※ イスラエル「山上の垂訓の丘」での我らの恩師。
恩師の周りの花々が次々に咲き、
あたかも、恩師を祝福しておられるかの如くでした。
~ 山上の垂訓・恩師の御講演より ~
誤解してはいけません。
わたしは、モーセの法律や予言者の教えを
無効にするために来たのではありません。
かえって、それを完成させ、
ことごとく実現させるために来たのです。
~ 感謝・合掌 ~
※ お写真は富士宮での反省研修会のご休憩時間を楽しまれる
我らの恩師 長尾弘先生です。
◎ 恩師の恩師「高橋信次先生」が詠まれた詩吟 ◎
暖かき陽ざしの如くへだてなく
己が慈愛を友に施せ
~ 感謝・合掌 ~
※ 我らの恩師 長尾弘先生オリジナル 「神の御姿」 ※
~ 神の御姿 ~
我は 姿あって姿なし
姿あっては 天地自然 万生万物の中に
我が姿を見よ
姿なくては 生きとし生けるものを生かさん
その生命を 見よ
汝らを 姿あるものとして
この地上に生じせしめ
姿なき 汝らの 神我となりて
我は証しせん
~ 感謝・合掌 ~
English Version (恩師より頂戴しました英訳文です)
☆ Reflection of God ☆
I have visible, but also no visible reflection.
See my visible reflection in the myriads of creatures
in the universe.
See my invisible reflection in the life that gives life
to the myriads of creatures.
I created you on the earth as visible creatures,
and I prove myself to Christ for you that have no visible
reflection.
浄心庵 長尾弘先生
※ 恩師のオリジナル ※
~ 真の神は言われます ~
私は形あって形なし
形あっては天地自然に現せし姿これなり
汝らを形あるものとしてこの地上に生じせしめ
形なき汝らの良心の囁きとなって
我は証しせん
~感謝・合掌 ~
浄心庵 長尾弘先生
~ 恩師のお説きくださる「心身の神癒」より ~
❤ 愛 ❤
山を動かし 海をわかち
川をせきとめる力があっても
愛には抗(あらが)えない
人を救うものは超能力ではなく
愛の力である
~ 感謝・合掌 ~
※ ブッダガヤで買い求めた菩提樹の葉に描かれたお釈迦様
~ 仏教聖典「悟りへの道」より ~
名誉と財と色香とを貪り求めることは、
ちょうど、子供が刃に塗られた蜜をなめるようなものである。
甘さを味わっているうちに、舌を切る危険をおかすことになる。
~ 感謝・合掌 ~
~ 恩師のお説きくださる「心身の神癒」より ~
施しをしても自分の善事をトランペットを鳴らして
吹聴してはならぬ。
むしろ右の手のしたことを
左の手に知らさぬことである。
なぜならば、心の底からなしたことは何であれ
あなたたちの父はそれを知り給い、
豊かに報い給うからである。
~ 感謝・合掌 ~
~ 佛教聖典より ~
さわやかなそよ風や、一輪の花が春の来たことを
告げるように、
一人が悟りを開けば、草木国土、山河大地、
ことごとくみな佛の国になる。
なぜならば、心が清ければ、そのいるところもまた
清いからである。
~ 感謝・合掌 ~
※ お写真はお釈迦様が比丘・比丘尼・衆生に
法をお説きにならた霊鷲山の山頂に咲いていた可憐な花です。
~ 恩師の「自己をみつめる」より ~
私たちの心の中も自然界も、
まったく同じ様に作られております。
いかにきれいに草を引きましても、
ある期間草引きをしないと、
もう心は雑草で一杯になります。
日々の反省は、
心の草引きでございます。
そして感謝と安らぎのひと時を
持たせて頂きますと、
毎日の生活が今までとまた違った心の
世界が開けてくると思います。
~ 感謝・合掌 ~
~ 恩師の御講演より ~
「一怒一老」「一笑一若」の四文字熟語が
がございます。
意味は勿論読んで字のごとくですが、
恩師にこの熟語のご法話を関西弁で面白可笑しく
して戴いたことを記憶いたしております。
~ 感謝・合掌 ~
~ 恩師のお説き下さる「心身の神癒」より ~
あなたたちは自分達の間から偉人が
死んで行くのを損失だと思う。
しかしそうではないのである。
なぜならばこれら偉大なる精神の所有者達は
ますます偉大になって行き、
あなたたちを置去りになど決してしていないからである。
彼らはこれまでよりも猶多く実在の中に生きている。
~ 感謝・合掌 ~