明るい良い村になって栄えますように。


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「御垂訓」

2021-12-27 00:14:58 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓
 
恩師のご著書「思いの中に生きる」より


               喜びの体験記

          まだ見ぬ先生が夢にあらわれた  N.K.

長尾先生お元気ですか。
過日は大変お世話になりました。
本当にありがとうございました。
早速ですが、今日はうれしいことがあったので、
又つたないペンを取りました。
と申しますのは、娘のことなのですが、先生がお見えになった時、
自分も先生の御縁に触れお話が聞きたいと申していたのですが、
お産のため日があかず、お話も聞けずに稼ぎ先に帰って行ったのです。

それから、しばらくして電話がかかり、
腰の痛みがひどくて夜寝るのも苦痛を感じ困っているとの話しだったので、
長尾先生のテープをかけてしっかり聞きなさいと言っておいたのです。
そしたら、二、三日して又電話がかかり、
「お母さん、夕べ長尾先生とお食事していた夢を見たの。
そして先生がお帰りになるのでお見送りさせて頂こうと思って立ったら、
黄金の光につつまれて長尾先生がしっかりと
私を抱いて下さっているところで夢がさめたの・・・

そして、朝食の仕度をしようと思って起きてみると、
楽に起きれるし、今までの腰の痛みがないの、
不思議ね・・・まだ長尾先生にお逢いしたことこともなく、
ただお写真を見ただけなのに・・・こんなことってあるの・・・」
不思議、不思議の連発なのです。

そこで、私もまだ出来てないのですけど、
「そんなことってあるのよ。神様が見せて光の中につつみ、
長尾先生はすばらしい光の天使であることをあなたにお教え下さったのだから、
先生のテープをしっかり聞いて、先生の御教えを守り、行うことに精進して、
親子共に幸せにやすらいだ心で日々が送れるようがんばろうね」と話したのです。

そしたら又、この間、「お母さん、先生にお会いしたいから毎日少しずつ
貯金をはじめたの。いつか連れて行ってね。腰が痛くないのよ、有難いね」
と申しますものですから、私も自分のことのようにうれしくて・・・。

「お友達の中に日々悩んでおられる方があるからテープを聞かせてあげたい」
と言っていました。
かすかなれども、こうして心に法灯が灯ったことがうれしゅうございます。
長尾先生のお陰と心より感謝いたします。
次の御講演会には又行かせて下さい。
今から楽しみにしています。
乱文乱筆で申し訳ありません。
お許しの程をお願いします。
      合掌

(追伸)
姉も先生に治療していただいてとても元気になり、腰の痛みもすっかりとれて、
今では何をするにも苦痛を感じることなく仕事が出来てうれしいと申しております。
毎日先生のテープを聞いて、やすらいだ日々を過ごさせていただいております。
こうしてみんなが少しずつではありますが、
法にめざめて来たことがうれしくてなりません。
ありがとうございます。



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「御垂訓」

2021-12-26 00:31:39 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

 恩師のご著書「思いの中に生きる」より


             喜びの体験記

        正法の生命は「実践」の中に  Y.M.

先の続き・・・

それが、先生のご努力と、御両親から受け継がれた素質の優秀さと、
また先生のご使命とのよるものであることはもちろんでございますが、
高橋信次先生のお説きくださった正法のもつ権威によるものであることを、
長尾弘先生によって、まざまざと再認識させていただいた次第でございます。
長尾先生の生き様を通じまして、法を理解し、実践せよ、さすれば誰でも、
この私のようになるではないか、神がそのようにつくってある、
勇気をもって、お前たちもしっかりやれ、もっと人々に慈悲と愛を注げ、
それが高橋信次先生の法に触れさせていただいた者の使命ではないか、
と教えられました。

長尾先生が、いかに素晴らしい方であられようとも、先生を尊敬申し上げて
いるだけではならないのだ、と教えていただいたように思います。
どうぞ、これから、びしびしと御指導賜りますよう、お願い申し上げます。
どなたかのように、地球が小さく見えるだけでよいなら、宇宙飛行士に
なりさえすればよい。

正に、「正法は、実践の中にこそ、生命が宿ることを知れ」でありました。
炬燵を囲みまして、いただきましたラーメン、まことに美味しうございました。
お母様の飴の紙を剥いて差し上げた先生。見せていただきました。忘れません。
あまりお話できませんでしたが、奥様も、先生に相応しい、お心の細やかな、
立派な方でございました。

壁画、ご門、玄関のつやつやした御影石など、どれも皆嬉しうございました。
中でも、玄関の石は、先生が時々磨かれると聞き及びました。
そこに、私どもの靴が・・・。
お母様、奥様のご指名を受け、八木節のハアーから後が出来なくなり、
弱りました。
それで童謡となりました。
また寄せていただきます時まで、もう少しましになりますよう、
同封のテープで練習を積んでおきます。
どうぞ、ご猶予を。

握手をしてくださいましたね。
嬉しうございました。
温かいお気持ちが伝わってまいりました。
ほんとうにありがとうございました。
長尾先生は、ご自身のことを、私のような未熟者が、とよくおっしゃいますが、
そうすると、私は、発芽前の者ということになります。
未だ土中にあります。

宗教のことは全くわかっておりません。
まさに、「われ何を知る」(モンテーニュ)でございます。
これから、せめて、長尾先生の足手まといになりませんよう努力をいたします。
どうぞ、ご遠慮なくご鞭撻を賜りますようにお願い申し上げます。

世の中には、おえらい彦左衛門殿が何人かおられるようですが、どうぞ、
先生は、お気軽に、おっしゃりたいように、
なさりたいようになさってくださいますように。
私どもは、そのような先生が最もありがたいと感じております。
生意気を申し上げまして、失礼いたしました。
このたびの大阪行きの夫婦修学旅行は楽しうございました。
また寄せていただけますように念じております。
先生、奥様、お母様、ますますお元気で。

      風光る 浪速の里に 法あリて


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「御垂訓」

2021-12-25 00:12:57 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

恩師のご著書「思いの中に生きる」より


               喜びの体験記

           正法の生命は「実践」の中に  Y.M.

先生、奥様、お母様、大阪の皆様方のにこやかな
お顔を思い浮かべております。
長尾先生、このたびは、目のまわるようなお忙しい中にもかかわらず、
私どもをお寄せくださいまして、まことにありがとうざいました。
深く心に留まる神理のご講話を、
大阪の皆様とともに拝聴させていただきました上、
泊めてまでいただき、更に、お忙しい中を差し繰ってくださいまして、
貴重なお話の数々を聴かせていただきました。
何とも恐縮でございます。
本当にありがとうございました。

先生の飾られないお人柄に、ついつい甘えさせていただき、
肘触れ合うまでにして、
お写真の説明をしてくださいましたこと、
忘れられない思い出となりました。
先生のような悟られたお方の近くに、一時にもせよ、
座ることを許していただきましたことは、まことに光栄でございます。
ありがとうございました。
ご講話のテープも、不思議なことに、
私どもの月例会でのそれと相通じるところがございました。
大変びっくりいたしました。

内容において、その深さにおいて、
もちろん、先生のお話とは較べるべくもございませんでしたが。
人様に対して善なる行いを為すときは、
のし紙に自分の名前を入れてはならない。
相手に対する愛と称して、相手の自由を束縛してはならない。
たとい、相手がこちらの意に反して動いても、それに腹を立ててはならない。
それでも、なお、その人の幸せを祈れるようでありたいというようなことを
話し合っておりました。
これは、私が若い頃から容易に卒業できなかったテーマの一つでございました。
そのために、繰り返し、繰り返し、手を変え、品を変えて、学習を迫られて
まいりました。

にもかかわらず、現在もちょっと怪しい時が間々あります。
先生のお若い頃からのお話をお聴かせいただき、いかに先生が、
お心の広い方であられるかがよくわかりました。
新幹線の中で思いました。
高橋信次先生のご昇天後、私どもが無為に十年を過ごしておりました間に、
長尾先生は、着々と正法の実践の歩を進めて来られました。
そして、それが今、こうして大輪の見事な花となられました。
まことにありがたいことでございます。




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「御垂訓」

2021-12-24 00:03:09 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

 恩師のご著書「思いの中に生きる」より


             喜びの体験記

      子供の病と私の心を治していただいて  M.S.

長尾先生ありがとうございました。
悟が良くなりました。
病気がなおり、元気な人間と変わらないようになりまして、
私は嬉しくて嬉しくて、ただ涙で一杯です。
何とお礼の申し様もございません。

先生に御縁ありましてより、ちょうど一年になります。
その間、先生や皆々様が良くして下さいまして、えらいお世話になりました。
お陰様で元気な人間となることが出来ました。
これも皆、神様や長尾先生のお力のお陰と感謝致しております。
本当に心からありがとうございましたと、お礼申し上げます。
本人も二十三年間苦しみましたので、こんなになろうとは思ってなかったと
申しております。

今、毎日一生懸命に仕事をしています。
私共にまでこまかい所など気遣って良くしてくれます。
Mさんが以前「悟さんの病気をなおしてくれる人は、
この広い世の中に長尾先生しかいらっしゃらないよ」と、言われた通りでした。
先生、本当に有難うございました。
何回も何回も御礼申し上げます。
手を合わせて合掌するのみです。

私もお陰様で先生のテープや皆々様方のお話をお聞き致し、
子供の悟がまだ
お腹の中に入っている頃からずっと反省をしましたところ、
色々とございまして、ただ涙が先に出てまいり、謝る一方でした。
姑や主人に対してのことなども反省致しましたら、
自分の心の持ち方の間違いに気付かせて戴きました。
今は皆感謝に変わり、自分の心を変えることに努めています。

毎日が安らかです。
これも皆先生のお陰でございます。
色々お世話様になりましたので何かと思いましたが考え付きませず、
ここに夏布団と敷布を使って頂けたらと思いましてお送りました。
宿り客も多いし、その方たちのためにどうか使用して下さいませ。
私の気持ちからです。
                         合掌


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「御垂訓」

2021-12-23 00:16:19 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓
 
恩師のご著書「思いの中に生きる」より


             喜びの体験記

          長尾先生のように生きよう!  S.K.

(二)
七時間余りの旅路の果てに辿り着きました浄心庵!
夢にまで見た長尾先生の法の発祥地に立つことのできた嬉しさ。
昭和六十三年四月二十四日は、私の生涯忘れ得ぬ記念日となりました。
数々お教えいただきました中でも、先生が歩まれた険しい道、
誰にも甘えず他を生かしきって、
今日を築き上げられた見事な生き様を拝聴し、
「私のように生きたなら、私以上になれますよ」と、
いつも事もなげにおっしゃられる中身には、

決して先生のようには生きなかった己の恥ずかしさに身がすくむ思いでございます。
「先生」とお呼びするだけでも、
いつでもどこでも暖かさ・優しさ・懐かしさが胸に広がります。
どんな人も大きく包み込み、許しきって、喜びのみを見て差別をなさらない
愛そのもののお姿!
法を求め、愛を実践する仲間が、一人ひとり拝見いたしますと、
善なる方ばかりですのに、争い中傷する姿に戸惑い困惑する日々、
胸の中のしこりが溶けたようでございます。
先生のように生きよう。
ただそれのみでございます。
有難うございました。

(三)
良き師に恵まれし我
心のかわきすでになく
我が前につづく道
歩いて行くのみ
人々と手をとりあい
笑い、歌い、踊るごとく
歩みつづける
道はずれうれい全くなき我
師の如く生きる我
ただそれあるのみ




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「御垂訓」

2021-12-22 00:34:09 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓
 
 恩師のご著書「思いの中に生きる」より


            喜びの体験記

         長尾先生のように生きよう!  S.K.

(一)
長尾先生、
先日は遠い所から来ていただきまして本当にありがとうございました。
皆さんよろこんでおります。
母は足がかるくなったとのことで、台所の方に出て来ます。
何より嬉しく思います。
多くの人々を見ていただきましてありがとうございました。
心より感謝致します。

また、皆々様に御心配をおかけ致しまして誠に申し訳ございません。
どうか先生から他県、他群、大阪の皆々様によろしくお伝え下さいませ。
母はあのように元気にさせていただきまして、
何と申し上げてよいかわかりません。
よろしくお願い致します。

佐久も良い所でしょう。
又、お出かけ下さいませ。
あんなに忙しくなく、少しはお話が出来る時間があったらと思いました。
なかなか思うようにならない世の中と申しましょうか、
先生は特にお忙しいお方ですから、これは私の愚痴です。
ただ行うことにあるのみとの教えですから、
講演を聞いて実行して行くのみでございます。

又、多くの人々にお知らせいたそうと手紙を書いたり
電話をさせていただいております。
東京の方はなかなか大変なこともありましょうがお願い致します。
信次先生もよく、大阪はいいなあ、と大阪に行かれるのを喜んでおられました。
そして、大阪の方から光の天使が出られるとおっしゃっておられました。
私はやはりそうであったか思いました。

又、肉体を有する現世の天使は諸々の衆生に正法神理を説き調和の光明に
導かんとありますように、どうか多くの衆生を導いて下さいませ。
私達の出来ることはさせていただきます。
お申し付け下さいませ。
このたびは本当に色々とありがとうどざいました。
いつまでもお元気でお導き下さいませ。


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「御垂訓」

2021-12-21 00:04:12 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓
  
 恩師のご著書「思いの中に生きる」より


              喜びの体験記

           心に響く「実践者の言葉」  K.I.

先の続き・・・

私は恥ずかしくてなりません。
昨年、長尾先生からいただいた「正法に目覚めて下さい」というメッセージの
意味が本当に分かりました。
ありがとうございます。
心からお礼を申し上げます。
信次先生亡き後、やっと心の師にめぐり会え、嬉しく思っています。

先日、個人指導の途中で、ご面談をいただき、また会場の方に行かれる際に
「まだまだ話をしたいの待っていて下さい」とお言葉をいただきましたが、
「この際にいろいろと先生からお話を聞きたい」と思って待っていられる方も
多く、また先生はそれでなくともご多忙なので、私達突然の闖入者が、
貴重な先生のお時間を独占することは申し訳なく、
不躾ながら失礼申し上げました次第でした。

私は部屋の外でお話をお聞きすることができ、ありがとうございました。
これからも先生のお話をお聞きする機会が多くあることと思いますが、先生の
前に坐っても恥ずかしくない自分になれるかどうか、初心に還って信次先生の
ご著書から読み直して努力してみます。
やはり、我々低次元の努力しかしていなかった者には、長尾先生のような
「生きている正法」「日常生活の中に生かされている正法」の具現者こそよき
手本と思います。

お話よりも先生のお姿に正法を、その心を見ている気持ちです。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
人を救い導くためには、お釈迦様のように長生きすることも必要かとも思います。
どうか長尾先生、急速に燃え尽きることのないよう、長く燃え続けて下さい。
                                    合掌


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「御垂訓」

2021-12-20 00:33:12 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓
 
恩師のご著書「思いの中に生きる」より


              喜びの体験記

           心に響く「実践者の言葉」  K.I.

謹啓 先日はご多忙中に拘わらず、特に時間を作って下さり、
貴重なお話を聞かせて下さいまして有難うございました。
早速お礼を申し上げねばなりませんところでしたが、
風疹にかかった娘のところへ手伝えに行き、
毎日孫の幼稚園の送迎をして日を重ね、
遅くなり誠に申し訳なく、心からお詫び申し上げます。
高橋信次先生がお帰り(昇天)になられてから、
いろんな先生方のお話をお聞きしていて、
「行じなければ結果は出ないのだ」とか
「正法は実践しなければ意味がないのだ」という言葉を
何度となく聞かされて来ました。

それは当然すぎるほど当然なことでありながら、
心にしみ込むものがありませんでした。
今回、多くの方々からのおすすめにより長尾先生のお話を
拝聴させていただき、
その同じ言葉が強く心に響き、反省させられたのです。
何故、長尾先生からお聞きしたら心に響き、
他の先生方からお聞きしたら、
言葉が素通りしていくのかと考えましたら、
簡単な答えが出てきました。
それは「話される方が自ら日常行じていられたかどうかの違い」だったのです。
長尾先生は、信次先生がお帰りになられてから更に深く反省され、
八正道を実践されていた。

他の諸先生は、信次先生ご在世中の実績により、
日々の反省もなく、また
八正道の実践もなかった。
ある先生は「私は反省しなければならないことがないので、
自分自身のことに
ついて反省したことは一度もない」と、ある方に公言されているのです。
その心の奥底に愛の心があったかどうかです。
五月八日の長尾先生のお話をテープでお聞きしたのですが、
(言葉は違うかもわかりませんが)「両親が悲しむことをしてはいけない。

両親が喜ぶことを考えて、そのとおり実行しよう」とおっしゃる長尾先生は、
その通り実践された。
既に十六歳で家を出られた頃から、もちろん信次先生を知られる以前から、
正法を実践されていたわけですから、
それは長尾先生の天性のようになっていられたのですね。
そうして信次先生に師事され、その教えを追求し、行じられたのですね。


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「御垂訓」

2021-12-19 00:20:24 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

 恩師のご著書「思いの中に生きる」より


            喜びの体験記

      他人に喜んでもらえる存在になりたい  E.N.

先の続き・・・

毎日先生のテープを聞かせていただいています。
同じテープを何度聞いても、心に響くものは毎日違います
毎日一つ一つの発見があります。
先生がおっしゃる通り、神様の愛ってすばらしく大きいと思います。
本当に毎日毎日がもったないくらいです。
もっと時間を減らして、他の人へのご奉仕の時間を増やしたいです。
自分の時間もやすらいでいられるようになりましたが、
他の人のため何かしているとき、その時が私の心は一番幸せです。

今は、家の中でしかそんなふうにはできませんが、
一つでも一日一善を目標にして、
他人から喜んでもらえる存在になっていきたいです。
学生は、その点自分のためにやることが多いけれど、
あまった時間はせめて人々や家族のため、人様のために生活し、
尽くしていきたいです。
こんな私が、人様のために何かやらせていただくということを、
先生のテープで実感させていただいて本当にありがとうございました。

本当に以前の私は、
神様がせっかく実らせてくださったお米や野菜などに感謝もせずにいて、
反省することばかりでした。
これからは、今までのことをバネにして、
自分もまわりの人たちも幸せになれるようがんばりたいと思います。
でも今では私は十分幸せです。
本当に心から幸せだといえます。

本当にありがとうございました。
先生のお声は、私の毎日の活力です。
どうぞこれからも先生、いろいろな苦しみをもった人々を救って下さい。
私もできるかぎりお手伝いさせていただきたいと思っています。
遠くから先生のご健康と幸せをお祈りさせていただきます。
治療と講演、そして毎日のテープ、本当にありがとうございます。
神様、本当にありがとうございます。


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「御垂訓」

2021-12-18 18:02:21 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

お詫び’:いつものことですが、数日前に停電がありましたので、当ブログの投稿が
     本日の今になってしまいましたことをお詫びします。


恩師のご著書「思いの中に生きる」より


             喜びの体験記

        他人に喜んでもらえる存在になりたい  E.N.

私は高校二年生の女の子です。
先生のお話を聞かせていただいてから、毎日楽しく学校に通っています。
高一のとき体の具合が悪くなり、どんどんやせていきました。
ところが、高橋信次先生の本と、おばのすすめがきっかけで、
五月の長尾先生の治療と講演にご縁を戴きました。
本当に不思議なくらい、いろんなことを自分が気付けるようになりました。
ありがとうございました。

物に感謝し、人のため世のために、また家族や友人に尽くさせていただくこと、
これを気付かせようとして、
神様は私に病気という形で教えて下さったのではないかと思います。
今考えると「食べ物が食べられない」とか「苦しい」とかいって、
両親や親戚の人、友人、まわりの人たちを悲しませたり、
心配をかけたことがとても恥ずかしくてなりません。
あの時の私は、きっと神様をも悲しませていたのでしょう。
なんて自分が恩知らずで、いたらない人間なんだと反省いたしました。
でも、これからは違います。

「やらせていただく」ことを実践して、他の人に尽くす人間になりたいのです。
他の人たちのために何かやらせていただいた、その後に得られる喜びは、
どんなものよりも価値のあるものだと思います。
私はまだまだ先生のように、
いつもいつも大らかでやさしい神様のような心の人間ではありませんが、
少しでもそういう人間になれるように努めたいと思います。

今は家族のために、少しでもやらせていただき、
両親からいただいた愛や恩の数々に感謝し、それを逆に仇にして返していた自分を反省し、
ほんのちっぽけなことですが、
食事を作って少しでも仕事の疲れをいやしていただこうとおいしい料理を研究中です
(まだまだ素人でうまくいきませんが・・・)。
私ごときが作った料理だけれども、食べてくださる人がいるということは、
なんて幸せなんだろうとつくづく感じます。






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「御垂訓」

2021-12-15 00:16:06 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓
 
 恩師のご著書「思いの中に生きる」より


              喜びの体験記

         頸椎、腰椎、股関節が元通りに回復  Y.H.

報告させていただきます。
主人も私も信じて疑わないものですが、正法を学ばれる方々には証明が
必要と感じましたので、レントゲン撮影をしてまいりました。
先生に癒していただきました頸椎の異常と腰椎と股関節の異常、すべてが
完全になくなりました。
頸椎の異常は先生の講演テープを聴かせていただいたでけで、翌日には
疼痛がなくなっていました。

先生にお逢いさせていただいた時に話した通りです。
癒していただいた腰椎と股関節も厳密に検査していただいた結果、椎骨の
突起が元に戻っているとのこと、股関節も元にもどり、右足の長さが
二センチメートル程度長かったのに完全に同じ長さにもどっており、
主人よりむしろ速く歩けるようになりました。
今はルンルン気分です。

お逢いさせていただいて二週間程ですが、
いまだに現実に起こった出来事だったのか、
足の長さを測ったりして確かめてみたり、夢心地とはこのことですね。
今後は正しく実践し、悪い現象を現わさないように努力していきたいと
思います。

今後とも宜しく御指導下さいますようお願い申し上げます。
五月十五日、小倉行きは親子四人で行かせていただきます。
(他力で申し訳ありません。二人の息子の色弱と腰痛、主人の腰痛と胃も
お願いします)。
最後に重ねてお礼と感謝申し上げます。


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